のびてるんだよ!

「あの猫……本当に容赦ないわね」


 呆れながらズタボロの存在に目を向ける。


 何をどうしたら人間だった物がここまで引き裂かれてボロボロに出来るのだろうか?


 普通、途中で手を止めるはずだ。

 作業とすれば大変だし、何より生々しい人体構造を確認する作業になる。

 だがあの猫は笑みを浮かべて実行する。


『ドSって本当に怖いわ~』と思いながら、木っ端みじんになっている存在から手を離した。


「しばらくは無理ね」


 残念ながら確認は出来そうにない。


 この狂った魔眼の住人が、あの魔女が、その存在を許さない人物は気になる。

 もしかすれば戦力になるかもしれない。

 性格に難があるなら、あの馬鹿な『兄』に丸投げすれば良い。どうにかする。


「もう1人は……あっちか」


 パチリと指を鳴らして魔女は場所を変える。


 床には魔法で貫かれ徹底的に破壊された死体が転がっていた。

 容赦がない。人体の急所のみを徹底的に貫いている。恐ろしいほどの腕前だ。


「こっちも絶望的ね。それよりも……なにこれ? 毒?」


 辺りを見渡し確認する。間違いなく毒だ。


「こんな密閉された場所で毒を撒くだなんて……だから処刑対象なのね」


 そうでなければ魔眼の中の全員が死んでしまう。


 色々と納得して視線を巡らせる。

 一瞬視界の隅に何かが映り込んだ気がした。


 居た。


 本来なら無視するのだが、気まぐれで近づく。

 宝塚っぽい人物が猫をギュッと抱きしめて死んでいた。


「ふむ」


 猫を大切にするのは悪いことではない。猫ラブだ。

 問題はその猫が狂暴なドSな存在なことぐらいだ。


「意外と面倒見の良い宝塚よね」


 弟子だからと言って猫を救いに来なければ一緒に死ぬことは無かった。

 たぶんこうなると分かってて、それでも来たのだろう。

 馬鹿で不器用な判断だ。


「でも嫌いじゃない」


 パチリと指を鳴らすと、床に転がっていた2人の死体が消えた。


「毒が無ければ生き返るから良いか」


 それ以上は過度なサービスになる。

 今回知りたいのは、術式の魔女が頑なに殺害しているらしい人物像だ。


「まっ良いか」


 軽く頭を掻いてまたパチリと指を鳴らす。


「知ってる人に聞きましょう」




「私、思うんだよね。ノイエって働きすぎなんだって」

「……」

「少しは休んだ方が良いと思うの。どう? 旦那君? お~い」


 徹夜で僕を玩具にしたレニーラが変なことを言っているのです。

 カーテンが遮っていた朝日が射し込んで来る。その光を浴びてレニーラのテンションは高い。


 徹夜明けのハイテンションか? と言うかレニーラには疲労困憊という言葉は無いのか?


 そもそもノイエは休みを必要としない。祝福って本当にチートだな。

 何より君だってノイエを焚きつけてずっと僕に襲い掛かってたよね? そんなことをしないでノイエに睡眠時間を与えた方が良いと思うのですが、僕が間違っているのでしょうか?


 濡れたタオルで全身を拭いたレニーラは、使用済みを木製のバケツに戻して濡れていないタオルを手にする。

 それを広げて肩にかけ……仁王立ちで僕の前に立った。


「ノイエに休みを作ってあげよう!」

「その前に僕に休みをください」

「休んでるじゃん!」


 今の状況を言っているのか? のびてるんだよ!


「僕だって苦労してるんだよ?」

「うっそだ~。だって旦那君は普段お城でケーキ食べてるだけでしょ?」


 コイツ~!


「あれはご褒美です。普段の僕は大量の事務仕事をしているんです」

「そうなの?」

「そうなの」


 フラフラと踊るレニーラに僕は自分の仕事を説明する。


 余り知られていないが僕は色々と仕事を押し付けられているのだ。

 だからノイエ小隊の報告書だけに目を通しているだけの簡単ポジションじゃない。


「今回だってこの二泊三日の温泉旅行の為に僕がどれほど仕事を頑張ったことか」

「そうなの?」

「そうなの」


 断言する。言い切ることも時には大切だ。


 実際に鎮魂祭が終わってから……不思議なことに大量の未処理の書類が机の上に山積みになっていた。ちょっと僕が家庭の事情で仕事を休んだ程度なのにだ。酷い話だ。


 それをどうにか処理してようやくこの温泉に来た。


 移動はポーラの姿をした悪魔が準備した転移魔法でどうにかなった。

 僕がお城で山盛りの書類を処理している隙に準備をしたとか。その勤勉さを他の部分で披露して欲しい。


「ん~。そっか~。旦那君も頑張ってたんだね」

「そうなの」

「そっか~」


 クスクスと笑ってレニーラが僕の傍に来る。と言うか横に座った。


「ならご褒美。は~い」

「……」


 うつ伏せで膝枕をされても正直辛いのです。

 人の体は前に倒れるように出来ているのです。

 後ろにグニャ~っと曲がる人は特別な訓練を受けた人だけです。僕には無理です。


「よいしょ」


 ゴロッと半周して仰向けにする。

 うむ。これだとレニーラの双丘が……悪くない。


「なに? もう旦那君は好きなんだから~」

「何を言う? 僕はクビレ派ですが?」


 しかし目の前に双丘があればそれを見ます。ええ見ますとも。

 だって人は美しい物や素晴らしい物を見て感動できるのですから。


「だ~んなくん」

「何よ?」

「ほれほれ」


 僕の手を掴んでレニーラが自分の腰に当てる。

 知ってるよ。流石舞姫だよな……本当に腰が細い。これは良いクビレだ。


「意外と筋肉質なんだよね。レニーラって」

「あ~。私の体が硬いとか言いたいの?」

「ん~。違うって」


 手を伸ばして自己主張の激しい双丘に触れる。


「うん。柔らかい」

「もう旦那君ったら~」


 甘えた声を出してレニーラが体を折って僕を抱きかかえる。

 幸せのプレスだ。このまま圧殺されても良いが、柔らかクッションがそれを阻害しそうだな。


「って、朝から何してるのよ! この馬鹿共は!」


 バタンと部屋の扉が開いて我が家の妹様の声がして来た。

 だが今の僕にはレニーラの肌しか見えないのだよ。感触は柔らかいが。


「ちょっとそこの馬鹿夫婦」

「も~。夫婦だなんて~」


 何故か喜んだレニーラが体を起こした。


 第三者から夫婦と呼ばれるのがそんなにも嬉しいのか?


「聞きたいことがあるんだけど、良い?」

「断る」

「ならばお前のその粗末な物を切り落としてやろうか?」


 粗末じゃないから! 前に比べたら物凄く立派ですから!


 ただ全裸を妹の姿に指摘されると羞恥心が半端無いのです。

 ベッドの上に転がっているシーツを掴んでそれで僕の下半身を隠す。


「舞姫も隠してあげなさいよ」

「ふっ……私は見られても恥ずかしくないほど奇麗だから!」

「それで良いなら好きになさい」


 椅子を持って来てポーラがベットの横に座る。

 間違いなく今のポーラは諸悪の根源、刻印の魔女とか言う化け物だろうな。


「で、何よ? こっちも忙しいの」

「はっ! 嫁を働かせている隙に違う女性と乳繰り合ってる馬鹿が偉そうに」

「……」


 そう言われると反論の言葉が出て来ないぞ?


「何でしょうか?」

「そうそう。それぐらい下手に出なさい」


 イラっとする。


「で、何?」

「ええ。ちょっと聞きたいのだけど……あの子の魔眼の中に、魔女が頑なに殺している存在が要るっぽいのだけど何か知ってる?」

「先生が?」


 先生が頑なに殺す存在? ああ。あれか。


「エウリンカでしょ?」

「あれもそうだったわね。最近は這って動き回っているけど……何なのあれ? 馬鹿なの?」

「僕に聞くな」


 そんな訳で知ってそうなレニーラを見る。


「エウリンカは……変人だから」

「「納得」」


 変人ならば仕方ない。


「で、舞姫。後は?」

「あ~。言っても良いのかな~?」


 流石のレニーラだって勢いで全てを暴露したりしない。

 やればこうして出来る子なんです。


「言いなさい。教えてくれたら、解除しない限り決して衰えない強精の魔法を教えてあげるわ」

「よっし任せて!」

「任せるな! 死ぬわ!」


 命の危険を感じ、僕は全力でレニーラの口を塞ぎにかかった。




~あとがき~


 刻印さんの実況見分ですw

 猫が大暴れした後には識別不能な死体が。

 もう片方も串で粉砕されているし…確認できないじゃん!

 だったら知ってる人に聞こう。そんな訳で外へ。


 お嫁さんを働かせ旦那は他の女性と…アルグスタの奴、モゲれば良いのになw




(C) 2021 甲斐八雲

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