ずっと一緒に居たいと思う程度にはね

 ユニバンス王国・北西部新領地(旧アルーツ王国領)



 勝手に借りていた部屋に戻って来た僕はベッドに倒れ込む。

 家主の許可を得たから勝手に借用ではなくなった。前日までのことに関しては追及されていないのでスルーした。


 寝ていたノイエが薄目を開いてヒクヒクと咥えているパンを動かす。

 まだ起きだす気配は無いっぽい。おかげで襲われずに済んでいる。


 ノイエがこんな状況だから僕の護衛を先生が務めてくれる。

 ただ筋肉痛が残る先生の歩き方はとてもゆっくりだ。持って生まれた美貌のおかげでゆっくりとした動作が優雅に振る舞っているように見えるのだから美人って存在自体が得なんだなって思う。


 ゴロッと寝がえりを打つとようやく先生が扉を潜り部屋の中に入って来た。

 慎重に、一歩一歩にとにかく力がない。


 紳士である僕はちゃんと手を貸すことを申し出たのだが、先生に全力で断られた。

『触れるなこの馬鹿弟子』と言いたげな怖い目で睨んできたので逆らえない。

 仕方なく先に部屋に戻って来たわけだ。


「先生。大丈夫?」

「ふんっ!」


 リアクションがホリー染みてきている。


「平気よ。これぐらい」


 強がってはいるが、その姿は生まれたての小鹿が椅子に向かって必死に歩いて行くようだ。


 ベッドから立ち上がりそっと先生の横に立って、彼女の手を取り腰に手を回す。


「触れないでって」

「はいはい。後で叩いても良いからまずは椅子にね」

「……」


 怖い目で睨んで来るけど先生が黙って従ってくれた。


 僕の手を借りて椅子に腰かけた先生は、深いため息を吐いて紅茶を求める。

 部屋で待機しているメイドさんが手早く準備してくれた。


「で、馬鹿弟子」

「ほい?」

「さっきの提案は何?」

「ん? 意外と良い作戦かなって思うんだけど。後でホリーと要相談ではあるけどね」


 勝手をしすぎるとあの姉は襲い掛かって来る。迷うことなく。保険って大切だ。


 先生と向き合うように運んできた椅子に腰かける。

 僕の分の紅茶を頼んで先生と向き合う。


「もう帝国の完全復活は無理だと思うんだよね」

「そうね。帝都を失ったもの」


 その件に関しては僕が全面的に悪いとは言い切れないと思います。


「こうなると力のある地方領主や貴族、もしくは属国などが一斉に独立すると思うんだ。そうすれば旧帝国国内は群雄割拠の騒乱状態に。

 でもドラゴンが居るからそこまで過激には出来ない」

「そうね」

「で、ここにユニバンスと仲の良い国が興ればどうでしょう?」

「理想的ではあるわね」


 紅茶で喉を潤し先生が頬杖をつく。


「永遠に仲が良ければ良いのだけれど?」

「それは陛下と外交担当の大臣が頑張るでしょう? 僕の担当はドラゴンですから」

「そうね」


 苦笑して先生がトントンと僕の分のティーカップを指先で叩いた。

 琥珀色した液体が透明に!


「何をするのかな?」

「ただの嫌がらせよ」

「……」


 カップを持って口に運ぶと紅茶がお湯に変わっていた。

 ただのお湯だ。味気ない。


「私に触れた罰よ。叩かれるよりかは良いでしょう?」

「まあね」


 先生の罰としてはだいぶ緩いと思う。


 洗浄技術が甘すぎるこの世界では生水を直で飲むとか危ない。だからこうして煮沸した水を口にする機会が多い。多いから別に不満を感じたりはしない。普通のことだ。


「先生。転移魔法って使えるの? ノイエ無しで?」

「ノイエ無しなら無理よ。厳密に言うと転移魔法はノイエの魔力を使用することが大前提なのよ」

「でもね~」


 視線を向けるとノイエが咥えているパンをヒクヒクと動かした。


「あの状態は何を物語っていると思います?」

「最初はまた甘えの虫が出ていると思ったのだけど……どうも違うみたいね」


 甘えモードではなく本格的にノイエが不調らしい。


「でもノイエは祝福があるから不調知らずでしょう?」

「そうよ。だから体は元気そうね」

「つまり精神的な不具合?」


 ノイエは本気を出すと不調になってしまうのか?


 もしそうなら今後無理を強いるようなことはしたくない。元気の無いノイエなんて見てて悲しくなる。元気すぎるのは僕の体に負担が掛かるけど、それでもまだ元気な方が良いしね。


「それか……」


 言い淀んで先生が口元に手をやる。

 少し思考してから改めて口を開いた。


「あれが何かしているのかもしれないわね」

「あれが?」

「ええ。私がこっちに来る時にかなり無理をすると言っていたから」


 何となくそれが正解な気がする。


 つまりゲームで言うところの運営さんがサーバーのメンテをしている感じかな?

 あれが真面目にやっているわけがないから……消えたポーラが苦労しているのだろうな。ごめんねポーラ。何もしてあげられないダメなお兄ちゃんで。


「何で目頭を押さえているのよ?」

「ウチの可愛い妹が不憫になって来た」

「あの子は……打たれ強そうだから大丈夫じゃないの?」


 なんて無責任な!


「僕はポーラを引き取った時にあの子を幸せにするって決めたんです。だからお兄ちゃんとして頑張らないとダメなんです」

「……そう」


 何故か先生が不機嫌そうに顔を背けた。


 もしかしてポーラのことを言い過ぎましたか? 拗ねましたか?


「私も弟子を引き受けた時は同じ風に思ったのよ。でも結果として2人も悲しい死を迎えてしまった。残る1人は……まだ幸せそうだけど」


 ポツリと呟かれた言葉は本当に重い。

 先生は本当に不器用で優しい人だから……2人の弟子の死が辛いんだろうな。


「だからもう弟子は取らないと?」

「悲しいことに目の前に馬鹿弟子が居るけどね」

「いや~」

「その馬鹿弟子の妹もなし崩し的に弟子にしてしまっているし……」


 ポーラは大丈夫。あの子は間違いなく天才だから。


「何より可愛くて仕方のないノイエという愛弟子も居るわ。問題は私の教えを何一つ守らないけど」

「ノイエですから~」

「そう言って甘やかしすぎるからあの子がダメになるのよ」


 そんなことはありません。ノイエはやれば出来る子ですから。その証拠にベッドの上のノイエさんは……気合で寝がえりを打ったのか、こっちに背を向けていた。


 気合を見せる方向性を間違ってはいませんかね?


「ノイエの姉たちが悪いんだと思います。特にレニーラとかレニーラとか」

「そうね。そんな気がするわ」


 先生が頑張って教えているのにその足を引っ張るだなんてなんて悪い存在なのだろう?

 今度出てきたら説教だな。


「でも私が思うに……一番甘やかしているのは」


 先生の白くて細い人差し指がこっちを向く。


 ゆっくりと肩越しに視線を背後へ向けたらミシュが居た。

 昼間っからワインを飲んで腹を出して寝ていやがる。確かにあれは教育上悪い存在だ。


「あの売れ残りを穴でも掘って埋めれば良いんですか?」

「「はうっ!」」


 一緒に寝ていたリリアンナさんまで悲鳴を上げた。


「貴方よ馬鹿弟子」

「ですよね~」


 でもそれは仕方ない。だってノイエが相手ですから。


「可愛いお嫁さんにきつく当たるとか僕には出来ませんし」

「それでもするのよ。そうしないとあの子はずっとあのままよ?」

「それって悪いことですか?」

「……」


 軽く目を見開いてアイルローゼが僕を見る。


「確かに多少色々学んで欲しいと思うこともありますが、でも無理してノイエに苦労と苦痛を強いるなら僕は彼女の好きにして欲しいかなって思うんです」


 ノーストレスな環境が人間一番だと思うしね。


「もちろんそれは先生や他の姉たちも同じです。常識の範囲内でしたら好き勝手して良いと僕は思ってます。まあ多少の脱線なら責任を持って対処しますけど……あまりやり過ぎないで欲しいです」

「なら私がまた凶悪な魔法を作ると言ったら、貴方はそれを止めないと?」

「はい」


 迷うことなく即答です。


「だって先生は常識を知る人ですしね。ノイエに常識を教える人が非常識なことはしないでしょう? それともノイエに後ろ指をさされるようなことが出来るんですか?」

「……出来ないわよ」

「なら問題無しです」


 パンと胸の前で手を叩いてこの話は以上と合図する。

 けれど先生は軽く僕を睨んできた。


「本当に嫌な男ね貴方って」

「でも嫌いじゃないでしょう?」

「そうね」


 ふざける僕に表情を崩した先生が微笑む。


「少なくとも……ずっと一緒に居たいと思う程度にはね」


 はい? 今何と?




~あとがき~


 先生もだいぶ柔らかくなったな~。

 演じていた天才的な魔女を止めて素の自分がようやく出せて来た感じですね。


 だから先生の馬鹿に対する好感度はMaxっぽいんですってば。

 それを理解していないのは…馬鹿のみか?




(C) 2021 甲斐八雲

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