ドラグナイト家のお抱え魔法使い
ブロイドワン帝国・帝都帝宮内
《いつ振りかしらね》
胸の内で思いアイルローゼはまた視線を動かす。
何体目かの魔道具か分からない。余程これを作った三大魔女の誰かはこの青い球体の形が好きだったのだろう。けれど命令系統の魔法が簡単だ。大量生産した弊害かもしれない。
ちょっと魔力を流して命令を上書きすれば乗っ取ることが出来る。
「そっちで暴れていなさい。武器を使っても良いわ」
命じるとお腹の部分に存在するポケットから柄の長いハンマーを取りだした。
それを持って別の魔道具へと襲い掛かる。傍から見れば凶悪な存在かもしれないが、その混戦の中心にいるアイルローゼは何とも思わない。
別に戦いに対して無頓着と言う訳でもない。
普通の魔法使いたちとは違う世界を見ているのだ。
故に彼女は戦いなど気にしない。
術式の魔女の目に映っているのは……バケツの中に大量の絵の具をぶちまけかき混ぜたような渦巻く魔力の流れだ。魔力の出所はあの自称魔女だ。
たぶんあれは命じれば魔道具たちが勝手に動くと思っている。
よくある勘違いだ。
魔道具……特にこうして自立し動く魔道具は決して魔力の糸が切れたりはしない。
切れてしまえば命令を受け付ける訳がない。
それを知らず自分が王にでもなったのだと勘違いをして、人の兵士のように命令を下す。
スッと指を向けアイルローゼは魔力を放つ。
自称魔女から繋がっている糸に自分の魔力を絡め、そして意識を向けて魔法語を呟く。
命令系統で使われている魔法は簡単な物だ。
一般的と言っても良いほど広くこの世に広まっている物だ。
これは乗っ取りが簡単で良い。ちょっと上書きすれば乗っ取れる。
新しくまた青い球体の魔道具を乗っ取り、アイルローゼは暴れるように命じた。
ただ乗っ取りの時はどうしても隙が生じる。
盾にしていた魔道具が抜かれ、自称魔女の命令を受けたモノが接近して来た。
スッと指を向けてアイルローゼは魔力を放つ。絡めた線に僅かな抵抗を感じる。
その命令系統は三種類ある中で一番厄介な物だ。
ただ最近の経験からこの系統の作者が誰か目星がついた。間違いなく奴だ。
『ぶわ~か。ぶわ~か。乗っ取られるくらいならこうよ』
糸を伝い流れて来た思念にアイルローゼは眉をしかめる。
不快な気持ちがハンパない。本当に性格が悪い。
挙句に魔道具が勝手に自壊し、部品を撒き散らしてゴミと化す。
良く分からないが……今度何かの機会があれば、絶対にあの“魔女”に一発入れるとアイルローゼは自分の胸の内で誓った。
《本当に嫌になるほど数が多いわね》
厄介だ。本当に嫌になるほど厄介だ。
《数の暴力とかよく聞くけれど……ああ。今回のノイエたちがそれだったわね》
魔力の奔流に向けていた視線を動かし、アイルローゼはそれを視界の片隅に入れた。
彼と可愛い妹が一緒に座っていた。彼の隣に座っているのは同級生だ。同級生だった人物だ。何で隣に座っているのか疑問だ。羨ましい。ではなくておこがましい。
こっちはやりたくもないことを脅迫されて無理矢理やらされているというのに……それにこれが終わってからの方が問題だ。
あの魔女は本当にふざけている。
『あっそうそう。今回も急遽外に出すから直ぐに魔眼の中に戻せないのよ。だからしばらくはその体で外ね。もちろん戻る方法は彼と一発以上やってからかな?』
『はっ?』
『もう甘酸っぱいラブコメは見てて飽きたの。私は基本男女のエロには汁多めを求めるタイプだから』
『だから汁って!』
『男性同士なら別の展開を求めるんだけど。バッチ来い! 過激な絡み!』
『ひぃっ!』
『女性同士も過激なのが好きよ。こうお互いに、』
『もう出して! お願いだから外に出して!』
『それそれ。それをあの馬鹿に言えば欲情して……』
激しく咳き込んでアイルローゼは頭を振った。
あの魔女と関わると自分の何かが壊れてしまいそうな気がする。
何より自分がそんな求められるとは思えない。
男女のことなど何も分からないし、女性としての魅力は乏しい。
整った顔立ちや足のことは褒めてくれるがそれだけだ。
それに今だって彼は自身の妻であるノイエを抱きしめている。
やはり女性とはあれぐらいの凹凸が必要なのだと思う。自分なんてストーンとしていて……。
若干テンションを落としてアイルローゼは魔道具たちを圧倒していく。
どんなに心の中が荒野になろうが、彼女の実力は折り紙付きの天才なのだから。
《ふざけるな……》
目の前で繰り広げられていることを理解できずにマリスアンは自分の頬に爪を立てた。
激しく掻き毟り……爪で抉られた表面がボロボロと崩れ落ちていく。
《どうしてこうなの? 何が起きている?》
理解などできない。出来る訳がない。
自分が命じて動かした魔道具たちが、相手の命令を受けて勝手に動いているのだ。敵対しているのだ。
魔道具は基本命令者の指示に従う。それが道具として正しい形だ。
その正しい形が狂わされている。自分の知らない別の何かで歪められている。
《ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな……ふざけるな!》
胸の内で激しく叫び、マリスアンはその作られたような眼球で相手を見る。
自分のことを虚仮にした存在だ。ただの人間だ。弱く簡単に死ぬ生き物だ。
強い自分は違う。大きな力を取り込み人と言う存在から脱皮した自分は違う。強いのだ。
なのに……。
自然と自身が相手に圧倒され、数歩後退していることに気づいたマリスアンは、一度石畳を蹴りつけて前へと出た。
負けられない。最強である自分が、ただの人間の魔法使いなどに決して。
唇を噛み切りマリスアンは前を睨む。
あの存在は危険だ。最強である自分の存在を脅かす害悪だ。
処分しなければならない。どんな手段を用いても殺さねばならない。
「殺すっ!」
自身が出せる最大の声でマリスアンは叫んだ。
彼女は気づいていない。
それはまるで恐怖を打ち払い戦いに挑む弱者の様であると。
「……馬鹿の一つ覚えね」
自分とは違い相手は決して叫んでなどいない。それなのに声が届いた。
普通に会話するかのように大きくも小さくもない声を耳に届けたのだ。
魔法使いたちは普段自分の実力を示すために小さな魔法を如何に淀みなく披露するか見せつけることがある。ちょっとした小さな魔法ですら相手の才能を感じさせることが出来るからだ。
故にマリスアンは察した。相手の技術が自分では到達していない遥か高みにあると。
「騒ぐだけなら子犬でも出来る。貴女は見た目も実力も子犬以下だけど」
「ふざけるなっ!」
叫びマリスアンは自身の顔に爪を立てる。
「私は魔女マリスアン。共和国に名を轟かせ、今はこの帝国を支配している! その私が子犬以下だとっ!」
「ええ。そうよ」
『クスクス』と笑い声まで添えて憎き人間が声を投げて来た。
「それに帝国を支配していると言っても死者の帝都をでしょ? 誇張しないで欲しいわ」
「言わせておけばっ!」
『もう殺す。絶対に殺す』と胸に誓いマリスアンは歩き出す。
憎きあの人間など自分の実力を見せれば、本当の力を見せれば勝てるのだから。
「そう。ようやく自分自身で戦う気になったのね? 怖くなってそのまま逃げだすのかと思ってた」
「ふざけるなっ!」
力強く足を進めるマリスアンは見た。
相手が自分に対し正面を向き、スカートと呼ぶには難しい服の一部を抓んで頭を下げる様子を。
「なら私も少しだけ遊びに付き合ってあげる」
顔を上げた相手にマリスアンは戦慄した。
本能が『逃げろ』と言ってくるのを感じたのだ。
「ユニバンス王国ドラグナイト家のお抱え魔法使い……術式の魔女アイルローゼが」
マリスアンは自然と足を止めた。
~あとがき~
魔道具の制御を奪うアイルローゼの天才っぷり。
これでまで実力の全てを吐きだしていないのだから…だからアイルは嫌いなのだよ。物語の構成的にw
落ち着いて考えるとドラグナイト家が抱えている魔法使いって…他所の国に行けば宮廷魔術師として迎えられるほどの逸材揃いなんだよね。
何でユニバンスにこれほど優秀な人材が偏ったのかは、本編でちゃんと語れると良いな。
本件の犯人は決して刻印さんではありませんw
(C) 2021 甲斐八雲
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