その口を離そうか?
「もう本音を言うと若干私も今回は無理ゲーかと思ってたのよ。でも何か解決方法を捻り出してくれてるじゃない? これは協力するが吉だと思うのよね? どう?」
勝手に机と椅子を準備した馬鹿賢者が、紅茶をお酒のような飲み方で口に運ぶ。
何処の労働者かとツッコミたい。普段のポーラは完全に労働者だけど。
「という訳で手を貸すわ」
「見返りは?」
「決まってるでしょ? 舞台の成功と……」
クスリと笑って悪魔が両手を広げる。
「副産物で新しい何かが生じたらラッキーってな具合で」
「そっちが本音か?」
「ま~ね」
クスクスと笑う存在はやはり悪魔の類だろう。
僕はホリーお姉ちゃんに後ろから抱きかかえられベッドの上に座っている。
お姉ちゃんは僕が倒れないように支えてくれているのだ。時折彼女の手が迷走するのは気のせいだ。お姉ちゃん……そっちには手を伸ばさないでください。本当に無理ですから!
「問題は魔眼の中と外でどう映像を繋ぐかってことなんだけど……無理よね~」
「テレビの中継的な感じでは無理なの?」
「そんな魔法は無いわよ」
魔法とは思えない力を振るう三大魔女の1人が何を言う?
「言っておくけど私の魔法だってちゃんとした法則の下で発現してるんだからね。勘違いしないでよね!」
怒った様子でプイっと悪魔が顔を背ける。
何故にツンデレキャラ?
「ツンデレするならツインテールでお願いします」
「何でよ?」
「ツンデレはツインテールだと昔クラスメイトが熱く語ってました」
「……あんた馬鹿ぁ?」
元ネタを軽くディスるな。
何故かリボンを取り出してツインテールにし始める悪魔はスルーしておく。
ポーラは全体的に白いからツインテールよりも……まあ良い。この脱線は色々と危険だ。そんな気がする。
「それで何か方法は?」
「ん~。正直言って一番確実なのは、宝玉を使うことかな~」
「でも使えないんでしょ?」
現在僕らの手元には2つの宝玉がある。どれもノイエからの魔力を充電中だ。
ノイエが仕事をしている時は片方だけをアホ毛に乗せて大暴れしているらしい。もう片方はペットのリスが玉乗りしているという噂をよく聞く。目立たないがちゃんと仕事をする奴だ。
気づいたらリスの数が増えてる気がするが……リスってネズミのように多産なの? 違うよね?
「実は3つ目を隠し持ってるとか無いよね?」
「無いわね。と言うか仮に3つ目が手に入っても加工は出来ないしね」
「そうなの?」
「ええ。あれを3つとか流石のその子も魔力の製造が追いつかなくなってパンクしかねないしね」
そんな危険があるなら3つ目など要らない。
決して自分の身を案じての発言ではない。全てノイエの身を案じてです。
「そうなると……あまり使いたくない方法だけど……」
ツインテールになったポーラが腕を組んで渋い表情を浮かべている。
使いたくない手って……絶対に危険なフラグでしか無いから止めましょう?
僕だって禁じ手のお姉ちゃん召喚を使ったのに、そんなお姉ちゃんは何もしないで僕を離してくれないんだ。ずっと抱き着いて来てさっきから首を甘噛みしてくる様子に恐怖すら感じます。
「色々と厄介なのよね。最悪しばらく歌姫が使えなくなるけど平気?」
「その使えないって、何?」
「文字通りの意味よ」
考えつくのは先生かな? 先生みたいに副作用で溶けちゃうとかですか?
あれは斬新な自殺だったという話だけど……まさか先生が独り遊びの様子を見られたぐらいでそんなに思いつめるとは思わなかった。
「しばらくってどれぐらい?」
「分からないわ」
組んでいた腕を広げ、悪魔が首を左右に振る。
「もしかしたら直ぐに復帰するかもしれないし、下手をしたら年単位で復帰しないかもしれない。最悪2度と復帰しないかもしれないけど……どうする?」
挑むように僕を見る彼女に対し、返事など決まっている。
「なら却下」
「どうして?」
「セシリーンが居なくなったらノイエが悲しむから」
『歌の人』って認識だけどノイエはセシリーンのことをちゃんと覚えている。なら無理はさせられない。会えないと分かったらノイエのことだ、絶対に泣くしね。
僕の返事を受けた悪魔は薄ら笑いを浮かべた。
「本当に家族思いの馬鹿よね。ウチのご主人様は」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
「ええ。でもね」
椅子から立ち上がりポーラの姿をした悪魔が、軽くスカートを摘まんでそれっぽく頭を下げた。
「これから先……斬り捨てることを迫られるかもしれない。その時に貴方はどんな選択をするの?」
「斬り捨てない最善の方法かな」
「言うわね?」
「だって僕には最高の家族が居ますから」
ノイエを筆頭にダメな僕の周りには物語の主役を張れる人材たちが揃っている。
これだけ居れば不可能だって可能になるはずだ。
「……本当に馬鹿なご主人様ね」
クスリと笑ってポーラの右目が一瞬光った。
「でも嫌いじゃないから無理してあげる」
言って右目の光が消えて模様も消えた。
「にいさま?」
「馬鹿は?」
小首を傾げポーラがしばらく沈黙した。
「……へんじがないです」
「そっか」
勢いと気分で生きている女だからな……あの悪魔は。
「うっ!」
そろそろ甘えが止まらないお姉ちゃん問題をどうにかしようとしたら、ポーラが右目を押さえて蹲った。
まさか右目の封印が? ってどこの厨二ですか?
「めが……にゃっ」
気の抜けた悲鳴と同時にドロッとした液体がポーラの右目から溢れ出す。
あれは魔眼に何かを吸収する時に使うヤツだよね? 出来たら事前に伝えておいてくれるかな? 正直気持ち悪いんです。
ポーラの右目から溢れ出たスライム状の白濁とした液体は……いつものなら吸収して戻るはずなのに戻らない。そもそも何を吸収するつもりなのか?
「あれ?」
液体が形を作り出す。それは人の形で、ふっくらとした曲線から女性だ。
ゆっくりと白濁とした液体が違う色に変化し、完全に人の形を作り出した。
見慣れた安物のワンピース姿の女性が床に転がっている。長い髪は銀色で、僕はその人を知っていた。
「セシリーンだよね?」
軽く視線を僕の首に甘噛みしているホリーに向けると、彼女は真剣な面持ちでセシリーンを見ていた。ただし目だけが真面目だが口は甘噛み継続中だ。
色々と落ち着こうか? お姉ちゃん?
右目からセシリーンを吐き出したポーラは目を回して床に倒れ込むし、何より姿を現したセシリーンがピクリとも動かない。
何がどうなってるの? ねえ?
「とりあえず……お姉ちゃん。その口を離そうか?」
「嫌よ」
「ちょっと!」
抱き着いて離れないホリーを背負い、僕はセシリーンとポーラの状態の確認を急いだ。
~あとがき~
家族第一主義のアルグスタは犠牲を求めません。
家族を切り捨てる選択肢を選んだ親友と骨肉の争いをした刻印さんは…無理をすることにしました。
ポーラの右目から歌姫さんが。何が起きたの?
(C) 2021 甲斐八雲
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