今すぐにアルグちゃんの傍に戻って~!

「後はここの魔道具を根こそぎ頂いて終りね」


 視界に映る様子にホリーの声に迷いはない。


 外では最後の仕事とばかりにローロムが魔道具を山と積んでいる。

 当初の予定に反して結果根こそぎになってしまったの悲しい事故だ。どうせ消えてしまう都なら何をどこまで持ち出しても問題は起きないはずだ。


 何よりこれは保護である。そう主張すれば良いのだ。


「ホリー」

「何よ?」


 床に座り外の様子を眺めていたレニーラの気の抜けた声に、ホリーは肩越しに相手を見る。


「やってることが完全に強盗だよね?」

「保護よ」

「……ホリーが女盗賊にしか見えないんだけど?」

「その目が腐っているのよ。潰して再生してあげるわ」

「まだ伸びるの~!」


 自分の目の前に迫ったホリーの青い髪を寸前で回避し、レニーラは床を転がり魔眼の中枢で最も安全だと思われる場所へたどり着く。歌姫が座っている場所だ。


 ただ歌姫の足を枕にしている存在が居て、レニーラは反射的にその人物の顔を覗き込んだ。


「……ファシーの顔色が凄いままだ」

「そうなの?」

「うん。もうほとんど緑」

「だから苦しそうなのね」


 盲目の歌姫は自分の足を枕にして寝ているファシーの顔色など知らない。

 ただ甘えてくる相手に対し、無条件で優しくしてしまう彼女は、自分のことを母親のように慕うホリーとは別種の殺人鬼をとにかく可愛がっている。

 今も頭を撫でてその表情を柔らかくしていた。


「終わったよ」


 ノイエへと変わり戻って来たローロムがそう告げると大きく息を吐く。

 外では我らが妹がせっせと異世界魔法を使い収納している。


「ホリー」

「何かしら?」


 呼吸を整えたローロムは、ノイエの視界を見つめたままで顔を動かさない。

 相手の様子に苦笑しながらも、ローロムは口を開いた。


「最後に帝都の空をもう一度飛びたいんだ。ダメかな?」

「……好きになさい。貴女の仕事はもう終わってるから」

「良いの?」

「ええ」


 足らない魔力はファシーで補う。それでも足らない時は打つ手が無い。

 アイルローゼとファシーの魔力量なら、少なくとも一度の転移は可能なはずだ。


 問題は現在何をしているか分からないあの魔女が魔力不足に陥っていなければだが。


「出来たら食べられそうな物を見つけてくれると嬉しいのだけど?」

「果実ぐらいならあるかもしれないが……この場所はもう死んでいるよ」

「そうね。確かに」


 あの自称魔女がどれ程前から準備をしていたのかは知らないが、この帝都はもう都としての機能を完全に失っている。

 人の住んでいない場所はただの廃墟だ。

 どんなに煌びやかな建物が存在していても、ここはもう廃墟に等しい。


「ホリー」

「何よ?」

「……ありがとう」


 気恥ずかしそうに頬を掻いて、ローロムは小さく笑った。

 収納を終えたノイエが『次は?』と言いたげにキョロキョロしだしたので、ローロムは急いで外へ出ようとする。


 もう自分の魔力の残量からしてそう長くは外に出ていられない。

 余りにも外と中への出入りをしすぎて魔力を使い過ぎてしまった。外に出るのに魔力を消費するだなんて聞いてなかった。


 それでも最後の帝都を存分に飛んでみたかった。最後だからだ。


「楽しんできなさい」

「……そうするよ」


 こちらに視線も向けずに告げて来たホリーの声にローロムは頷き返すと外へと出た。




 ブロイドワン帝国・帝都内とある大邸宅



「さあ最後の空だ」


 軽く肩を回しローロムは外に出ようとする。

 最後に襲撃……訪れた魔道具の保管場所は、名高い貴族の邸宅なのか魔道具以外にも色々と置かれていて邪魔くさい。

 魔道具の鑑定などできないローロムとしては、もしかしたらノイエに違う物を収納させている可能性が高いかもしれないと思っていた。

 でもそれは仕方ない。魔道具に関しては素人なのだから。


「にしても本当に邪魔だな? こんな入り口の傍に袋を置くなって」


 思わず独り言が出てしまった。

 ローロムは気恥ずかしさから頬を掻き、出入り口の傍に置かれている袋を足蹴りした。


 ジャラジャラと音を立てて中身が床の上に広がる。

 一瞬それを見たローロムは、慌てて床に転がる中身を集め……袋に戻して封をした。


「もしかして?」


 分かっている。こんな時間など勿体ないと分かっている。

 それでも好奇心に負け……ローロムは手当たり次第に辺りを捜索する。


 あった。


 これは確実に確保した方が良い物が袋いっぱいに詰まっていた。


《ここは貴族じゃなくて宮廷魔術師か何かの邸宅だったのかな?》


 ただ何も知らないローロムからすると、この邸宅の主の名が分かったとしてもどんな地位の人物であるのかは理解できない。

 何よりこの帝都にはもう生きた人間は居ない。住人でという意味でだ。


《これとこれとこれは回収……保護で》


 見つけた袋の中身をこれまた見つけた背負い袋の中に全て移す。

 だいぶ重くなったが背負えない重さではない。


 必死に背負いローロムは部屋を後にすると、フワリと浮いて外へ向かう。


 浮いたことで足への負担は無いが肩に食い込む痛みは変わらない。

 余り楽しめる状態ではなくなってしまったが、それでもやはり最後だ。この目で全てを見たい。


 窓を突き破り外へと出て上昇する。


《見納めか》


 本当に美しい都だと思う。

 中央に存在する帝宮に目を向けなければ、ずっと見ていられる。


「もう直ぐここが消えるのか……」


 言いようの無い思いにローロムは苦笑した。




「何かサラッとローロムが泥棒してたんだけど?」


 レニーラの声に誰も答えない。


 セシリーンは盲目でありその様子を見ていない。

 ファシーはそんな歌姫の太ももを枕に目を閉じ寝ている。故に何も見ていない。

 グローディアは壁に寄りかかったままで沈黙している。完全に首が繋がっておらず、痛みに耐えているのか寝ているのか……今の様子からは何も分からない。


 こうなると唯一全てを見ているホリーしかいない。


「あれは良いの? ホリー?」


 魔道具……完全に魔道具とは違うと言いきれない物を大量に盗んだ行為をレニーラは一番の知恵者に問う。

 何より3つの袋の内、1つは魔法とは関係の無い物ばかりに見えた。


「……魔道具ばかりに目が行ってて忘れてたわね」

「ホリー?」


 長い沈黙を破りホリーは口を開いた。


「今回のことで少なからずアルグちゃんたちは出費を強いられている。それも帝国によって強制的に……そうでしょう?」

「そうなのかな?」

「そうなのよ。で、その出費を帝国は補填すべきなのよ」

「……そうなのかな?」

「そうなのよ」

「そうだね。うん。そうだと思う!」


 ワラワラとホリーの髪の毛が蠢いたのでレニーラは追随した。

 逆らえばグローディアのように首と頭がしばらくお別れすることになりかねないからだ。


「つまりローロムの行為に間違いはない。もっと早く気づいていれば……何たる失態!」

「大丈夫だと思うよ? たくさんの魔道具を保護したし……」

「ダメよ! 私はアルグちゃんの完璧なお姉ちゃんなんだから! 今から帝宮の宝物庫を……セシリーン!」

「ごめんなさい。流石にその場所を特定する方法が思いつかないわ」

「チッ」


 ホリーの本気の舌打ちにレニーラは乾いた笑みを浮かべる。

 どうやらホリーは本気で金銀財宝の奪取を目論んだらしい。


「戻ったぞ~」


 その声は余りにも唐突だった。

 ホリーとレニーラはそっと視線を動かし確認する。


 古めかしいメイド服を着たシュシュが居た。フワフワと踊っていた。


「あ~。疲れたぞ~」

「……ちょっと待ちなさいよ」

「何だぞ~?」


 もう寝ると言いたげに枕を求めたシュシュが、セシリーンの元へ向かう姿勢で動きを止めた。


「歌姫?」

「ごめんなさい。魔道具の捜索に耳を傾けてて」


 故に彼女はシュシュの帰還に気づいていなかった。戻ってくる事態になった理由を。


「あ~。やっぱり空は……どうかしたの?」


 タイミング悪く戻って来たローロムは、言いようの無い空気に軽く怯んだ。

 肌に感じる不穏な空気に『外に出ろ』と心の中で強く念じる。魔力切れで無理だったが。


 わなわなと全身を震わせたホリーが、血の気を失った白い顔色でその口を開いた。


「ノイエ~! 今すぐにアルグちゃんの傍に戻って~!」


 可愛い妹に届くかは分からない。それでもホリーは叫ばずには居られなかった。




~あとがき~


 保護という名の強奪を終え…ローロムはそれを見つけた。

 金銀財宝。とどのつまり宝石とかとかw


 で、シュシュが戻って来て…ようやく帝宮内の事態に気づく人たちです




(C) 2021 甲斐八雲

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