囀るな馬鹿な者たちよ
「荒れてたね~」
「だぞ~」
隣に居るレニーラの声に、頭を180度ほど回転させているシュシュは器用に頷いた。
シュシュの頭が回っているのには訳がある。外に出て彼とひと波乱……で合っているのは謎だが、大喧嘩をして戻って来たグローディアが実行したのだ。
怒りに任せて魔法まで使ってシュシュを殴り飛ばした結果がこれだ。
魔力が尽きて床の上に転がっているリグが視線のみで診察した結果は、『力任せに回せばすぐに治る』だった。ただそれをするには覚悟がいる。覚悟が出来ていないシュシュは自分の首に触れないことにしていた。けどリグに隠れて隙を伺っている猫の気配がかなり怪しい。獲物を狙う目をしている。
「でも出来るのかな~」
「だぞ~」
レニーラとシュシュは揃って首を傾げる。
彼が天敵とも呼べるグローディアを呼び出したのには訳があった。
過去の改編と言うか……ある意味で脅迫だ。嫌われ者を逆手に取った喧嘩だ。
ただグローディアは怒り狂ったが、彼がすることを認めた。ホリーも『もうアルグちゃんったら……次に出た時はいっぱい愛してあげるんだから』と喜んで出て行った。
この場に居る権力者と知恵者が認めた、彼が打てる会心の一撃のはずだ。
それを食らう者たちは心底恐怖を味わうことだろう。容赦ない暴力だ。
「ん~?」
「どう~したんだ~ぞ~?」
頭を左右に振ってレニーラは動きを止めた。
「何か分かったかも」
「何が~だぞ~?」
「旦那君はきっと謹慎を食らうつもりだ!」
「ぞ~?」
クククと首を傾げたシュシュの首から鈍い音が響いた。
狙いを定めている猫の目が一瞬光った気がしたがたぶん気のせいだ。
全てを理解した気で居るレニーラは立ち上がり拳を握る。謎は全て解けたのだ。
「これだけの騒ぎを起こせば必ず謹慎になる。で、私が明日舞台で完璧な踊りを披露して温泉を得る。つまり旦那君はその温泉で謹慎期間を過ごす気なのだ!」
「お~!」
パチパチと拍手をするシュシュに機嫌を良くしたレニーラが軽くタップを踏む。
「温泉三昧を味わいつつ、あの日と呼ばれている私たちが色々としてしまった日のあの出来事を誤魔化す腹なんだよ!」
「納得だぞ~」
勝手に盛り上がる2人に対し、ジリジリと詰め寄った猫がバネを生かしてパンチを繰り出す。
「あっ」
グルっと視界が回転して……シュシュは自分の視界がおかしくなったことに気づいた。
天地が逆転したのだ。上が下に、下が上に、シュシュの視界がひっくり返った。
「シュシュ?」
「ん~?」
「頭が取れてるね~」
「だぞ~」
一周回って首の皮だけで頭をぶら下げているシュシュは犯人を捜す。
脱兎のごとく逃げ出したファシーは、振り返りもしないで逃走に成功していた。
「も~! あの猫は~だぞ~!」
プンプンと怒るシュシュは自分の頭を掴んで、外れているので正しい向きで押し込む。
「イタタ。痛っ」
「うむ。手を貸してあげよう~」
ニマッと笑ってレニーラがシュシュの頭を掴む。
「痛っ! レニーラ。そんな強引に……押し込まないで! 痛いから! って言うか何か出ちゃう! それ以上グリグリしたら私の中から何か出ちゃうから!」
語尾を忘れてシュシュが悲鳴を上げる。
けれどレニーラは強引に頭を押し込み強制的に治療を終えた。
ユニバンス王国・王都郊外北側街道
ガタゴトと揺れる馬車の中で僕は欠伸を噛みしめる。
ぶっちゃけ眠い。でも今日はこれから喧嘩だ。それが終わったら今夜は寝よう。
誰の妨害など受け付けない。僕は寝ると決めたのだ。
明日は鎮魂祭の本番だ。そのせいもあって商人さんたちの荷馬車が列を作っている。
普通なら王都に入るのに時間がかかるのだけど、そこは貴族且つ王族の特権だ。特権とは使うために存在しているのだから僕は迷わずに使う。奇麗ごとなんて言いません。
「旦那様?」
「はい?」
軽く首を傾げてセシリーンが僕の方に顔を向けて来る。
今日の彼女は正装と言うかドレス姿だ。過度な装飾とは無縁の質素な装いの空色のドレスに身を包んでいる。
舞台に立つ時はドレスばかり着ていたらしい彼女は気慣れているのか違和感がない。
「昨夜と言うか今朝ですか? ノイエと言い争っていたような気がしたのですが?」
寝ぼけ眼と言うかどこか気の抜けた様子で質問して来た。
彼女の耳をもってすれば一文字一句聞き逃さないはずだが、どうやら僕の頑張りでぐっすりと寝ていたのだろう。
僕も成長したものだ。
「ああ。ノイエじゃなくてグローディアね」
「はい?」
流石の歌姫さんもビックリらしい。小さく首を傾げた。
「あの馬鹿を呼び出して喧嘩してたのよ」
「喧嘩ですか?」
「そっ」
おかげで本日の僕は額に絆創膏を貼っている。
まさか重力魔法を使ってくるとは思わなかった。おかげで床に額を打ち付けたよ。
「それでなぜ彼女を?」
「今日はこれから喧嘩するんでその許可かな」
「はい?」
二度目の首傾げをセシリーンが披露する。
まだまだだな。歌姫さん。我が家ではこんなノリは普通なのだ。
見なさい我が可愛い妹様を。もう悟りを得たように半笑いを浮かべて遠い空を見つめているよ?
「どうして喧嘩なんて?」
驚いたと言うか今にも泣きだしそうに声を震わせセシリーンが僕に手を伸ばしてくる。
そっと掴んで軽くこっちに引っ張ると、彼女は席を立って僕の元に来た。
迷うことなくこの歌姫さんは僕の足の上に座る。
で、ポーラさん。そんなに物欲しそうな顔をしない。最近の君はちょっと露骨になりすぎだよ?
「危ないことは止めてください」
「大丈夫。今日の喧嘩は圧勝するので」
「でも」
「それにね」
軽く腕を回してドレスが着崩れないように気を付けながら彼女を抱きしめる。
「セシリーンが過去を振り返らないで済むようにするって言ったでしょう?」
「貴方が無理をするくらいなら」
「大丈夫。無理はしないから」
「でも」
不安そうにその身を震わせ、セシリーンが抱き着いて来る。僕の頭を抱え込むように……結果として彼女の胸に顔を押し付けることになった。悪くないだろう。
「そんなに心配ならセシリーンも一緒に来ると良いよ。と言うかノイエも呼ぶから一緒に参加して」
「良いのですか?」
「問題無し」
彼女が緩く腕を解いてセシリーンの胸が遠ざかる。
普通サイズの胸も全力で挟まれれば悪くないのだ。
「ノイエは仕事が?」
「少しの間なら大丈夫。明日に向けてノイエには多めにドラゴンを狩って貰っているからね」
おかげで今朝からノイエは小隊の待機場に直行なのである。
そうでなければこんな風にセシリーンと浮気などしない。まあノイエの辞書には僕が彼女の姉たちと浮気をしてても浮気にならないらしい。
家族はみんな仲良しがノイエの基本だからだ。だからって旦那が浮気をしている最中に率先して合流して来るのもどうかと思うけどさ。
「安心して聞いてて良いよ」
「本当ですか?」
「うん」
だって今日は本当にただの勝ち戦だからだ。
ユニバンス王国・王城内大会議室
僕を不幸にする場所で始まった話し合いは、貴族たちからのセシリーンに対する激しい突き上げだった。
『何故歌姫が明日の舞台で歌わない。歌姫であるのなら歌うべきではないか!』と言った頭ごなしに命令する無礼極まりない発言だ。
余りにも命令口調が過ぎる言葉に、珍しく主成分が真面目と優しさで出来ているポーラが怒りだしそうな気配を見せた。
グッと唇を噛んで我慢している様子が愛らしい。
「アルグスタ。グローディアから一時的に彼女を預かっているお前が、歌姫の代わりに発言することを許す」
「は~い」
上機嫌で手を上げて元気よく返事をした。何故か頭を抱えているお兄様の指名に応えたというのに場の空気が気のせいか下がった気がする。決して滑ったわけではない。
と言うか何故お兄様は頭を抱えているのだろう? まだ早いよ?
立ち上がって僕は悠然と周りを見渡す。僕の隣にはノイエとセシリーンが居る。
貴族たちの発言に俯いているセシリーンをノイエが横から抱きしめていた。
本当にお姉ちゃんのことが大好きなんだな。ノイエは。
軽く咳払いをして僕は口を開いた。
『殺戮姫グローディア』
『串刺しカミーラ』
『共鳴のセシリーン』
『魔剣工房エウリンカ』
まずその4人の名を出す。
この場に居ないグローディア派となっている4人の名だ。セシリーンは隣に居るけどそうなっている。
訳が分からない貴族たちは僕の表情を見る。見るしかない。
「その4人は別大陸で隠遁生活をしている『あの日』と呼ばれている日に罪を犯した人たちです。現在セシリーンはどこぞの馬鹿と喧嘩し、家出をして僕の所に遊びに来ていますがね」
『それがなんだと言う?』『いや待て。魔剣工房とは何だ?』『あのカミーラが本当に生きているのか?』などと貴族たちが騒ぎ出した。
囀るな馬鹿な者たちよ。
さてと。正しい
~あとがき~
戻って来たグローディアが大暴れした様子です。
ですがアルグスタの提案を飲んだということは…作者が死にますw
頷くなよ! 拒否れよ! ジャルスの二つ名がちょいちょい間違ってるんだよ!
鬼門大会議室でアルグスタは喧嘩という正しい脅迫を開始しました。
脅迫と書いて説得です。むしろお願いです。聞かなければ…ねぇ?
(C) 2021 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます