酷い目に遭ったよ。本当に。

「ホリー。旦那君ってば、負けてるよね? 負けてるよね?」

「ええ。負けてるわね」

「どうする? どうすれば良いの? ファシーを使う? この猫行かせる?」

「にゃ~」


 レニーラが脇に抱えているファシーが顔を洗いながら小さく鳴く。

 外に出てケーキを食べて大満足しているのだ。だから穏やかな表情で眠そうにしている。


「脅迫でどうにか出来る状況じゃないわよ」

「ならシュシュを出す? シュシュの魔法でどうにかする?」


 抱えていた猫を放り出しレニーラが次なる獲物を探す。両手で首の具合を確認しているシュシュは『今は無理』と言いたげに顔を振って大きく頭を傾けた。


「シュシュなんて論外よ」

「やーいやーい。シュシュの役立たず~!」


 慌てすぎているのかレニーラの精神が色々とおかしい。

 フラッと来たリグは……そんな舞姫の姿を確認するとクルっと回って遠ざかっていた。


「どうするのホリー? 私が出る? 出ちゃう?」

「本番は明日でしょ?」

「ならホリーが出る? そのおっぱいで悩殺する?」

「この胸はアルグちゃんだけを喜ばすためのものよ」


 考えながら脊髄反射で返事をするホリーは顎に手を当てて考える。

 ただ彼女の返事に様子を伺っていた猫が目を剥いて……しょんぼりしながらシュシュの元へと歩いて行った。何かを狙っていたらしい。


「分かった。グローディアだね! あの王女様を呼んでくれば良いんだね!」

「ダメよ。あれは外に出せない」

「本当に使えない王女様だな! 胸もお尻も残念だし! あの姫様は顔だけだね!」


 美姫と名高いグローディアは、顔立ちが整った女性である。後は色々と残念であるが。


「分かった! 誰を出す?」

「分かってないでしょ?」

「大丈夫分かってるから! エウリンカだね! あの馬鹿を見つけるには時間がかかるんだけどね! 最近はお尻を突き上げてピクピクと震えてる姿で見つかるんだけど!」

「それは私の実験の後遺症ね。しばらくすれば復活するわよ」

「犯人はホリーだったのか~」


 ふとあの時に作らせた魔剣はどうしたのだろうかとホリーは考えた。

 けど時間の無駄だと判断して即時に忘れた。


「魔眼の中で出てどうにか出来る人間は居ないわよ」

「かな~? そうかな~? 分かった。ならニキーナとかファナッテならどう?」

「その2人はアイルローゼが見つけ次第……見たの?」

「うん。奥に居たよ?」

「……」


 こんな時に空気を読まない問題児だ。

 ホリーは静かに息を吐いて気持ちを入れ替えた。


「ファシー」

「シャー!」


 シュシュの背に隠れてい猫がけん制して来る。

 ホリーはそんな可愛らしい威嚇になど視線すら向けない。


「アルグちゃんが喜ぶからニキーナとファナッテを始末して来て。早急に全力で塵も残さずに」

「……は、い」


 愛して止まない人の名を出されたらファシーは素直に応じる。コクンと頷いて立ち上がった彼女は、クスクスと笑いながら中枢を出て行った。

 あの様子なら最低でも相打ちに持ち込むはずだ。


「ファシーなら勝てるかな~?」

「どうかしらね? ニキーナが相手ならカミーラでも良いんだけど、ファナッテは深部でだと最強だしね」


 ここでファシーという駒を失うのは今後を考えるととても辛い。


 あの2人とエウリンカを目の敵にしているアイルローゼが液体となり復活中の為の緊急措置だ。

 穴埋めは……後で考える。


「あの馬鹿がまた自殺しないように会話が出来るようになったら連れて来て」

「ほ~い」


 レニーラは慌ただしくクルクルと動き回る。

 ようやく考えを纏め、ホリーは少し顎を上げると大きく息を吸った。


「歌姫! 聞こえるならば咳ばらいをしなさい!」


 ノイエの耳が、外に居るセシリーンの咳ばらいを魔眼の中へと伝えて来た。




 王城内・大会議室



「ん~? まだ何かあるです~? ん~?」

「……」


 ぐうの音も出ない時はこのことか?


 一度陛下が使ったから今度は僕が使用しよう。『ちょっと休憩でも……』と提案したらあっさりと陛下に却下された。


 あっそう。そっちがその手を使うならこっちも容赦ない禁じ手を出そう。

 ウチの可愛いにゃんこ召喚と企んだら、セシリーンがノイエを抱えていた。


 これこれ味方よ。僕が大ピンチに何をしているのか問いたい。


 僕の視線に気づいたセシリーンか小さく笑った。


「王妃様に伺います」

「何です~?」


 目を閉じたままでセシリーンは穏やかな笑みをたたえる。


「つまり王妃様は明日の鎮魂祭にはアルグスタ様の協力は必要ないと言うことで良いのですね?」

「……」


 その言葉にニコニコと笑っていたチビ姫の表情が一瞬固まった。


「そうは言ってないです~。おにーちゃんは私の補助として確りと仕事をして欲しいです~」

「そうですか。てっきり出しゃばりすぎているアルグスタ様を頭ごなしに叱りつけているように聞こえたので」

「違うです~。おにーちゃんは大切な仲間です~」

「ですか」


 気のせいか形勢が逆転しましたか?

 ニコニコと笑うセシリーンに対し、チビ姫が何処か焦っているような?


「王妃様。聞いた話では舞姫は成功報酬として王国から何かを頂くとか」

「そうです~。王都の北に存在する温泉を提供するです~。でも無事に舞台を終えたらです~」

「なら仮に私が歌うとしたら……王国はどのような報酬を用意できるのでしょうか?」

「「……」」


 絶対に歌わないと言っていたセシリーンの交渉に会議場内の空気が凍った。

 もし歌姫と舞姫の共演が成立すれば、明日の舞台は大成功間違いなしだろう。

 問題はセシリーンは歌えないことだ。それなのにどうして?


 気のせいかノイエがギュッとセシリーンに抱き着いてるように見えた。


「もし歌ってくれるなら、活躍に見合う報酬を用意するです~」

「どのような報酬ですか?」

「……」


 スッと目を細めてチビ姫が咳ばらいをした。


「逆に問いましょう。何を望みますか?」


 真面目な交渉となったのでチビ姫が真面目モードになった。

 僕との話し合いは真面目にやらんでも良いと言うのか? 後で泣かす。心に誓った。


「そうですね。私が望むのは……私たちに罪を犯させた者に対しての責任です」


 地声が美しく良く響く声が冷ややかに告げた。


「誰が異世界の魔法を使ったなど関係ありません。この国で異世界召喚をし、私たちに罪を負わせた者が何でも無罪になっているとか?」


 一呼吸おいてセシリーンが口を開く。


「ふざけるな」


 絶対零度を思わせる歌姫の声に僕の背筋にも冷たい物が走る。


「先ほどアルグスタ様のことを言ってましたが、この国は罪を犯した者に対して優しくする決まりでもあるのですか?」

「……ありません」

「だったら私が舞台で歌った暁には、殺戮姫グローディアを舞台の上で殺害する許可を頂きましょう。あれの傍に居てずっと我慢していたのです。復讐することを」


 圧倒的な恐怖に流石のチビ姫も顔面蒼白だ。


「それは許せん」


 チビ姫の代わりに口を挟んだのは陛下だ。


「あれは処刑されたことで罪を償い王族に復帰した。それは国王である私が認めたことでもある。彼女には現在罪は無い」


 明言した。お兄様は今それを口にした。

 僕はセシリーンの意図を察した。たぶんホリーの入れ知恵か?


「そうですか」


 ニコリと笑うセシリーンに対し、チビ姫がハッとした表情を浮かべる。


「なら私たちにももう罪は無いと言うことですね? だって処刑されていれば罪を償ったことになると今陛下がおっしゃいましたしね」

「……」


 セシリーンの言葉にお兄様が深く深く息を吐いた。


「それに鎮魂祭のような場所に咎人を躍らせるのは……死者に対して失礼なことだと思いますが?」

「……であるか」

「はい」




 陛下はそれからしばらくして結論を下した。


『あの日に罪を犯した者たちは全て異世界魔法で操られた者たちである。主犯は必ず見つけ出し厳罰に処する』と。


 そこまでは納得できる。


『ただ何も関わらず殺害された者たちの遺族には、ドラグナイト家が主体となり今後も救済措置を続けていくこととする。

 その財源はグローディアが相続する予定であった遺産の全てを充てることとする』


 知らない間に仕事が増えた。

 あの馬鹿義姉の尻拭いはどうやら僕の仕事らしい。


 絶対に泣かす。チビ姫も含みで絶対に泣かす。



 馬鹿貴族をイジメるはずが……酷い目に遭ったよ。本当に。




~あとがき~


 作者さん。風邪ひいて絶不調です。

 話が取っ散らかってて申し訳ありません。色々と限界です。



 魔眼の中では特級にヤバい2人が実体を得ている事実が判明。

 猫がその始末に魔眼の深部へと向かいました。


 で、調子に乗っていたアルグスタは鼻っ柱を折られてぐうの音も出ない状態に。

 絶好調だったチビ姫もホリーの入れ知恵で窮地に陥ります。

 つまり今回の勝者はホリーと言うことでw




(C) 2021 甲斐八雲

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