それを理由に人を殺したのでしょう?

 ホールンさんは仕入れの為に現在王都に居ないらしい。

 知らない間に地方都市に販路を広げているとは……この姉弟恐るべし!


 なぜそんなことを知っているかと言うと、助けを求めようとしただけなんだ。


 泣き合った姉妹は、今はとても仲良しだ。文章が変だがそうなのだ。

 きっと一緒に暮らしていた頃にでも戻った感じなのだろう。

 本当に仲良く見える。目が曇っていればだけど。


 僕はこんなにも恐怖を感じるコリーさんの表情を見たことが無い。

 笑っているのに、そのはずなのに、怯え切ったポーラが僕の背中に張り付いて離れない。


 ポーラよ。お兄ちゃん……全てを捨てて逃げ出したいんだ。だからその手を離してくれないかい?


 心の中の声は妹様には届かなかったようだ。

 そしてあっちでは姉の声と躾が、大変よく妹に届いているらしい。


「本当に貴女は! 昔っから頭が良いのに!」

「ごめんなさい。姉さん」

「いいえダメよ! もうっ!」

「ごめんなさい」


 笑いながらコリーさんがホリーのお尻を叩いている。人間って怒りすぎると笑うんだね。

 と言うかあの有名な『死の指し手』と呼ばれた殺人鬼のお尻を問答無用で叩けるのは……この世界でコリーさんと僕とノイエぐらいかな?

 あとの人は真似をしないでください。確実にあの髪で斬り殺されるでしょう。


「全く! 私が苦労すれば良かっただけなのに!」

「ダメよ。それだと姉さんが」

「結果どうなったの? 本当にこの子は!」

「ごめんなさい」


 見る影もね~。ホリーがただの娘っ子だ。

 僕とポーラはずっとホリーを見ている。だってその方が精神的に良い。

 コリーさんは……額に青筋を浮かべているのに笑顔だ。感情と表情が一致していない。


「アルグスタ様」

「ほい?」


 コリーさんが右手を振りながら僕を見た。

 妹の尻を叩き過ぎて手が痛くなったのだろう。


「そこに裁断用の定規がありますので、良ければ取っていただけますか?」


 視線を巡らせると、確かに定規が存在している。


「鉄製なんですけど?」

「ヒィッ!」


 ホリーが顔を青くして僕の方を見る。

 話に聞く魔眼の中ではないので、たぶん叩かれすぎると痣とか出来て痛いんだろうな。

 でも本日の僕はお姉ちゃんの味方なので、定規を掴んでそれを差し出す。


「ありがとうございます」


 ニッコリ笑って鉄製定規を装備したコリーさんの第2ラウンドが強制的にスタートした。




「ありがとうね……本当に」

「へいきです」


 洗面器に手を入れたポーラが祝福を使うと水面に氷が浮かんでくる。

 便利だよな……ポーラの氷結って。暑くなってきたし今度あの氷でかき氷作ろう。まずシロップに匹敵する物を作って貰わないとな。


 冷たい水でタオルを冷やしたポーラがホリーのお尻にそれを置く。

 真っ赤な桃がどんぶらこっと……流れて来ないで床の上に鎮座している。


「色んな思いは発散できましたか?」

「……正直全然です」


 鉄製の定規で軽く自分の掌を叩いているコリーさんは本当に不満そうだ。


「本当に頭が良くて自慢の妹だったのに……」


 そこから先を口にしないのは、コリーさんも分かっているのだろう。


「ホリーの頭の良さは僕も理解してます。あんな風に床の上で伸びてますが、現在は王家の為に働いているんです。ただやったことがあれなので秘密裏に……極秘裏にですけどね」

「不自由はしているのですか?」

「はい。絞首台に送られてからは、きっと苦労の連続だったと思いますよ」

「そうですか」


 僕の言葉にコリーさんは定規を机の上に戻し、何故か針山に刺さっている針を全て引き抜いた。


「そんな場所に送られることになるなんて……この子は本当に!」

「らめ~! それは絶対にやっちゃダメ~!」


 慌ててコリーさんの手を掴んで惨事を回避した。


「コリーさんが怒っているのは分かります。ホリーはその……罪を犯しましたしね。そのせいでコリーさんもホールンさんも苦労しましたし」


 僕の言葉にホリーがギュッと唇を噛みしめて涙する。

 ただコリーさんは違った。僕の考えとは別のことで怒っていた。


「……違います。アルグスタ様」


 静かな声音に彼女を見る。

 ホリーによく似て美人だ。胸はコリーさんの勝ちかな?


「私が怒っているのはこの子に対してじゃないんです」

「はい?」

「この子が見捨てられなかった私たち家族に対してです」


 針を元に戻しコリーさんは小さく息を吐く。


「私たちがもっとこの子を嫌っていれば、嫌われていれば……この子が迷うことなく見捨てられる家庭であれば、この子は悪事に手を染めることは無かった」

「でもそれは貴女たち家族が固い絆で」

「その結果が今のこの子です」


 ピシャっとコリーさんが言い切る。


「絆と言う鎖で縛りつけてしまったは私たちです」


 少し泣きそうな表情で、コリーさんは妹を見る。


「いつだかアルグスタ様は仰ってましたね? この子が優しくて家族をただ愛していたのだと……その優しさと愛情を振り払い、私はあの時に家族を壊していれば良かったんです。肩など寄せ合わずに」

「ふざけないでっ!」


 激高し叫んだのはホリーだった。


「ふざけないでよ! 何よそれ! それじゃあ私は何の為に!」

「だから言ってるでしょう? 貴女は頭の良い子だったと……それなのに進むべき道を間違えた」

「間違えてない! 私は守りたかったの! 3人だけの家族を!」

「その結果が人殺しでしょう? はき違えないでホリー」

「何、を?」


 冷たいまでに拒絶して来る姉の言葉にホリーの顔色が悪い。衝撃だったのだろう。


「貴女はただ人を殺したかっただけよ。家族を守ると言って人を殺す理由が必要だっただけ」

「違う! 殺さないで済むなら!」

「私たちを見捨てれば良かったのよ」

「違う! 私は家族のことが!」

「それを理由に人を殺したのでしょう?」

「違うっ! 違うっ!」


 ボロボロと泣くホリーの背後で、そっとポーラが捲って縛っていたスカートを元に戻す。

 妹が空気の読める子で僕は安心したよ。


 ただな~。この手の嘘は好きじゃないかも?


「貴女は賢かったのだから、私たちを見捨てて1人で生きれば良かったのよ」

「嫌よ! 私は家族3人で!」

「無理よ。遅かれ早かれあのまま一緒に居れば……私たちは終わっていた」

「どうしてよ……何でそんなことを言うのよ!」


 泣き続けるホリーが、立ち続ける力を無くしたのか膝から床に崩れた。

 ペタンと座り見る影もない。


「だからもう私たちのことなんて忘れて」

「だったら貴女たちがホリーを見捨てて切り捨てれば良かったんじゃないの?」


 口を挟みたくなかったけれど我慢の限界です。

 僕の言葉にコリーさんの視線が彷徨う。


「今の言葉は全ておかしいんだよね。だったらコリーさんがホリーを切り捨てれば良かった。『もう一緒に暮らせない。育てられない』と告げて家から追い出せば良かった。でしょ?」

「それは……」


 口を噤んでコリーさんが沈黙する。

 と言うか何でこんな馬鹿なことをするのかな?


「ホリーは罪人です。死ぬまでその首には見えない首輪がはまっています。その首輪の正体は……貴女たち家族ではありませんよ」

「……本当に?」

「はい」


 僕の頷きにコリーさんが涙を落とす。


 やっぱりか。


「貴女たちが居なくてもホリーは飼い犬です。その鎖を解き放つことはたぶん出来ないけれど、こうして時間を作り会いに来ることはできます。出来るようになりました」


 宝玉で姿を現す度に襲われ燃え尽きていたからな……コリーさんたちに会わせようって発想が湧かなかったわ。何より前回のファシー無双のおかげとも言えるけど。あれほどの問題を起こしたのならホリーが家族に会うことぐらい怖くも何ともありません。


「貴女たちはホリーの重しでも足枷でも無いんです。ただたった3人の家族じゃないですか?」

「……」

「あまり妹さんをイジメないでくださいよ。彼女だって実の姉にまでそうして辛く当たられたら心のより所が無くなってしまいます」


 言って僕は息を吐く。らしくないことを言ってると自覚はある。


 ただ全てを悟ったホリーが泣きながら怒っている。


「お姉ちゃん!」


 ホリーの『お姉ちゃん』って新鮮だな~。


「馬鹿っ!」

「……ごめんなさい。わたしはまた」

「良いの!」


 立ち上がりよろけながらホリーはコリーさんの胸に飛び込んだ。

 それを迎え入れた彼女は……優しく笑いながら、大切な家族を、妹をギュッと抱きしめる。


 悪くない。家族はこうでなきゃね。


 今度は逃さず見ようと決めて見つめていると、ポーラが僕の横に来て手を握って来た。

 キュッと……握って来るその小さな手を僕はそっと握り返してあげた。




~あとがき~


 頭の良かったホリーを知る姉は…自分たちの立場を理解しました。

 また妹の足枷になっていると思い込み、ホリーを拒絶します。


 だって大切な妹ですから。

 自分がどれほどの悪事に手を染めようとも家族を守ろうとした妹ですから。


 ただそんな事実が仮に存在していてもアルグスタは許しません。

 家族を人質にするなんて言語道断です。必要ならば戦争です。迷いません。


 姉妹はようやく家族に戻り…そして泣きました




(C) 2021 甲斐八雲

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