分かりました。その時だけは……

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「ごめんね。一緒に行けなくて」

「平気」

「ノイエは本当に優しいね」


 せめて玄関まではと手を繋いで並んで外に出る。

 少し日が昇っているがまだドラゴンはそこまで活発に動き回っていないだろう。動き回れてもノイエから見れば恰好な獲物でしかない。

 この世界で頂点に君臨する厄災と言うか支配者を狩る存在って……あっ僕もか。


 普段一緒に生活しているけれど手を繋いで歩き回るのはそう多くない。ノイエが僕の腕に自分のそれを絡めて甘えて来ることが多いからだ。

 そう。これは珍しい。おかげで手を離すタイミングが良く分からない。


「ノイエ」

「ん」


 ジッと繋がれている手を見つめているノイエは……離してくれません。

 繋がれたままで手を開いたり閉じたりをしてアピールすることしばし、ノイエの顔が僕を見た。


「アルグ様」

「はい?」


 クルンとノイエのアホ毛が回った。


「行きたい」

「何処に?」

「あそこ」

「どこ?」

「むぅ」


 求めて困るのがノイエだよな~。

 せめてもう少しヒントを下さい。


「何があるの?」

「……大きなお風呂?」

「温泉かな?」

「外にある」

「温泉だね」


 どうやらノイエも温泉の良さに気づいたらしい。

 前回行った時は……ノイエの水着姿を堪能していたら肉食獣と化した彼女に襲われたな。

 ノイエさん。温泉が目当てですか? それともストップのかからない環境が目当てですか?


「分かった。時間を作って行こうね」

「はい」


 そっとノイエが手を離し、僕の前に来ると背伸びをしてキスして来る。

 たっぷりとノイエを味わうと、彼女は音もたてずにその場から消えた。


 もうほとんど瞬間移動だよな。ノイエの超機動って。


「良し。馬鹿な従姉はその内消えるとして」


 問題は今朝やって来たファシーだ。

 僕の計算だとあと一日二日は出て来ないはずだったんだけど……充電期間の違う宝玉が2つもあるから勘違いしたのかな?


 フレアさんにファシーを任せておくとエクレアの面倒もあるし大変だろう。

 踵を返して2人が居る居間へと向かう。


 先に戻って来ていたらしいグローディアがドアの前で頭を抱えている。

 どうした? ついに寿命か? 迷わず逝けばいい。


「何であれが居るのよ?」

「失礼な。ウチの可愛い猫ですが何か?」

「猫って……」


 あん? ファシーの悪口を言う気か? そんな舐めた態度を取るならお前のその洗濯板で洗濯するぞ? 擦り切れるまで使い倒すぞ?


 拳を握り一発殴る気持ちで近づくと、何故かグローディアが視線ごと体を背けた。


「私は貴方たちの寝室で魔法書を読んでから帰るわ」

「おう。2度と来るな」

「ええそうね。しばらく来る予定は無いから」

「「ふんっ!」」


 互いに唾棄しそうな勢いで鼻を鳴らす。


 廊下を歩き遠ざかっていくあの馬鹿の傍にはミネルバさんが居るから大丈夫だろう。

 となるとファシーの傍にはポーラが居るのかな?


 気を取り直して僕は改めて居間へと入る。


「ごめんね。ノイエを見送っていた……ら?」


 一度確認して目を閉じる。ゆっくり開いてもう一度確認する。

 人はこれを二度見と言う。


 エクレアを抱いてクルクルと踊るように移動しているのは我が家の妹様だろう。

 体を動かしているのがどっちかは分からないが、ポーラも馬鹿賢者も幼子を抱くとああしてクルクルと回りだす。何でも子供はちょっと乱暴にあやした方が喜ぶと言う謎理論からだ。

 元居た世界だと非難の対象間違いなしだ。


 で、そんな乳飲み子の母親は……ソファーの上で形容しがたい状況になっていた。

 絶妙に見えない角度でメイド服を開けさせているフレアさんの胸に、猫がくっ付いている。猫の顔が、か。


 あれ~? 何このカオス? 僕も何だか頭痛を覚えたよ?


「説明しよう!」


 シャキンッとエクレアを抱いたポーラが真横に姿を現した。

 本当に趣味で生きている馬鹿だな……この賢者。


「前回ぶっちゃけて以降、あの猫は時折ああして幼児化しているのだ!」

「聞きたくない説明だな」


 幼児化って……どうしちゃったのファシー?

 君のその抱え過ぎちゃっている精神的な爆弾に流石の僕もドン引きだよ?


「私が思うに」

「説明できるの?」


 凄いよこの馬鹿賢者!


「あの子の母親って、どんな感じで亡くなってるの?」

「……」


 言われて腑に落ちた。

 断片的にファシーから聞いた話だと、彼女の母親は彼女が預けられている間に死んでしまったらしい。酷い職場環境で……と言うか娼婦として体を売り続けて病気を貰って亡くなったのだと推測している。


「ファシーはとっても母親のことが好きだったんだね」

「それか唯一の拠り所だったのかもね~」


 良し良しとポーラの姿をした悪魔がエクレアの頭を撫でている。

 こっちは母親が自分の存在を明かす予定がないだけだ。きっとフレアさんのことだから常に傍に置いて……厳しく躾けそうだな。

 視線の先に居るフレアさんはあんなにも優しいんだけどね。


 甘えてくるファシーを優しく抱きしめて撫でている様子はまるで母親のそれだ。だからファシーはどんどん甘えてしまっているのだろう。

 授乳までは行き過ぎな気がするけど。ちょっと羨ましい気がするけど。


「あの子は前回全てを曝け出したからね~。あんな幼児後退の気も隠してたみたいね~」

「知ってたの?」

「ん~。私は他人のプライバシーに口を出さない女だから」


 エクレアの脇に手を入れ、高い高いしながら馬鹿かそれらしいことを歌う。


「この子も並みの魔力を持ってるみたいだし、鍛えればそこそこの魔法使いにはなれそうね」

「母親が優秀だったらしいよ?」

「それは知識面でしょ? 魔法使いの優劣は、昔から魔力の総量よ」

「それだとノイエが史上最強ってこと?」

「残念。あれは2番ね」


 高い高いを終えた馬鹿がエクレアを抱き直す。


「なら1番は?」

「……教えてあ~げない」


 またクルクルと回り出してポーラが遠ざかって行った。




「こんな時間まで」

「良いよ。ウチのノイエと猫が原因だしね」


 迎えの馬車が来たのでフレアさんはそれに乗り帰ることとなった。

 ただ護衛が近衛の精鋭だね。最精鋭だね。筋肉ゴリラばかりだね。愛人の身を案じたのか、娘の身を案じたのか、それともその両方なのか……馬鹿兄貴の必死さだけが伝わって来るよ。


 今にして思えばウチの馬車で送れば良かったのだけど、現在我が家には立って歩く猫が居る。居間のソファーで丸まって寝ているが、起きて甘える相手が居ないとちょっと暴れそうだ。

 だから本日の僕はお休みです。理由? 馬鹿な従姉にとどめを刺すからです。そっちの馬鹿は先に魔眼に戻ったみたいだけど。


「またエクレアを連れて遊びに来てください」

「……分かりました」


 我が家の秘密保持はある種完璧なので、ここでフレアさんが“我が子”を溺愛しても問題ない。問題にさせない。子供は母親に甘えれば良いんです。


 と、忘れてた。


「フレアさん」

「はい?」


 馬車に乗る前の彼女を呼び止める。

 振り返った彼女にこれを言うのは抵抗はある。ず、黙っておくのはどうも違う気がする。知って彼女が判断すれば良い。


「フレアさんの知り合いにミローテと言う女性が居ましたよね?」


 一瞬彼女の表情が曇った。けれど流石2代目メイド長だ。


「居りました。先生の下で共に学んだ仲ですが?」

「その人に妹が居たという話は?」

「知っています。腹違いの妹が居たと」


 怪訝そうに眉間に眉を寄せる彼女に軽く笑いかける。


「で、フレアさんの旧友のフワフワした人が言ってました」

「……」

「何でもどこぞの猫がその人物だと……確認の取りようが無いですけどね」


 軽く息を飲んでフレアさんが両眼を見開いた。

 しばらくすると大きく息を吐き……そっと彼女は笑った。


「時間が取れれば……またお伺いしても宜しいでしょう?」

「ええ。その時は娘を連れてきてくださいな」


 苦笑してフレアさんが軽く頷く。


「分かりました。その時だけは……」




~あとがき~


 ノイエは行きたいのです。あの温泉に。理由は……次回かな?


 グローディアですら頭を抱えます。

 だってどこぞの猫が外に出てメイドの胸に、ね?

 何も知らないフレアはただ甘えて来る猫に母性を発動しまくり状態ですがw


 アルグスタは基本家族ラブですから、純粋に息を抜ける場所を提供したいのです。

 それにファシーもダシに使われたとしても怒りません。だって相手は自分を甘えさせてくれる……そして亡き姉の友人だとしたらね。


 こんなカオスネタを奇麗に纏めた作者にビックリだw




(C) 2021 甲斐八雲

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