してその者の名は?
ユニバンス王国・王城内通路
場所が場所なので流石にポーラではなく僕が手を繋いでセシリーンを案内する。
静々と歩く彼女は時折舌打ちをする。
ほぼ無意識な癖のような感じなので僕は気にしない。
「お城の中は本当に広いのですね」
「まあこの国で一番大きい建物だしね」
ユニバンスの王城は、飾りっ気は無いが堅牢で有名だ。
増築に次ぐ増築で隠し通路が多いけど……セシリーンが居れば全てを明るみに出来るかもしれない。
「不思議ですね。そんな場所を歩いているだなんて」
「そうなの?」
「はい。前の時もここまでは来ませんでした」
歌姫時代に登城してないのはビックリだ。
「それが今になってここを歩くなんて」
「セシリーン」
ギュッと強めに手を握ったら、彼女も強く握り返してきた。
「過去は僕がどうにかするから前だけ見てなさい」
「……信じて良いのですか?」
「それは貴女に任せます」
「ズルい人」
クスクスと笑うとセシリーンがそっと囁く。
『私は信じます。夫である人の言葉を』
その声は何故か僕の耳の奥にだけ届く。恐ろしい能力だよね。
「あ~。来たです~」
何故か陛下の政務室から顔を出していたチビ姫が奥に引っ込んだ。
本当に自由な生き物だな。
ユニバンス王国・王城内国王政務室
「お初にお目にかかります。陛下。セシリーンと申します。目に障害がありますので無礼をするかもしれませんがお許しのほどを」
「構わん。目が見えていても無礼をする者は多い」
どうしてお兄様は僕を見るのでしょうか? また背後に誰かいますか? ああ。ミネルバさんが居たか。
握った手をそのままにセシリーンを案内して陛下と向かい合う形でソファーに座る。
「今日はどうして我が国に? 貴女はグローディアの元に居ると聞いたが?」
「はい。あの我が儘王女様と喧嘩をしまして」
「喧嘩ですか」
お兄様が呆れた様子で首を振る。
分かるぞ~。あの馬鹿は我が一族の恥部である。
「それで彼女が使っている術式を使って逃げてきました」
「……失礼だが貴女は魔法は?」
「はい。使えません」
今朝考えた言い訳をセシリーンはスラスラと答える。
意外と物覚え……と言うか歌の歌詞を聞いて覚えるセシリーンは、文章を覚えるのが大の得意らしい。
その能力をノイエに叩き込んでくれませんかね?
「ですからカミーラに頼んで逃げてきました」
「そうか。彼女が居たか」
串刺しカミーラはグローディアの護衛としてあれの傍に居ることとなっている。
彼女は魔法使いとしても有名な騎士だったので設定上無理じゃない。奇人変人で有名なエウリンカにお願いしたと言うよりも説得力がある。
「それで歌姫」
「はい」
「噂に聞くと貴女たちが居る場所は別の大陸とか?」
あ~。グローディアに聞けないことを彼女に聞く気か?
そっとセシリーンが僕の手を握って来る。
はいはい。任せてね。
「……そうだと聞いてます。ただ山深い場所なのでそれが事実かどうかは分かりませんが。何より私は目が見えませんので」
「そうであるか」
咄嗟に僕が囁いたことをセシリーンが言葉にする。本当に規格外の耳だな。
「王女様やカミーラなら何か知っているかもしれませんが、私には分かりません」
「そうか」
頷いて陛下は飲み物を求める。
陛下付のメイドさんたちが準備するので、何故もじもじしているのだポーラさん? 君は少し働きすぎだとお兄ちゃんは思うのです。僕に内緒で勝手に仕事とかしてないだろうな?
「それと歌姫」
「はい」
「貴女たちの元にはあのエウリンカが居るとか。事実か?」
「はい」
これはあっさりと頷いてセシリーンも認める。
「ただ彼女はその……」
セシリーンが見えない瞼を閉じて遠くを見つめた。
「自由が過ぎるので王女様も野放しにしています」
「そうか」
「はい」
だから自分は関係ないと一生懸命セシリーンが主張する。
気持ちは分かる。あれは関わると不幸になりかねない変人だ。そんな匂いがする。
「最後の質問をして良いかね?」
「私に答えられることなら」
「……今回は歌わないと聞いたが?」
「はい」
チビ姫から聞いたのか、陛下がその問いを口にする。
「失礼ながら陛下。私は過去に人を殺めました」
スッと背筋を伸ばしセシリーンはそのことを話し出した。
「その中には私の祖父母も含まれていました。その罪から私は処刑台に登りこの首に縄を巻きました。それ以降声が、歌おうとすると声が喉から放たれないのです。舌が痺れ声が出ないのです」
表情を正しセシリーンは静かに口を開く。
「後継が居れば、その者が恥ずかしくない歌を歌うのであれば、私は『歌姫』という重すぎる二つ名を譲りたいと心から思っています」
「……そうか」
苦笑し陛下が息を吐いた。
今回の鎮魂祭を盛大且つ完璧に終えたいのであろうお兄様の気持ちが垣間見える。
元を正すと大半は『僕が悪いんじゃない?』という噂もあるが、この国は最近色々と不幸と言うか事件が起き過ぎた。
それを理由に貴族たちの一部が『現陛下が即位してからこの国は不幸続きだ』と騒いでいる。
で、そんな最中にあの馬鹿王女の生存が確認された。未婚の王家の血を引く姫様がだ。
書類上は王族となったが、それでもグローディアは元王女扱いだ。
僕ら三兄弟に何かあれば、あの馬鹿が王位継承者の筆頭となる。夫となりたがる人は多いだろうな。
落胆する人に恩を売るのは交渉する者の作法です。ですからこれは悪魔の囁きじゃない。
「陛下」
「何だアルグスタ?」
「はい。ですから今回はセシリーンの弟子に歌わせようかと思っています」
ガタっと椅子を揺らしたお兄様は心底ビックリしたんだろうな。
伝説と化している歌姫に弟子が居ることはほとんど知られてない。と言うか知っている人が少なすぎる。知っててもほぼ全員がノイエの魔眼の中だ。なんて無理ゲーかと。
「居るのか? そのような人物が?」
「はい」
僕は大きく頷いてゆっくりと席を立つ。
あの~セシリーン? 出来たらその手を離してくれますか?
何度か握っては伸ばしてをしたら……諦めたようにセシリーンが手を離した。
「問題はずいぶんと歌っていなかったので基礎から思い出している状況ですが」
「歌えるのか? その者は?」
「師である彼女は、間に合わせると言っています」
今夜もノイエは燃え尽きるまでセシリーンのスパルタを受けることが確定したということでもある。
頑張れノイエ。終わったら温泉をゲットできるからたっぷり休もうね。帝国行き? 知らんな!
「してその者の名は?」
「はい」
窓を開いて愛しいお嫁さんの名を囁く。
「……なに?」
音もなく窓枠に着地したノイエが手足で体を固定した。
「セシリーンの弟子であるノイエです」
「なに?」
カクンと首を傾げてノイエがアホ毛を奇麗な『?』にした。
ただ目を瞠る陛下は、しばらく動きを止めてから深く深く息を吐いた。
「歌えるのか? 本当に?」
失礼な。ノイエの声はとても美しいのです。
「ノイエ」
「はい」
「ちょっと歌って」
「……」
チラッとセシリーンを見たノイエは、何故かクルリとアホ毛を回した。
「まだダメ。練習が足らない」
「ノイエさん?」
「出来ないはダメ。出来ない子は消えるから」
それだけ残してスッとノイエは消えてしまった。
~あとがき~
弟子であるノイエが舞台に!
本当に歌えるんですかね?
(C) 2021 甲斐八雲
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