閑話 14

「にゃん?」

「猫か」

「にゃ~ん」


 出会い頭に出会った最強が……フッフッと息を吐いて棒を振るう。

 突き出される棒の先端を立って歩く猫が必死に回避した。


 何となくフラッといつもと違う通路を歩いていたら、出会ってしまった。師でもある人物にだ。


 猫の姿をしたファシーは、相手の攻撃をよく見て回避に徹する。

 修行をつけてもらいだした最初の頃は、何度も攻撃を食らった。修行の一環だからと相手が寸止めしてくれた。おかげで肉は裂けず骨も砕けなかった。代わりに全身青痣だらけにされた。


 クルっと棒が回ってまた鋭い一撃が繰り出される。

 頭を抱えて必死に回避し、猫は迷わず後方に駆けて距離を……


「甘いぞ」

「にゃんっ!」


『逃れた』と思ったが、相手はそんなに甘くない。一緒に駆けて来ていた。

 距離は広がらず間合いはそのまま。結果として追い打ちで棒の先が繰り出される。


 一度二度なら回避は出来る。だが立て続けだと不可能だ。


 スッと目を細め猫は囁くように魔法語を放つ。


 速度の勝負になった。


 ニヤリと笑い棒で穿つ存在……カミーラは好戦的な笑みを浮かべる。

 一回、二回、三回と繰り出した棒を猫が回避した。四回目の前に猫が魔法を紡いだ。


「獣化」


 突き出した棒の先端を搔い潜り、猫が懐に飛び込んでくる。

 血に飢えた猫が笑いながらその手を振るう。一度、二度……三度目は無い。


 棒を離しタンッと床を爪先で叩いたカミーラの気配に反応し、猫は身を丸めて回避に徹する。

 床から伸びた串の先端に服の一部を引っ掻け、勢いで後方に飛んだ猫は、そのまま床を転がるとスッと立ち上がった。


「まだ、する、の?」

「今日はこれぐらいで良いだろう」


 笑い串と棒を解いて、カミーラは軽く頭を掻いた。


「その獣化の魔法を短時間のみ発動するのは、やはり恐ろしいな? 誰の入れ知恵だ?」

「自分、で、考え、た」


 意外と言えば意外である。

 戦うことを毛嫌いする弟子がそんなことを考えるとは思っていなかった。


「どうしてだ?」

「外に、出れ、ない、のは、危な、い」

「危ない? 誰が?」

「アルグ、スタ、様」

「全く……」


 この猫もどうやら彼が一番らしい。だからあれが増長して自分を鍛えることを疎かにする。


「気が変わった。もう少しやるか?」

「い、や」


 文字通り尻尾を撒いてファシーは逃げ出す。追いかけようとしたカミーラは、飛んできた不可視の刃を直感で回避し……追うタイミングを逸した。


「逃げ足だけは本当に速いな」


 呆れながらカミーラはそっと自分の首に触れた。

 先日不意打ちでファシーの獣化を食らった傷に手を伸ばしたつもりだったが、傷はもう完全に癒えていた。痕も残っていない。


 ただ喉元を食い破られた鈍い記憶だけがはっきりと残っている。

 油断していたとはいえ……本当に鍛えがいのある弟子だ。


「師としてこれほど嬉しい存在は居ないな」


 鍛えれば鍛えるほど相手は強く、そして確実に殺しに来る。

 それを防ぎ迎え撃つことがカミーラにとって至高の楽しみなのだ。


「まだまだ強くなれよ。ファシー」




 フリフリと尻尾を振りながら逃げるファシーは時折背後を見る。

 大丈夫だ。師であるカミーラは追ってこない。安心して胸に手を当て大きく息を吐く。


「なぁ~」


 不満げに鳴いて……当初の予定通り目的の地へと向かう。


 途中で縛り殺された死体が転がっていた。

 何となく危険だと感じ、進むのを止めて別のルートを選ぶ。


 すると今度は鈍器のような物で殴り殺された死体を発見した。

 回復している様子から殺されてだいぶ経っているようだ。その内動き出すはずだ。殺した相手は移動しているだろうからこのまま進んでも問題ない。と判断し、ファシーは通路を進む。


 だいぶ迂回することになったがようやく目的地に着いた。


「にゃ~ん」


 床に伏せてせっせと手を動かす。いつもしていることだ。


「あら? 何か居る?」

「にゃん?」


 声を掛けられてファシーは振り返る。


 師であるカミーラならば声は確認だ。

 攻撃前に相手の確認で発して、ついでに棒の先端も飛んでくる。

 食らうと聞くとを同時に味わい……あとは一方的に殴られる。


 フリフリと意識して尻尾を振って床に伏している猫は相手を見上げる。

 王女様だ。本物の王女様だ。ドレス姿でキラキラとした長い髪が奇麗だ。


 ファシーは自分の髪が嫌いだ。顔を隠すために前髪を伸ばしているが、本当なら切ってしまいたい。癖があるから伸ばすと毛先があっちこっちに飛び跳ねてしまうのだ。


「何をしている、の?」


 床に伏している猫に興味を持ち、彼女の手元を覗き込んだ王女は……一瞬それが何かを認識できなかった。ドロッとした感じの液体と固体の塊を手で捏ねているようにも見えた。けれどよくよく見れば白い塊の姿もある。総合するとたぶん人体だ。


「……もしかして、魔女?」

「は、い」


 コクンと頷いてファシーは集めたものを両手で両手で掬って持ち上げる。

 ドロッと彼女の両手から溢れてこぼれ落ちるように……魔女のものらしい液体と言うか固体と言うかそんな物が床に落ちた。


「見せなくて良い」

「は、い」


 軽く吐き気を覚えながら王女……グローディアは口元を手で押さえた。

 よくあんな人体を構成する液体を手にすことが出来ると、猫の姿をしたファシーを違った意味で胸の中で褒める。

 自分には無理だ。絶対に無理だ。


「ここで死んだのね。あの馬鹿」

「は、い」


 死んだ場所が分かった所でさっさと治す方法がない。

 魔女に色々と話したいが……チラリと見たらまた吐き気がした。


「それで貴女は何をしているの?」

「集め、てる」

「魔女を?」

「は、い」

「どうして?」

「こうする、と、早く、治る」

「そうなの?」

「リグが、言ってた」


 何でも現在手の中に納まっている魔女が前に確認したらしい。

 殺してバラバラに捨てた死体と、殺してバラバラにしてから山積みにした死体を同時期に放置した。結果として山積みにしておいた方が早く治ったらしい。


「自分がした実験を自分の身で味わうなんて……魔女も本望でしょうね」

「にゃ~」


 軽く鳴いて、せっせとファシーは液体と固体を集めて団子にする。

 集めたそれを壁際に置き、誰にも踏み散らかせないように隠した。


「それでどうして魔女の手入れを?」


『手入れ』と言う単語が正しいのか分からないが、グローディアはそれを使った。

 間違ってはいないと思いたい。間違いを指摘されても聞く耳を持つ気は無いが。


「魔法、を、教え、て、欲し、い」

「何の?」


 問われて座ったファシーは自分の尻尾を手にする。


「動か、し、たい」

「尻尾を?」

「耳、も」

「……」


 話を聞く限りどうやら目の前の猫は猫になりたいらしい。

 グローディアとしては猫より犬が好きだ。言うことを聞いて命令に従う存在が特に良い。どんな命令にも従ってくれれば最高だ。


「それを知りたくてそんなことをしているのね」

「は、い」


 納得した。けれど納得がいかない。

 何となくだが『何の為?』と問えば、『彼の為』と言われそうな気がしたからだ。


 誰も彼もがあれを助けようとする。

 黙っている隙に色々と厄介ごとを増やしたあれをだ。


 許せない。今度外に出たらノイエが止めようが絶対に殴る。殴ってから蹴って、蹴り倒して……ついでに踏み潰す。

 大丈夫。片方なら潰れても平気なはずだ。きっとリグなら治そうとするだろう。


 気づけば周りは敵だらけだ。まあ慣れているが。


「まあ分かったわ」


 グローディアは伏せて少しでも魔女の残骸を集めている猫に声をかける。


「好きになさい。それと今度外に出たら貴女のご主人様に伝えて」

「何て?」

「決まっているでしょう?」


 クスクスと笑いグローディアは、その覚め切った目を猫に向けた。


「次に会う時がお前の命日だってね」

「……にゃ~ん」


 相手の本気が伝わり猫は軽く鳴いた。




~あとがき~


 何となく中の人たちの話を書きたくなって書いたら猫だけで終わる不思議w

 最近のファシーはこんな感じに過ごしています。出会い頭のカミーラが一番の問題です。最近は全力で殺しに来ます。何故なら猫の獣化にしてやられたからイラっとしてます。


 そして魔眼の中は安定の死体安置所状態です。

 主な犯人はミャンとジャルスです。この2人に出会ったら死を覚悟してください。


 魔女の手入れをしていた猫は王女様と出会います。

 が、王女様は激おこです。あの従弟…そろそろ潰してやると心に誓っていますw




(C) 2021 甲斐八雲

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