Side Story 10 番外④『続・狭間の世代と呼ばれて』

骨抜きになっているわ

 ユニバンス王国・北東部街道



 夜の闇の中、ガタゴトと揺れながらランプを灯した馬車は進む。


 夕暮れを過ぎればドラゴンの活動は極端に減る。夜行性のモノも居るが数は多くない。

 故に雨期以外の時期は日が沈んでから街道を荷物や人が行き交うのだ。


 そんな人々の流れの中から、その声は聞こえて来た。

 会話程度の音量だが、他が静かだからか少し響いていた。


「ありがとうございます。バニッセ先輩」

「構わんよ。仕事だしな」


 中年の御者に馬車に取り付けられている小窓から顔を覗かせた女性が、何度目か分からない声をかけていた。


 御者をする男性の名はバニッセという。どこにでも居そうな特徴のない中年男性だ。

 対する女性の名はエレイーナという。緑色の髪や瞳が特徴の……何故だかずっと頭を下げ続けている腰の低い人物だ。


「もう本当にありがとうございます」

「良いってことよ」

「自分みたいなダメな人間を送ってもらえるなんて」

「別にお前だけじゃないけどな」

「つまり私だけだったら送らなかったということですね。分かっています……自分本当にダメな人間なので」

「……」


 先刻とある任務で共和国に行ってから彼女はずっとこんな感じだ。

 とにかく頭を下げ続ける。自分を卑下し続ける。


 理由は……彼女が何百回と書き直しを命じられた報告書を読んで理解した。と言うか『本当にこんな体験をしたのか?』と読んだ全員が疑ってしまい、結果彼女は創作で報告書を書き上げたに違いないと疑われ書き直しをし続けたのだ。


 けれど何度書き直しても不思議なことに現実離れをした出来事が追加される。

『つい他のことが印象に強くって忘れてました。ごめんなさい』と……自分の失禁回数まで書き出した頃には流石に誰も何も言えなくなっていた。


『彼女はきっと事実を語っているに違いない』と全員が納得し、上からも『当事者に確認した。事実らしい』という言葉もあってようやく彼女は仕事部屋から解放されたのだ。

 そして得た自由を、束の間の休日を堪能するはずが……今回の任務となった。


「まあそう気を落とすな。任務が終われば王都に戻れるからな」

「そうですね」


 覇気の無い声にバニッセは軽く振り返る。

 どんよりとした感じでエレイーナは小窓の枠についている汚れを指で擦っていた。


「どうしたらこの仕事って辞められるんですかね?」

「普通には無理だな。一番手っ取り早いのは死ぬことだが」

「死にたくないです。出来たら田舎に引っ込んで孤児たちと戯れていたいです」

「……そうか」


 聞く話によると、どうやらユニバンス王国で最も有名な夫婦に関わった女性は、最終的に孤児院に行きたがるようになるらしい。

 何でも夫婦の部下をイジメた貴族の令嬢は、精神を病んでしまい現在では田舎の孤児院で働いているとか聞く。

 どれほど酷い仕事を命じられ……違う。酷く現実離れした現実に精神を病んでしまうのだ。


「まあもうしばらくは馬車の旅だ。中でゆっくりすると良い」

「はい。ごめんなさい。ありがとうございます」


 小窓が閉まりバニッセはようやく一息ついた。


 今回の任務は比較的簡単な物だ。

 要人の輸送と見張りだ。監視と呼んだ方が正しいかもしれない。


 本国からは馬車の中に居る客人たちと先行している“上官”の行動もつぶさに観察し報告するように命じられている。

 バニッセがその任務に徹するために今回は共和国に詳しいエレイーナが選ばれたのだ。

 彼女が他の者たちの身の回りの世話をするためだ。


《共和国であったような出来事を報告することになるとは思いたくないが》


 ただ唯一の気がかりがバニッセにはあった。エレイーナの存在だ。

 彼女は仲間たちからこう呼ばれている……“不幸”のエレイーナと。




 ガタゴトと揺れる馬車の中には3人の女性が居る。

 厳密に言うと数が増えるが大雑把に言うと3人だ。


 1人は小窓を閉めて座り直したエレイーナだ。

 何処か虚ろな目をして馬車の天井の隅を見つめている。


 残りの2人は各々ゆっくりとしている様子だ。


 1人は国軍所属の特務騎士であるリディだ。

 黄色い髪と瞳の色をした女性である。ただ今は旅人らしく厚手の布の服を身に纏い目を閉じて寝ている。


 もう1人は王妃に仕えるメイドだ。名をレイザと言う。

 本来『王妃に仕えている』と呼ぶと語弊が生じる立場であるが、周りの認識がそうなっているのでそのままだ。厳密に言えば彼女は王弟ハーフレンに仕えている。本来の所属は語れていないが。


 そんなメイドは旅人の服装で……何故か胸元を大きく広げ中を晒していた。


 上半身を晒すという言葉で間違っていないはずだが、彼女の場合は色々と異なる。

 まず胴体部分に大きな隙間があって、その中に子供ぐらいの少女が居るのだ。


 ただその姿は異様だ。異形と言っても間違っていない。

 左腕は無く両足も無い。そんな少女のような存在が胴体部分に収まっているのだ。


「日が沈んでもまだ暑いですね」


 薄っすらと目を開いて少女が口を開いた。


「窓を開けようか?」

「いいえ。この姿を他人に見られるのは良くないし、何より虫に刺されたくないので」

「そうか」


 寝ていなかったのか薄目を開いてリディは頷いた。


「ネルネの方は?」

「はい。先行して情報収集をしているそうです。先ほどの休憩時に届けられた言伝だと『共和国出身の男は強いのが居なくてガッカリよ。全員ベッドの上で骨抜きになっているわ』だそうです」

「……なんの情報を集めているのだ?」


 リディが聞いた話では今回は北東部の新領地の調査のはずだった。そのはずだ。


「まあネルネですから」


 普段のメイド姿とは違い、胴体の中に居る少女の様な彼女は表情が豊かだ。

 今もクスクスと笑って見せている。


「彼女の諜報はベッドの上でなので……裸の付き合いですね」

「何となく話は聞いているが」


 馬車の上部、荷を置く場所に放置されている親友が言うにはそう言うことらしい。


「だが彼女は貴族の令嬢だろう? 何でも実質家を仕切っているとも聞いたが?」

「はい。事実です」

「そんな人物がどうして?」


 リディはその点を疑問に思っていた。


 貴族の令嬢など大半が煌びやかなドレスを着ている存在だと思っていたのだ。

 ただユニバンス王国が特殊なのか、メイド服を着ていたり、鎧を着ていたりする者も居る。だが他国の大半の貴族令嬢は自ら働くことは無い。


「その部分は色々と込み入りますので私の口からは何とも」

「そうか」

「ですがお酒に誘い彼女に聞いてみれば、きっとリディ様には答えてくれると思います」

「そうなのか?」

「はい」


 屈託のない笑みを浮かべレイザは言葉を続けた。


「その時は意志を強く持って下っ腹に力を込めて堪えてください」

「……何からだ?」


 良く分からない説明だ。


「ネルネの毒は即効性なので最初を踏ん張れば後は意外と耐えられます。それを耐えられないと大変なことになりますが」

「……何の話だ?」

「ですからネルネと“2人”で話し合う心得です」

「……話をしないことにするよ」


 どうもあのネルネと言う女性は同性異性構わず愛してしまうらしい。

 呆れて窓の外を見つめたリディは静かに口を開いた。


「レイザ」

「何でしょうか?」

「……ユニバンスにはまともな貴族はいないのか?」

「いらっしゃいますよ。ただ悪目立ちするのが個性なお方たちなので」

「そうか……そうだな」


 国を守護する騎士として、若干忠誠心が揺らぐリディであった。


~あとがき~


 番外編です。

 狭間の世代と呼ばれる4人が王道なシナリオのクリアーを目指します。

 ストライクゾーンど真ん中に対し、作者が全力投球する予定です。


 息抜き感覚でお付き合いのほどを…




(C) 2021 甲斐八雲

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