嘘つきは叱っても良い

 ユニバンス王国・王城内アルグスタ執務室



 静かに動いたメイドさんの手により、開かれた窓の向こうからノイエが不機嫌そうに現れた。どうする?


 いつもなら突進して行くチビ姫は逃げた。慌てて逃げ出してクレアと合流して机を盾にしてこっちを見ている。クレアは……最初から期待していない。あの子はメンタルが豆腐だ。

 だが今日の僕には信じられる猫がいる。見よ! これが猫の盾だ!


 猫持ちをして迫り来るノイエにファシーの盾を掲げる。

 一瞬動きを止めたノイエだが、本当に一瞬だった。

 硬直を解いて突っ込んでくると、僕から盾を取り上げた。


「アルグ様」

「はい」


 何故かファシーを頬擦りしながらノイエが僕を睨んでくる。


「嘘つき」

「はい?」

「お姉ちゃんは呼ばないって」

「あっ」


 慌てて手を伸ばしたが間に合わない。


「お姉ちゃん邪魔」


 ピシッと空気が凍った。

 僕は言葉によって凍り付く猫を見た。あのファシーですらノイエの言葉は破壊力満点だったらしい。表情を無にして呼吸すら止まっているようにも見える。

 死ぬなファシー!


「違うの! ちょっと色々とあってね!」

「嘘はダメ」

「だからノイエ、少し落ち着いて」

「お姉ちゃん邪魔」


 追い打ちは止めて~! ファシーの精神的なHPがマイナスに突入するから! 絶望の余り今にも死んじゃいそうな表情してるよ!


「落ち着いてノイエ。ファシーの顔を見て」

「ん」


 ノイエの視線が今にも死にそうなファシーを見る。


「ファは猫さん」

「ですね~」


 見たままを言わないで。その通りだけどさ。


「可愛い」


 また頬擦りを再開した。

『可愛い』発言で少し生きる希望を見出したらしいファシーが、必死にノイエにスリスリしている。

 気づけば僕は盾を失っていた。だがノイエはファシーというハンデを背負った。苦情を言われている現状では何の役にも立ちませんがね。このハンデは。


 た~すけて~!


「けーきをかってきました」


 救世主が舞い降りた!

 自らカートを押して現れたポーラが部屋の様子を見て……何故か待機しているメイドさんたちに声をかける。


「ねえさまもたべますか?」

「食べる」

「ならそふぁーにすわってください」

「はい」


 ファシーを抱きしめたままノイエはソファーに座り、フリフリとアホ毛を揺らす。

 ケーキを前にするとノイエの怒りはどこかに行くらしい。助かった。


「にいさまも」

「は~い」


 ポーラの指示に僕も従う。

 身の安全の為にノイエから離れて座ろうとしたら、無言で彼女がソファーを叩いた。

 彼女の圧に屈して隣に座る。ファシーを足元に転がり落とし、ノイエが抱き着いてくる。


「2人でって言った」

「悪かったよ」

「嘘つき」

「ごめんなさい」

「ダメ。だから今夜は寝ない」


 眠らせないんじゃないんだ。寝ないなんだ。

 何その新しい脅し文句は? 背筋に冷たい何かが走ったよ?


 良し良しとノイエの頭を撫でていたら、復活した猫がノイエの膝に乗って甘えだす。

 ノイエさんノイエさん。その猫は貴女の大切な家族なんですから、少しは撫でてあげてよ。ね?

 心の中で必死に語りかけたら、ノイエが手を伸ばしてファシーの背中を撫でだした。


 ふー。危ない危ない。


 僕が必死に危機回避をしている隙にポーラがケーキの支度を整えた。

 何故かメイドさんが追加でケーキを運んできたのだが、もしかしてお土産用にノイエの分も買ってきていたのかな? 出来た妹だ。お兄ちゃんは鼻が高いです。


「胸は無い」


 ポツリとノイエが毒を吐いた。あ~。その言葉は?

 見ればおチビさんたちが全員自分の胸を押さえてダメージを受けていた。

 気づけばこの部屋は、ノイエ以外全員(メイドさんは除く)が貧乳だ! ビックリだ! 今気づいたよ!


「アルグ様は大きいのが好き」

「ノイエ。落ち着いて」


 ファシーがこっちを見て絶望に打ち震えているから! そろそろ笑い出しちゃうから!


「大きいと挟める」


 確かにね。


「でも大きすぎるのはダメ」


 それは?


「あれはズルい」


 リグのことですか? リグ批判ですか?


「ケーキは大きいのが良い。いただきます」

「……」


 フォークを手にノイエがパクパクとケーキを食べだす。

 もしかして空腹で不機嫌に加速がかかっていたのか?


「ファシーもちゃんと座って食べようね」

「……は、い」


 ノイエの横に座りファシーもケーキに手を伸ばす。


「……おい、しい」

「そう?」

「うん」


 ケーキを口にしたファシーがその手を加速させて口に運ぶ。

 こんなに素早く動くファシーとかレアだな。


 パクパクとファシーがケーキを食べているとその様子を見たノイエが自分が食べているケーキをフォークで刺して突き出す。

 マナー的にはアウトだけど、それを見つめたファシーがパクっと食べる。


「おい、しい」

「はい」

「これも」

「はい」


 代わりにファシーが自分が食べていたケーキをノイエの口に運ぶ。それをノイエがパクっと食べて……何だかんだでこの2人は仲が良い。


「ファシー」

「は、い」

「これも食べてみる?」

「はい」


 ファシーを押しのけてノイエが口を開く。可愛いな。これはこれで。

 まずはノイエの口に僕が多分食べている甘さ控えめケーキを入れる。アホ毛の反応が悪い。


「むぅ」

「僕が食べるケーキは甘く無いって知ってるでしょ?」


 しいて言えばビターなチョコケーキのような物である。

 ついでファシーにも与えたが良い顔をしなかった。甘くないからかな。

 2人は僕のケーキから視線を離した。嫌われました。


 ノイエは基本甘さの限界に挑戦的なケーキを好む。チビ姫と同じ甘さの向こう側に挑む人種だ。

 クレアと一緒に居るチビ姫に視線を向ければ、やはり砂糖の塊のようなケーキを食していた。見ているだけで胸焼けしそうになる。


 クレアは一般的な物だ。あれは確実堅実なので売れ線の上位陣を好む。

 ファシーが食べているのも人気のフルーツケーキだ。


 全員にケーキを渡したポーラは向かい側のソファーに座りケーキを食べている。

 僕から見て対角線上に存在する遠い場所だ。もじもじと恥じらいながらシンプルなケーキだ。バウムクーヘンに近い物だ。


「ポーラ」

「はい」

「そのケーキをファシーに一口あげて」

「はい」


 僕の意図を感じてポーラが猫にケーキを与える。

 幸せそうな様子でケーキを食べたファシーの目の色が変わった。

 ファシーもシンプルなケーキが好みらしい。あれに生クリームを添えたぐらいがファシー的には良いのかもしれない。


 気づけポーラ。ファシーに出すケーキは次回からそれに生クリームを添えて、だ。

 念を飛ばすが伝わったかは謎だ。何故か頬を赤くしている。


「ところでノイエ」

「はい」

「仕事は?」


 着替えを済ませてこの場に居るから終わっているとは思う。けれどまだ外は明るい。


「頑張った」

「具体的には?」

「アルグ様を調教するため?」

「言葉を間違えているからね?」


 周りのおチビさんたちが色めきだってこっちを見ているのですが?


「嘘つきは叱っても良い」

「確かにね~」


 と言うかファシーを呼んだだけでここまでノイエが怒るとは思わなかったのです。

 それほど今回は僕を独占する気満々なのか?

 ただ色々と問題が山積みだから仕方なかったのだよ。前回ファシーは頑張ってくれたのに、時間切れで戻っていてお礼も何もしてないしね。


「今夜だけファシーの相手をしてあげて。ダメ?」

「ダメじゃない」


 心根が優しすぎるノイエの返事なんて最初から分かっていたけどね。


「でもダメ。アルグ様は私と一緒」

「はいはい。分かりました」


 その部分だけは譲らない様子なので、今夜はファシーも一緒に……ゲームとかするのはどうだろう?

 トランプとかあれば一晩中でも楽しめる気がするんだけど、この世界ってトランプ無いんだよな。


「ノイエ」

「はい」

「今夜はファシーも一緒に夕飯するのは良いよね?」

「はい」


 早々にケーキを食べ終え、ノイエがファシーを抱きしめる。


「それは良い。お姉ちゃんと一緒」

「……にゃん」


 恥ずかしくなったのか、ファシーはフードで顔を隠すと小さく鳴いた。




~あとがき~


 ケーキの前では殺人鬼も王妃も怒れるドラゴンスレイヤーも無力なのですw

 ただユニバンスのとあるケーキ屋はオーナーがどんぶり勘定で運営しているので、大変高品質で甘くて美味しいのです。高いけどね。


 ちなみにこの世界にはトランプは存在してません。

 刻印さんたちはゲームを始めると最終的に殴り合いの喧嘩になるのであまり作りませんでした




(C) 2021 甲斐八雲

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