僕は何か間違えましたかっ!
ユニバンス王国・王都内北側旧スラム街
「お~。ほ~。へ~」
舞台の上に立ったレニーラが辺りを見渡し間の抜けた声を発している。
奇麗な顔が台無しだから止めて欲しい。基本君は馬鹿な子なんだから。
僕も改めて辺りを見渡してみる。
近頃は暑い……書類仕事が忙しかったから、現場仕事はチビ姫に丸投げしていた。ようやくこの舞台も完成しそうだ。
このままこの一帯は再開発して一大娯楽施設にするのも悪くない。陛下に提案するか? それともウチの資金力で独占し富を得てしまうか?
ただこの手の事業を行う時はスィーク叔母様を避けてはいけない気がする。絶対に何かしらの気配を感じてやって来るに違いない。で、一枚どころか土台ごと噛んでくる。
だったら最初から引き込んでしまって共同経営にしてしまうのも悪くない。
資金はウチが、安全は叔母様が……これがwinwinな関係と言うものだろうか?
ちょっと待て。確かあの秋葉原にはメイド喫茶なる物があると言う。この世にはリアルメイドが居て叔母様はメイドランドの支配者だ。
あら不思議? 夢が広がるぞ?
「旦那君。間抜け面してないでさ」
「失礼な。僕は常に時代の数歩先を進んでいるだけです」
「何よそれ?」
馬鹿な子代表のレニーラに呆れ似れるとは。
ただ今の僕はこの娯楽の少ない世界で革新的な構想を練っているだけだ。
昼と夜とでサービス内容を変えれば。昼はメイドさんたちが出迎えてくれる喫茶店のような感じにし、夜はお酒の飲める感じにして舞台上では少し薄手の衣装を身に纏った踊り子さんたちを。
手出しは厳禁です。それ以上を望む人は娼館へ行ってください。つまり娼館にも話を通せば僕の勝ちじゃない?
やべー。夢が膨らむわ~。
「旦那君旦那君」
「何よ?」
これは後でホリーお姉ちゃんと馬鹿賢者を含めて要相談だな。
国民は娯楽を得る。雇用の促進にもなる。飲食もだから経済も回る。完璧じゃないか!
こっそりとウチが儲かる部分は伏せておこう。その売り上げで温泉の維持費を賄えれば完璧だ。
「この舞台に登っても良いの?」
「汚すなよ」
「りょ~かい」
靴を脱いで舞台に飛び乗ったレニーラはゆっくりと辺りを見渡す。
移築し増築した舞台は半円状の野外ステージだ。
弧を描いた作りにしたのは悪魔が図面を書いたからだ。
客席側へとせり出している舞台の端まで移動し、レニーラは目を閉じるとそのまま歩きだす。裸足で舞台の感触を楽しむように足を動かし……迷うことなく反対側の舞台端へと移動した。
目を閉じていたのに凄いな。
それも直線じゃなくて曲線なのに、ちゃんと弧を描いて歩ききった。
「思ったより広いね」
「何でも舞台背景を設置できるようにしてるらしいよ」
「背景?」
舞台上で振り返ったレニーラは、石の柱が立ち並ぶ方を見る。
「その柱に背景……布に描いた絵を掛けたり、木とかで作った物を置いたり、そこは舞台演出の腕の見せ所ってことで」
「ふ~ん」
そっちには関心が無いのか、レニーラは腰の後ろに手を回して舞台の上を歩く。
「音は?」
「その柱の裏側に座席が見えるでしょう?」
「あるね」
「そっちに音楽家たちが座って楽器を奏でます」
「ふ~ん」
やはり関心が無いのか……と、レニーラがこっちを見る。
彼女の目はノイエを見つめていた。
「私の中だとセシリーン以上の音って存在しないんだけどね」
「それは高望みしすぎ」
「そっか」
『あはは』と笑ってレニーラが感触を確かめるようにその場でターンを決める。
「この舞台なら私よりもセシリーンの歌の方が似合いそうだけどね」
「そうだね」
伝説の姫……舞姫と歌姫。舞姫はこうして舞台の上に立っている。けれどセシリーンは舞台の上に立つことは難しそうだ。
立つだけなら出来るだろう。けれど彼女の歌声が響くかどうかは別の問題だ。
「セシリーンの歌で、観客が溢れるこの場所で、全力で踊れるのなら……」
苦笑するレニーラの前に不意にノイエが姿を現した。
ちゃんと靴を脱いでいる辺り出来たお嫁さんだ。
「お姉ちゃん」
「なに? ノイエ」
「踊ろう」
「……そうね」
クスッと笑ってレニーラが舞いだす。次いでノイエも踊り出した。
僕は舞台下に置かれている2人の靴を回収すると、準備中の観客席に腰を下ろす。
そっと隣に我が家の妹様も腰かけた。
「どうして来るかな? 『馬車で待ってて』と言ったはずだぞ?」
「平気よ。あのメイドには『付いて来たら、もう口を利きません』と言っておいたから」
クスリと笑うポーラの様子から、どうやら悪魔が姿を現したようだ。
本日最後の仕事……舞台の確認に来たのは、僕とノイエ。レニーラとポーラ。後はミネルバさんだ。
チビ姫も来たがっていたが、帰宅するのが日が沈んでからになるだろうと僕が全力で諦めさせた。
実力行使で簀巻きにして僕の執務室に放置だ。日が沈むまではそのままにしておいてねとメイドさんたちにも厳命したので、まだ放置されているはずだ。
だから今、ノイエとレニーラの舞いを見れるのは僕らだけの特権となる。
「うん。やっぱりこれね」
「何がよ?」
「私の灰色の脳みそがフル稼働しているわ!」
ポーラの脳みそはそんな色をしていない。悪魔の脳みそは腐ってそうだけどな。
「で、さっきまで何か良からぬことを企んでいたでしょう? 今夜はあの2人を相手に弾ける感じ?」
「それは本当の意味で弾けるから」
疲れ知らずのノイエとアクロバティックなレニーラの組み合わせは最悪すぎる。これに底なしのホリーとかが加わったら僕は朝日を拝むことは無いだろう。
「何を企んでたのよ?」
「いいえ。何も」
「嘘を言いなさい。貴女のお嫁さんが忙しなくアホ毛を動かしてたわよ」
それで気づかれるのもどうかと思うが、ノイエのアホ毛ってある種のセンサーなの?
「総本山を攻略して規模や運営の問題もあるんだけど」
「ふむふむ」
「ここに娯楽施設を作れないものかと」
「と言うと?」
「昼は日あるメイド喫茶。夜は飲食が出来るちょっとエッチな感じのお店かな? 娼館とかに話を通してそれ以上を求める人たちはそっちに行ってもらう。何ならこの区画の隅に娼館を作ってしまうのも手かも」
そうすれば確実に売り上げが増えるはずだ。
「このお馬鹿っ!」
「これが若さかっ!」
ポーラの拳が僕の頬を襲った。
親父にもぶたれたことないのに……頬を押さえて視線を向ければ、立ち上がったポーラが腰に手を当て憤慨していた。
「そんな性欲まみれの不健全営業は最終的に摘発されて終わる宿命なのよ! 時代は健全安心なの!」
「……具体的には?」
胸の前で腕を組んで、何故か悪魔が踏ん反り返った。
「まずメイドたちに歌って踊らせるの。そして次はグッズ展開よ! グッズには抽選で当たる握手券を封入すれば、馬鹿な男共は群がるわ! 特に貴族なんて馬鹿の集団なんだから絶対に推しだす! 『あのメイドを我が家に雇い入れたい』とか言い出すに決まってる! そうすればグッズは飛ぶように売れる! ただ買ってポイ捨てするようなグッズはダメよ! 再利用できる……ハンカチとかスカーフとかタオル何かが良いわね。そうすれば貴族たちがポイ捨てしてリサイクルできる! どうよ?」
「師匠~!」
僕ではこんな健全な運営なんて思いつかない。流石師匠だ。
「良いのよ。分かってくれれば」
ポーラの姿をした悪魔に抱き着き涙する僕を師匠が優しく頭を撫でてくれた。
「旦那君? 妹ちゃん? 折角私たちが踊ってるのに無視って酷くない?」
「「はい?」」
視線を向けたら怒った様子でレニーラがこっちを見てた。
「踊るの辞めようかな……私」
「「それはちょっと」」
レニーラはただ拗ねての発言だろう。
けれど僕と馬鹿賢者は彼女の後ろに立つノイエの姿を見ていた。
アホ毛を猫の尻尾のように立たせて膨らませている。あれはヤバい。もしレニーラが『辞める』とか本気で言いだしたら絶対に良くないことが起こる。
「にいさま……」
怯え切ったポーラが抱き着いて来た。逃げたか悪魔よ!
「レニーラ」
「な~に?」
ブスッとしたレニーラは不機嫌だ。
降りて来い! 言い訳の神よ!
「……ここで見たら本番の楽しみが減るでしょ? 僕は完全状態のレニーラの踊りが見たいかな?」
「ふ~ん」
立ち上がりレニーラが自分の背後に居るノイエを抱きしめた。
「ならノイエの踊りは見たくないんだ。酷い旦那君だね」
「……アルグ様?」
らしくないほど目を細くしたノイエが僕を見る。あれは間違いなく激おこだ。
言い訳の神様っ! 僕は何か間違えましたかっ!
~あとがき~
実は結構前にアルグスタは娯楽を考えていたことがあります。
クレアとイネル君の物語の頃ですね。
本人はすっかり忘れていたようですが…巡り巡ってまた再び。
って、刻印さんの提案って健全なのかな?
作者的には限りなくブラックな気がするのですよ…あの商法って…
(C) 2021 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます