意外とまともな言葉を残しているのね

 ブロイドワン帝国・旧フグラルブ王国領



「歌姫が……私のアルグちゃんの子供を……クケケケケ……」


 カクンと首を折り笑いだしたホリーから力が抜けた。

 急いで彼女のマウントポジションから抜け出し、暴れないように背後から抱きしめる。


「落ち着いてお姉ちゃん。順番なんて重要じゃないから?」

「……重要よ。凄く重要なのよ」


 グリンと向けられた目がヤバい。

 帰って来たよこのホリーが。何処のホラーシリーズだ。登場人物の許可なく再開するな。


「うん重要だね。でも両方の独占は難しいと思うんだ。だから片方で満足しようよ」

「……片方で?」

「うん。それにお姉ちゃんなら別の方で一番を狙えば良いと思います」

「別って?」


 ノープランで提案したら、真顔のホリーが僕を見る。

 これは言葉を間違えたら色々と僕が終わる。そんな気がする。


「えっと……別の……数とか?」

「っ!」


 うおっ! ノイエ以外でアホ毛を立たせる所を初めて見たよ。


「そうよね。その手があったわね」

「そうそう」

「私がアルグちゃんの子供をいっぱい産めばいいのよ。誰の追随も許さないほど」

「そうそう」


 ホラーモードを脱しホリーの表情が普通に戻って来た。


「なら毎晩のようにアルグちゃんと愛し合わないと」

「っえ?」

「産んだら妊娠して産んだら妊娠して……もう大変よ?」

「……」

「手伝ってくれるわよね?」

「喜んで!」


 命は大切です。僕は今の保身の為なら将来の自分を売れます。

 満面の笑みを浮かべてホリーが僕の胸に飛び込んで来て甘えだした。


「ん?」


 甘えるホリーから爆弾魔に視線を向けたら、何かが変だ。

 リグがポーラの首を締め上げていた。


「ボクも」

「ちょっ……まだ実験状態で……」

「ボクも」

「順番。順番を決めて」

「ボクも」


 あのままだと医者が患者を殺害する図になってしまう。救出に向かおうと思うのだが、甘えるホリーが離れない。


 誰かこのカオス状態から僕を救ってください!




「ガルル」

「どうどう」


 リグを背後から抱きしめて暴れるのを封じる。


 全力で鷲掴みだ。握りやすいものがあると大変に便利だ。

 使える物は何でも使う。少しは役得が無いとやってられない。


「諦めなさいリグ。大丈夫。私がアルグちゃんの色々を独占してあげるから」

「ガルル」

「落ち着け。そして煽るな」

「うふふ」

「ガルル」


 らしくないほど牙を剥いてリグが唸っている。

 君はそっちの世界の人じゃないと信じていたのに……僕は悲しいです。


「ん~。姉さまの姉たちって優秀な割には病んばかりね」


 砂の上でうつ伏せになり、頬杖で顎を支えている悪魔が前後に足を揺らしている。

 美少女がすると可愛らしい仕草だ。ポーラは可愛いので良く似合っている。


「病ん言うな」

「ヤンデレばかりね」

「デレを足しても変わらない」

「……精神的に欠陥のある」

「それ以上言うなって。本当に」


 そうです。それ以上言わないで。


 いつもなら無気力のリグですらこんな風に暴走してしまうのだ。妊娠ってそんなにも重要なんだな。まあ魔眼の中の姉たちは全員結婚適齢期を過ぎた年増……げふげふ。妖艶で魅力的な女性が多いから仕方ない。

 全員が高根の花だから普通の男性では手が出せないのだ。

 グローディアみたいなラフレシアも居るがな。


「レニーラは……ちょっと怪しいけど、シュシュとかセシリーンとかは病んでないしね。そう中の人たちのことを悪く言うなって」

「……正常なのは何人よ?」


 だからそんな怖いことを聞くなって。


 たぶん数人だ。ただしその人たちも違う方向で狂っているけど。

 カミーラとか戦闘狂だし、グローディアはボッチだし、先生は……アイルローゼは正常だ。数少ない普通の人が居たよ。


「うん。数字にするのは失礼だよね。うん」

「数人も居なかったのね?」


 図星を突くな。胸の奥が痛いわ。


「大丈夫。結構な数が居るから。本当だよ?」




「答えなさいセシリーン」

「……この子だけは」

「落ち着きなさい」


 思い切り相手の頬を平手で張る。


「いたっ……」


 殴り慣れていないグローディアは軽く利き腕の手首を痛めた。

 けれど一撃を受けたセシリーンは、ゆっくりと叩かれた頬を押さえて顔を上げた。


「グローディア?」

「目は覚めた」

「ええ」


 掌で叩かれた頬を摩りながらセシリーンは空いてる手で自分の腹に触れる。

 どうやら守れたようだ。


「何がどうしたらこんな状況になるのよ?」

「それは……」


 掻い摘んで起きたことを説明する。

 話を聞くごとにグローディアの表情から感情が無くなっていく。最後は完全な無となり……深く深く息を吐いた。


「火力が足らないとか人手が足らないとか騒いでいたのに、自分たちでこんな状況にして馬鹿なの?」

「だってレニーラとシュシュが私のお腹のっ」

「だから馬鹿なの?」


 努めて冷静にグローディアは言葉を発していた。


「この体はホムンクルスとか言う偽物の体なのでしょう? だったらどんなにお腹を裂かれても問題無いでしょう? 貴女の本体は右目に居るのだから」


 言われてみればその通りだ。

 つい自分の身に危機が迫りセシリーンはそのことを忘れていた。


「そう……そうだったわね」

「本当に」


 呆れるしかない。

 凡ミスと言っていいほどの失態だ。


「ホリーが戻ってきたら、セシリーン?」


 歌姫に服を掴まれグローディアは迷った。


「なら私の子供は大丈夫なのね!」

「……」

「右目に居る限りは絶対に大丈夫なのよね?」

「……そう思っていれば良いわ」

「良かった」


 泣くほどのことかと思うが、感極まって泣く歌姫に掛ける言葉が無い。

 グローディアは心底呆れ果てながら辺りを見渡す。


 レニーラとシュシュは軽傷だ。ただの死体だ。3日としないで動けるようになるだろう。

 エウリンカは色々と無理だ。ただ少し同情する余地はある。今回の彼女はただの被害者だ。

 そして一番の問題はアイルローゼだ。パーツと化しているあれが生きているのかが謎だ。


「セシリーン」

「何かしら?」


 両手でお腹を守る彼女はそのままにし、グローディアは顎で死体の1つを指し示す。


「あれは生きているの?」

「……ひぃっ」


 耳を澄ました歌姫が怯えた。


 変わらない。彼女の恨みは消えていない。

『許さない。絶対に』とあの魔女はまだ音を作っていた。


「トドメを……やられる前にやらないと」

「落ち着きなさい。歌姫」

「だって!」

「あの凶悪な魔女が住む右目をアイルローゼとて制圧できないわ。だから大丈夫よ」

「そうよね。うん。そうね」

「はぁ~」


『恋は盲目』と古い言葉がある。

 確か三大魔女の……右目の住人が伝え広げた言葉だ。


「意外とまともな言葉を残しているのね。あの魔女は」


 再度のため息を吐いて……グローディアは額に手をして頭を振った。




~あとがき~


 この主人公って自ら地雷原に突撃するよなw

 まあ今の暴走はどうにか回避…リグが暴走しているとは!

 本当にカオスですな。


 まあホムンクルス体なので何をしても元に戻るんですけどね。

 だからセシリーンの本体は無事です。

 で、アイルローゼは変わらず…意外と病んでいらっしゃるわ~




(C) 2021 甲斐八雲

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