やっぱりこれぐらいの肉が

 ブロイドワン帝国・帝都帝宮内



 白い吹雪が辺りを包む様子をそれは眺めていた。


 相手にドラゴンによる攻撃は通じないと分かっていた。

 頭の中を食らったあの軍師の娘の知識は役に立った。

 何より彼女の一族が抱えていた“魔道具”はまだ残っている。それも複数でだ。


 三日月のように口を裂いてそれは笑う。


 まさかあんな大魔法を扱うメイドが居るとは思わなかったが、あんな魔法がそう何度も撃てる訳がない。

 何より今の規模からして全力のはずだ。


 未知とは本当に恐ろしい物だ。

 きっとあの白い巨人に恐れをなしてあんな奥の手と思われる魔法を使ったのだろ。


 それは正解だ。そして間違いだ。


 未知とは人の思考を惑わせる。故に大局を見誤る。


「ならそろそろ私がとどめを刺しに行こうかしらね」


 クスクスクスと笑い魔女は歩き出した。

 残り全ての魔道具を起動しあの夫婦を襲うように命じて。


 もう魔法を使う魔力は残っていないが、全く苦にはならない。

 今の自分はあの小娘にも負けない。


 あの死なない小娘とて足の先から刻んで行けば、必ずや死ぬはずだ。

 それでも死なないのであれば未来永劫ずっと刻み続ければ良い。あれが命乞いをするまで……したとしても許すことは無いが、それをつまみにワインを片手でまた刻む。


「ああ。何て楽しい未来なのかしら?」


 笑うことを止められず魔女は歩みを続ける。


「それにあれの夫を捕まえて小娘の目の前で無残に殺すのも悪くないわね」


 これでもかというぐらいに人としての尊厳を奪いあの男を惨たらしく殺す。想像するだけでも全身が言いようの無い興奮で火照ってしまう。


「さあ殺してあげましょう」


 美しく作った顔を剥ぎ落し……魔女は醜い本性を曝け出して嗤う。嗤い続ける。




 コロコロと転がり、バランスを崩して倒れたポーラがドームの上から穴に落ちて降って来た。


『もしかしたら石畳の上に落とすかも?』と恐怖を抱きつつも、お兄ちゃんの威厳を発揮して全力でキャッチしたのだが……何故か腕の中にはポーラのメイド服しかない。それと下着もか?


「まだ暖かい」


 穿いていたであろう下着にはまだ人の温もりがっ!


「……にいさま。はずかしいです」

「なんとっ!」


 背後からの声に振り返ると、何故か全裸のポーラが体を隠すようにして座っていた。


「落ちてきて……何故に?」


 キャッチしたはずの妹が僕の背後に! すり抜けたか!


「にいさま。なにかふくを」

「と言ってもこのメイド服を着る?」


 どう見てもサイズがアウトだ。そう言えばまだ使い切っていないタオルがありました。

 取り出したタオルをポーラの肩に掛けてから、彼女の頭を撫でる。


「にいさま?」

「よく頑張ったご褒美です」

「ならもっとおもいでに、もごっ」


 何故かシュシュが咥えていたパンを半ばから折ってポーラの口に押し込んだ。


「旦那君はもう少し自分の態度や言動に気を配るべきなんだぞ」

「何おう?」

「こんな感じで手当たり次第に手を出していたらお嫁さんだらけだぞ」

「それは困る」


 何よりポーラってもう僕のお嫁さん確定なのですか? どうにかして回避できませんか?


「それにしても凄い魔法だったぞ~」


 復活したシュシュが外の様子を見る。

 もわもわと広がってた絶対零度の冷気がようやく落ち着きを見せて……あっ


「オーガさんは?」


 僕の問いにシュシュの首がカクンと傾いた。


「そこでちょっと凍っているぞ」

「そっか~」


 凍っているなら仕方ない。だって凍っているんだもん。


「あはは~」

「あはは~」


 僕らは笑い合いどうにかこの場の空気を誤魔化そうとした。


「回収~!」

「ほいさ~!」


 誤魔化しきれるわけでもなく、急いで僕らはオーガさんの救出を始めた。




「アイル。痛い」

「何よ……今の魔法」

「痛い」


 治りかけている手をギュッと握り、術式の魔女と呼ばれるアイルローゼはその目を輝かせた。


 知らない言葉で紡がれた“魔法”は恐ろしい威力の物だった。

 一直線に撃ち出された魔法が全てを凍らせる。簡単そうに見えて実はとても難しい魔法だ。


 まず氷の魔法は、水を作り、それを冷やし、そして凍らせると言う3段階の工程を踏む。けれど今見せた魔法はその工程を飛ばしていた。

 氷を作り撃ち出したのだ。


 あり得ない。


 故に魔女はその好奇心に火を宿す。


 見たい。もっと見たい。見て触れて感じて……その全てを解き明かしたい。


「アイル」

「はっ」


 呼ばれた声に魔女はようやく正気に戻った。


「痛い」

「……」


 何故かリグの胸と尻を掴んでいた。


「アイル?」

「やっぱりこれぐらいの肉が」

「肉って言わないで」


 2人揃って真顔でそんなことを言い……一瞬即発な空気を漂わせた。




「死ぬかと思ったよ! まったく」


 若干まだ全身に霜を纏ったオーガさんがそんなことを言っている。

 僕とシュシュが回収した時の彼女はぶっちゃけ凍っていた。氷像だ。暴れる女性オーガと命名したくなるほどの物だった。


 でもやはりオーガだ。こうして氷を割ったら動き出す。

 本当に恐ろしい生物だと僕は思いました。


「にいさま」


 カチカチと歯を鳴らして震えているポーラは、まあ自業自得なので自己責任でだ。


 今の彼女はオーガさんに捕まって湯たんぽ替わりに抱かれている。

 ほぼ全裸同士の抱き合いだ。ここは真冬の雪山ではない。帝都の帝宮だ。


「とりあえずオーガさんを解凍しないと僕らの護衛が居ません」

「だぞ~」


 シュシュと一緒にタオルを装備しオーガさんの背中を擦る。こうして体温を上げているのだ。


「ただポーラの魔法のおかげで粗方片付いたしね」


 嬉しい誤算だ。ポーラのダイヤモンド……ではなく氷結魔法と言う新ジャンル系の一発で、僕らに襲い掛かろうとしていた人形たちが軒並み凍り付いた。巨人もマシュマロもだ。


「これで……あれ?」

「どうしたんだぞ~?」


 せっせとオーガさんの背中を擦る手を止めた。何か忘れてない?


「売れ残りはそこに2人居るよね?」

「「げふっ」」


 怪我している2人は仲良くダメージを受けた声を発していた。

 体は正直で眠気が勝るのか、これほどの騒ぎでずっと寝ていたことは誉めてあげたい。


「ノイエはそこで寝てるしね」

「もごっ」


 まだ残っているパンが僅かに減った。こっちも睡眠欲に負けている。


「残るはオーガさんとポーラか」


 湯たんぽ感覚でポーラを抱いているオーガさんが居て、


「シュシュが居る」

「だぞ~」

「全員いるはずだ」


 僕の記憶だとそのはずだ。


「旦那さん」

「はい」

「上のあれは?」

「……」


 ロボがまだパタパタと飛んでいる。それに乗るリスも無事だ。


「無事だし良いか」

「だぞ~」


 フワフワを思い出したシュシュがフワっている。

 まあようやく通常運転と言うことで。


「何か忘れていた気がしたんだよね」


 どうやら僕のうっかりだったらし、いっ!


 グイッと伸びて来た腕が僕の胸元を掴んだ。

 ブチブチと服や鎧から嫌な音がしたけれど、何故か僕はオーガさんの豊満な胸の中に!


「おいでなすったよ」

「……はい?」


 僕の居た場所には石畳の下から伸びて来たのは植物の根だ。

 それが僕らに巻き付こうとしている。


「ああ」


 思わずポンと手を叩く。思い出したよ。


「魔女の存在をすっかり忘れていました」

「あら? それは酷いわね」


 クスクスと聞こえて来る笑う声に顔を向けると……そこには幾重にも立ち並んだ魔道具らしき造形物が並んでいた。もう種類が多すぎて何が居るのか分からない。

 若干版権的にアウトな物が複数いるから後で苦情を込めたハリセンボンバーは確定だ。


 そんな魔道具な百鬼夜行の中央で醜く笑う魔女が居た。本当に醜い。


「ポーラ」

「はい?」


 僕の問いにポーラが変な声の返事を寄こす。ちょっと油断してたかな?


「君がもうメイドを目指すのは止めません。けれどあんな顔で笑う魔女になろうとすることは絶対に許しません。良いですね?」

「はい。にいさま」


 何故か植物系魔女の額に青筋が浮かんだ気がした。




~あとがき~


 個人的にはアイルの「肉が」がツボったw


 ポーラの大魔法である程度の敵は一掃しましたが…遂にラスボスの登場です。

 敵1人を複数の正義の味方がボコる展開とは逆で、主人公たちの方が圧倒的に数が足りません。


 で、この展開をどうする気だ?




(C) 2021 甲斐八雲

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