舞姫と呼ばれた天才的な踊り子でしょう?

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「確りして下さい。ポーラ様」

「せんぱい……わたしはもうだめです」

「そんなことを言わないで」

「……はぅ」

「ポーラ様~!」


 何かの映画かドラマのワンシーンのような流れが展開されている。

 床に座り込み天に召されたポーラを抱きかかえるミネルバさんは、世界の中心で何かを叫びそうな勢いだ。今叫ぶと『巨乳が憎い~!』とか聞こえてきそうだけど。


「ん~。旦那君」

「何さ?」

「胸がキツイかな」


 新しいドレスを纏ったレニーラが自分の胸に手をやり揉んでいる。

 あっちの演劇組に爆弾を投下するな。ポーラがぐったりしてエンドロールが流れ出してるぞ?


「胸以外は?」

「ん~」


 クルっと姿見の前で緩いターンを決める。

 フワっと広がったスカートから覗く生足が何かエロイ。


「こんなに背中とかお腹とか出してて良いのかな?」

「そういうドレスだ。問題は無い」

「そっか」


 露出が多いのは馬鹿賢者の趣味だ。何処からこんなドレスを拾って来たのかと言いたいが、お城の衣裳部屋からだと分かっているので何も言えない。


「うん。不満は胸の部分だけかな。あとは問題ない」

「なら準備を進めちゃって」


 待機しているメイドさんたちにお願いをしてレニーラの着付けを任せる。


 突然姿を現したお客様だが、我が家は不意打ちでグローディアがある都合メイドさんたちのメンタルがとても強い。強くなってしまった。おかげで突然のお客様ぐらいでは無反応だ。

 ただ前回この世の物とは思えない踊りを披露している人物なだけに……メイドさんたちのやる気が違う。満ち満ちている。

 頑張れレニーラ。我が家のメイドさんたちは癖が強いぞ?


 ふと思い出し、演劇組に目を向ければ……どうやらポーラが立ち直ったらしい。


「大丈夫です。ポーラ様はこれからまだ育ちます」

「そうですね」

「はい。出会った頃よりも確実に大きくなってます」

「そうですね」


 ある種の催眠術か? それか洗脳か?

 ミネルバさんが必死にポーラを励ましているが、ポーラがレニーラほどのサイズに育つとは思えない。大きい子は小さな時から大きいらしい。それが現実だ。


「アルグ様」

「なに?」

「……大きい方が良いの?」

「ノイエの胸は形が素晴らしいからそのままを維持してください」

「分かった」


 黄金比で成立しているノイエの胸には、これ以上変化など必要ないのです。


「さて……僕も準備するかな」


 本日もお仕事です。




 ユニバンス王国・王都郊外北側街道



「ねえ? 旦那君」


 馬車の外を見ていたレニーラが振り返りこちらを見る。


 馬子にも衣裳と言う言葉があるが、今のレニーラには該当しない言葉だよな。

 元々美人だし、スタイルも良いし、何よりピンと背筋を伸ばして座っている姿なんて、下手をするとノイエよりも貴族の夫人にも見える。


 何故かレニーラの隣に座るノイエが背筋を伸ばした。

 ノイエはノイエで奇麗なんだけど、本日のレニーラは衣装+化粧の補正効果まで付いている。いつものワンピース調の服を身に纏っているノイエでは流石に戦いにならないな。


 と、忘れてた。


「お城ではその『旦那君』は禁止ね」

「何でよ?」


 決まっています。


「一応僕は『ノイエのみを愛する』って宣言しているからね。愛人とか愛妾とか居ちゃいけないのよ。立場上ね」

「ぶ~」


 前回のファシー爆弾は、違った意味で解釈されたらしく大事には至らなかった。

 何か僕が刃物を持った彼女に襲われている……そんな風に聞いていた人たちは勘違いしたらしい。ファシーの悪名が変な方向に働いた結果とも言う。


「屋敷の寝室とかなら問題無いけどさ……外でそれを言われると後で面倒臭いことになるかもしれない」

「ぶ~」


 ブスッと膨れたレニーラが、何故か笑いだした。


「問題ないよ。旦那君」

「その心は?」

「だって貴方は私の大親友であるノイエの旦那様でしょ?」


 そう来たか。


「まあ、ほどほどにね」


 どうしてか分からないが僕のことを敵視する貴族たちが多いのだよ。

 自業自得? そんな四文字熟語など僕は知りません!


「で、なに?」

「うん。……何か緊張して来た」

「はい?」


 胸の前で握った両手を上下に動かし、レニーラが顔を強張らせる。

 ノイエが何故かレニーラの動作を真似て握った両手を上下に振りだした。

 2人揃って可愛いな。


「だって国王様だよね? 今から会うのって」

「そうだね」

「この国で一番偉い人なんだよね? 私ってば平民だから……マナーとか全然なんだけど!」

「今更それを言うか?」

「だって~」


 甘える相手を求めてノイエに抱き着こうとしてレニーラは急ブレーキを踏む。

 たぶん髪型とかドレスとかが崩れるのを恐れたのだろう。両腕を広げてウエルカムなノイエさんが空振りしています。


「ねえレニーラ?」

「はい」

「君の目の前に居るのは誰ですか?」

「旦那君」


 天然か?


「これでも僕はユニバンス王国の元王子様ですよ? それに王位継承権も保持してます」


 プチっと上の2人を亡き者にすれば国王様にだって成れるらしい。あんな忙しそうな地位など御免こうむる。僕は全力でお兄様が長生きするように協力していく所存です。


 まあ良い。とにかく僕は王子様だったのだよ! さあ緊張するが良い!


「だって旦那君……馬鹿だし」

「問答無用のハリセンチョップ!」

「何でよ!」


 流れる動作で呼び出したハリセンを、レニーラは上半身を動かし回避しやがった。


「馬鹿はレニーラもです」

「良しその喧嘩買った! 誰が馬鹿だって!」

「レニーラ」

「朱色の人」

「まさかのノイエも!」


 ダブルパンチでレニーラのHPは一気にレッドゾーンだ。

 と言うかレニーラは……ある種馬鹿なんだろうな。うん。馬鹿扱いで良いや。


「認めなさいレニーラ。君は馬鹿なのだよ」

「馬鹿じゃないから! それを言うなら旦那君も馬鹿だし!」

「アルグ様は馬鹿」


 おおう。胸の奥底まで言葉のナイフで抉られたよ?

 ノイエさん……実は僕のことを馬鹿だと思っていたのですか?


「そうよ。ノイエ、言ってあげなさい」

「お姉ちゃんも馬鹿」

「はうっ!」


 調子に乗ったレニーラがオーバーキルした。ノイエのパンチは本当に強力だ。


「調子に乗るからだ。レニーラ」

「馬鹿なアルグ様」

「ほぎゃっ!」


 もうダメだ。何か色々な何かがごっそりと僕から失われたよ。

 と……ノイエが立ち上がり、僕を抱えて自分が座っている方へと移動する。

 レニーラ。ノイエ。僕と言う並びで座り、ノイエが僕らの腕に自分のそれを絡めて引き寄せた。


「喧嘩はダメ」

「「……」」

「家族は仲良く」


 そう言うことらしい。

 本当にノイエは家族が大好き過ぎて……それがノイエの良い所なんだけどね。


「まあ陛下ならマナーとか忘れても良いんじゃないかな?」

「大丈夫? 不敬罪とかで処刑されない?」

「もう、されてるじゃん」


 何を言ってるんでしょうね? この死んだはずの悪友は?


「心配ないって。リグとかファシーなんてあの恰好で陛下に会ってよ? ホリーとか先生なんて全力で脅迫してるしね」

「おおう。凄いね」


 と言うかレニーラのリアクションの方がらしくない。


「いつものようにかる~く話しかければ良いのよ」

「……むり~!」


 とうとうレニーラが頭を抱えた。


「やっぱり無理! 落ち着いて考えたら私なんてただの孤児だし! 罪人だし! 処刑されてるし!」


 吠える吠える。レニーラにこんなスイッチがあろうとは。


「でも舞姫と呼ばれた天才的な踊り子でしょう?」

「それは……」

「セシリーンと共に数多くの助命願いが出されたこの国の歴史に名を遺す踊り子……それがレニーラだよ」


 褒め過ぎたか?

 レニーラが顔を真っ赤にして俯いた。


「ノイエの師匠ならノイエのように微動だにしないで立ち振る舞わないとね?」

「……ノイエの師匠、ね」


 まだ赤い顔を上げてレニーラは自分の隣に座るノイエを見る。

 いつも通り無表情で……でも機嫌は良さそうに、ノイエはアホ毛を揺らしていた。


「そうね。私はこの子の師匠だものね」

「そうです」

「……旦那君も一緒よね?」

「心配無用。今日はお手洗い以外は一緒に居ます」

「ずっと一緒でも良いよ?」

「どこで何をしようとしている」


 軽く怒るとレニーラは笑ってノイエを抱き寄せた。


「ノイエ。旦那君が怒る」

「アルグ様」

「無敵の盾を装備するな!」


 僕が怒った声を発するとレニーラはクスクスと笑う。

 全くこのお調子者は。


「そもそも何で陛下に会おうとか思ったのさ?」

「うん。舞台に立ったらご褒美を貰おうと思って」

「……」


 もしかして陛下に対する緊張って……それが原因なのでは?




~あとがき~


 妖艶なドレスを身に纏ったレニーラにポーラの心は大ダメージですw


 ようやくお馬鹿な踊り子がその気になって外に出ました。

 狙うは温泉です。だってユニバンスの温泉は大半を王家が、残りはその地の上級貴族が独占しているので……普通の人は入れません。


 で、陛下に会うことの重要性に気づいたレニーラは緊張します。

 普通これが普通なんですけどねw




(C) 2021 甲斐八雲

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