どう立証すれば良いのかしらね?

「こちらです」

「ありがとう」

「はい」


 セシリーンの手を取りポーラが湯船に案内している。


 時間は深夜だけど歌姫さんの我が儘で急遽湯が沸かされた。

 そうなると僕も吸われて唾液まみれの部分を拭いたくなるのです。全てはお風呂が悪いのです。


 ササっと体を洗って僕は寝間着姿で浴室内を覗く。


 早々に湯船に浸かったノイエが僕に気づいて『入らないの?』と言いたげに首を傾げている。

 レニーラはあのノリだから一緒に入っても誤魔化せた……と言うことにしたが、流石にセシリーンは難しい。一緒に入らずこうして覗けば、僕だけが悪者で済むのだ。


 歌姫さんの裸を見て見たかったのですが、何か?


 急遽起こされたメイドさんたちの視線が……僕は気にしない。

 お嫁さんの裸を見ているのです。


「アルグスタ様」

「はい?」

「お客様の肌を見るのは」


 主人を叱れるメイド……それが叔母様のメイドランドの出身者の証である。

 つまり我が家のミネルバさんは主人を叱れるメイドさんなのだ。


「お嫁さんを見ているだけですが?」

「そうですか」


 やはりこれは最強の良い訳であったか!


「でしたらアルグスタ様は、先生に対しても同じ言い訳が出来るのですね?」

「さて。僕は飲み物を手に入れてから寝室に戻ります。お客様から不満を言われないようにしてね」

「畏まりました」


 それは卑怯だ。世の中には決して逆らえない存在が居るのです。


 恭しく頭を下げて来るミネルバさんに後のことを託し、僕は厨房の傍で待機しているメイドさんに飲み物を頼む。冷たい紅茶と常温の水もだ。

 配達も頼んで寝室に戻れば、シーツなどが替えられていて奇麗にベッドメイクまで終わっていた。


 椅子に座ってのんびりして居たら飲み物が届いたので……僕は何をしているのだろうか?


 ゆったりした時間を過ごしているが明日は仕事だ。

 昨日サボっているから今日は行かねばならん。


 先に寝てしまうかと悩みつつも、視線を巡らせてベッドサイドを確認する。

 並んでクッションの上に置かれている宝玉が2つ。馬鹿賢者の言葉が正しければ3つ目は存在していないはずだ。

 つまり宝玉を使わずにセシリーンは外に出て来たことになる。意味が分からん。


 ただこのヒントは結構前から聞かされていた。と言うか僕も見ていた。

 魔眼はスライム状の何かを出して対象物を飲み込む。


 一度紅茶を口にして気持ちを落ち着ける。

 大丈夫。まだ焦る時間じゃない。


 その昔セシリーンたちはカミューの申し出を受けてノイエの魔眼に飲み込まれたらしい。

 体は? その答えがあれだ。魔眼の中に体がある?


 だとしたら……ノイエの魔眼の中で大惨事が良く起きているらしいけど誰一人として死んで無い。

 で、もう1つの謎は実は魔眼の中の人たちは年を取っていないらしい。時間が止まってる?


「うむ。良く分からない」


 こんな時は……ホリーはどこに行った?




「単純なことだったのよ」


 ため息を吐いてホリーは呆れる。


「この体は偽物なのよ。だからどんなに殺しても死なない。それこそ液体化しても……」


 ふとそれに気づきホリーは口元に手を当てた。

 確かにそれなら説明はつく。だが何かがおかしい。


「どうして元に戻るのに時間がかかるの?」


 疑問がそれだ。治すのなら一瞬でも問題は無いはずだ

 それなのに時間をかけてゆっくりと治している。

 ホリーは視線を巡らせ、メイドの姿をしたシュシュに抱き着いている猫を見た。


「ファシー」

「にゃん?」

「アイルローゼの状態は?」

「顔が、半分」


 一瞬全員が首を傾げた。

 頭が半分ではなくて顔が半分とは……そう言うことかと納得する。


 ホリーは枕を探して転がっている存在に目を向けた。


「リグ」

「ん?」


 床の上を転がっているが、胸のおかげで変な動きをしているリグが止まった。


「この場所で怪我をする。その時の体内の様子はどう?」

「様子? ある意味で完璧だね」


 よいしょと体を起こして座り直したリグの揺れる胸に対し、一斉に嫉妬交じりの視線が向けられた。


「ボクはここに居るおかげで、この世界で一番内臓に詳しい医者になったと思う」

「つまり内臓の配置などは完璧と言うことね?」

「完璧だね」


 胸を張るリグに猫が興味を覚えたのか、手を伸ばして猫パンチを始める。

 必死に胸をガードするリグだが、猫は気にせずにパンチを繰り出し続けた。


「そうなるとこの体が偽物だと考えるには苦しいわね。でも本物でも無いのよね」


 そうでなければ外に出たセシリーンの下着が昔のままであったことに説明がつかない。

 本来の体……だと思われるもので外に出た者たちは、大半が下着を変えて戻っている。

 まあ彼との行為で発情して濡らしてしまうのは仕方ない。女だって興奮はするのだ。


 それで下着を変えて……結果かぼちゃパンツを卒業している。

 こちらに戻ってからも下着は外で変えた物のままだ。何より着ている服が変えたものだ。


 こうなるのなら歌姫の服を別の物に変えておけば良かった。

 そうすればもっと多くの謎が明らかになったはずだ。


「どう立証すれば良いのかしらね?」


 ホリーは一度思考を止めた。




「ありがとうノイエ」

「はい」


 椅子に座ってボーっとしていたら、セシリーンと腕を組んでノイエが歩いて来た。

 ポーラは2人が部屋に入るのを確認すると、僕に小さく頭を下げて扉を閉めた。

 本当に出来た妹さんだ。


 歌姫さんを迷わず案内したノイエは、そのままベッドへと進んだ。

 目が見えないセシリーンはノイエに全てを委ねているのか、彼女の案内に逆らわない。椅子代わりにベッドに腰かけて……2人して動きを止める。


「旦那様」

「はい?」


 椅子に腰かけている僕にセシリーンが顔を向けて来る。目を閉じているのに迷いがない。


「どうしてそちらに?」

「……一応セシリーンはお客さんなのよ」

「はい?」

「お客さんと一緒の部屋って問題あるでしょう?」


 僕はノイエしか娶らないと宣言した身でもあるのです。

 何よりセシリーンはあの馬鹿王女グローディアの元に居ることになっている。また僕に言い訳を考えろというのか?


 僕の立場を理解したのかセシリーンがいつも通りの柔らかな笑みを見せる。


「私は気にしませんから」

「おい」

「それに今からノイエの練習です。夫である貴方も彼女に何か起きないか心配で様子を見ていたいでしょう?」

「……そうだね。ノイエは僕の大切な人だから」


 ニコニコと笑う歌姫さんが纏うオーラが怖いんですが? 気のせいでしょうか?


「ならノイエ」

「はい」

「私の前に」

「はい」


 命じられてノイエがセシリーンの前に立つ。

 ベッドを椅子にしている彼女の前で背筋を伸ばして……何をするのだろうか?


「はい。息を吸って」

「はい」

「止めて」

「……」

「ゆっくり吐いて」

「ふ~。ぐっ!」


 驚きの衝撃映像だった。セシリーンの右の拳がノイエのお腹に突き刺さっていた。


「はいもう一度。吸って」

「はい。ぐっ!」


 不意打ちの拳がまたノイエのお腹に!

 二度目の攻撃に流石のノイエもお腹を抱えて蹲った。


「ねえノイエ?」

「……はい」


 何故だろう? 微笑んでいるセシリーンさんがとっても怖いのです。


「歌の基本は?」

「お腹の筋肉」

「それと?」

「肺です」


 凄いぞ。ノイエが質問に答えている。


 ただあんなに震えるノイエの姿を僕は見たことが無い。

 スィーク叔母様を前にした僕やチビ姫ぐらいに震え上がっている。


「分かっているなら説明しなくて良いわね?」

「……はい」


 ゆっくりと立ち上がったノイエがまた背筋を伸ばす。


「今夜一晩でまず呼吸法から思い出させてあげるからね?」


 微笑んでいるのにどうしてこんなに怖いの!




~あとがき~


 ホリーは自分たちのカラクリについて考えます。

 答えは…刻印さんが知っているはずですが、彼女は沈黙しています。


 歌姫さんは久しぶりに弟子にレッスンです。

 意外やスパルタのセシリーンに、主人公ドン引きです




(C) 2021 甲斐八雲

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