楽して生きたいのだ

 ユニバンス王国・王城内国王私室



 伝説の殺人鬼であるファシーは猫だ。

 現ユニバンス王国の王妃であるチビ姫は犬となった。


 両者の殴り合いは、取っ組み合いの喧嘩に発展した。猫対犬の愛らしいバトルだ。

 ただここには2人の肩書に屈しない存在が居た。ウチの妹様だ。


「もう!」

「ごめんな、さい」

「ごめんなさいです~」


 プンスカ怒るポーラが腰に手を当てて2人を叱りつけている。

 正座した殺人鬼と王妃を叱るメイドという不思議な絵面を見ながら、僕らは机の上に置かれた書類を手に話し合いを進める。


 現実逃避をしているわけじゃない。国王様は忙しいのだ。

 コントに付き合っている時間が無くなって来た。ツッコミも時間が無ければ成立しないのだよ。


「この規模なら質より量で誤魔化せませんかね?」

「難しいのだよ。王都に住まう踊り子や歌い手たちに打診はしたが、どれもこれも良い返事はない。誰もが天才と呼ばれた2人の存在と比べられるのを恐れてな」

「あ~。厄介ですね~」


 うふふ姉さんと身勝手ダンサーがそんな神聖視されているとはビックリだ。


「で、アルグよ?」

「ほい?」

「どちらか呼べないか?」

「……」


 馬鹿兄貴の声に僕は考える。


 ぶっちゃけあの2人は存在していても問題は無い。咎人ではあるが、処刑の回避を嘆願されたほどの人物たちだ。

 セシリーンは分かるがレニーラが同数も集めるとは……ユニバンスの男共は全員がエロイんだろう。うふふさんの歌は聞いたことは無いが、レニーラの舞いは本当に素晴らしい。

 半裸で踊る時など大興奮時代だ。大海原に出向してレニーラというクラーケンに襲われ再起不能にされることなど数多しだ。


 思考の脱線が半端無いな。


「舞姫ならどうにか出来るかと」

「やはり居たか」


 ニヤリと笑う馬鹿兄貴にイラっとしたがここは我慢だ。

 口調からしてある程度狙い撃ちされてしまったらしい。これは注意が必要だ。


「歌姫は?」

「彼女は歌えなくなってしまいグローディアが保護していると聞いてます」

「なに?」


 やって参りました。一緒に不幸になろうぜグローディアの会!


 今回お前何もしてないよな? にも拘らず召喚の魔女の魔道具を懐にしまい込もうとした罪は断じて許しがたい。

 お前にも地獄を見せてやる。


「何でもグローディアは歌姫の歌を独占しつつ、護衛にはカミーラを置いて隠れ住んでいるとか。他に誰が居るのかは知りませんけどね。

 ちなみにグローディアたちはノイエの中に居ないっすから。何でも遠い場所……一度あれが口を滑らせて呟いてましたが、『別の大陸』とやらに居るっぽいです。

 これ以上の情報はいくら叩いても出ませんけどね」


 言ってやったぜ。大嘘をな!


「別の大陸?」

「はい。僕も本当かしら無いですけどそう言ってました」


 悩む兄たちは放置だ。一生懸命悩むが良い。

 確かに別の大陸は存在しているから嘘は言ってない。問題はその大陸はどこぞの魔女たちが実験に使って人が住まない死の大地になっているらしいけどね。


 ぶっちゃけ先生にリグ、それにシュシュとファシーなどノイエの中に存在している人物が複数いることが暴露されている。この流れだと『グローディアも?』と考えだすのは時間の問題だ。よろしくない。この流れだと僕だけが忙しくなる。そんなのは嫌だ。僕は楽して生きたいのだ。




 ユニバンス王国・王都郊外


『楽して生きたいのだ』


「はい」


 聞こえて来た言葉にノイエは掴んでいたドラゴンの首をコキュッと回し、絶命した存在を投げ捨てた。

 今日も彼の声が聞こえる。耳でも頭の中でも良く聞こえる。


 ただ許せない。約束したのに……許せない。


「あと5匹」


 本日のノルマを思い出し、ノイエはギラリとその目を光らせて獲物を探す。

 今夜も手は抜かない。抜かないと決めた。


「アルグ様の嘘つき」


 少しだけ頬を膨らませ、ノイエは次なる獲物の元へと飛んだ。




 ユニバンス王国・王城内国王私室



「……あれの住まいなどは今度来た時に確認するとしよう」


 どうにか立ち直ったらしいお兄様が頭を振った。


「まずは舞姫だ。呼べるのだな?」

「たぶん。日時を決めて貰えれば呼べますが、絶対ではないのでご了承ください」

「で、あるか」


 うんうんと何度か頷いて、陛下が机の上の書類を纏めて僕の方へと押し出してきた。


「キャミリーと共にその件はアルグスタに任せる」

「はい?」


 流れるような感じで仕事を押し付けられようとしてますよね?

 本日はノイエの盾は居ないけど、猫ファシーが居るからけしかけるよ?


 僕の背後で王妃様とまた取っ組み合いの喧嘩を再開していますが。何があった?


「その姿はズルいです~。可愛いです~。犬が良いです~」

「フシャー!」

「ああ。もう!」


 どうやら派閥争いに変化したらしい。


「その衣装が欲しいならポーラに頼めば良いと思うよ」

「本当です~?」


 ファシーからポーラへターゲットを変更し、チビ姫がポーラに抱き着いて押し倒す。

 すると『守る』宣言しているファシーが許さない。チビ姫に抱き着いて……これが本当のキャットファイトか?


「お前は騒ぎを大きくするのが好きなのか?」

「気のせいですよお兄様。と言うかあれをあのままにしてて良いんですか?」

「……止められるのか?」


 重い言葉に僕の視線が遠くを向く。


「と言うかファシーを恐れないチビ姫が凄いけどね」


 伝説の殺人鬼に立ち向かう王妃様とか、文章にすれば格好良いけれど……実際はファシーに馬乗りにされてドレスをはぎ取られようとしている。何故に脱がす?


「ふっ」

「笑ったです~!」


 ドレスをはぎ取られ下着姿となったチビ姫が胸元を押さえて絶叫した。

 何故か勝ち誇っている猫は……肩を竦めて煽るな煽るな。ほら逆襲に出て……チビ姫が泣きながら床を叩きだしたよ。どうやら大きさ勝負ではファシーが勝ったらしい。


「もう! ふたりともちいさいんですから!」

「「うらぎりもの~!」」


 仲裁に入ったポーラが2人に襲われて……襲った2人が泣きながら床を叩きだした。

 ユニバンスって本当に平和だな。つい最近、王都に亡者が溢れ返ってましたけどね。


「あれと一緒に企画運営しろと?」

「済まんがどうにかして欲しい」


 何て罰ゲームですか? 実は色々とストレスが溜まっていますか?


 苦笑しながら目礼して来るお兄様の気苦労を感じ、引き受けることとする。

 今回の一件……と言うか、前々からの出来事の大半は僕が関係しているしね。ならば完璧に運営してユニバンス史に名が残るほどの物にしてやろう。


「改めてお引き受けします」

「そうか。済まんが時間が押していてな」


 立ち上がり部屋を出て行くお兄様は僕らに『落ち着くまでこの部屋を使うが良い』とだけ言い残す。

 今は落ち着いている。何故かファシーとチビ姫が肩をたたき合って慰め合っている。


「お前って本当に凄いよな? 実はおかしな魔法でも使っているんじゃないのか?」


 元々気楽にしていた馬鹿兄貴が足と羽を伸ばす。羨ましいな。


「ファシーは基本良い子ですよ。ただ自己表現が苦手と言うか、表現し過ぎると言うか……色々と複雑なので慣れるまで大変ですけどね」

「慣れればどうにかなるのか? 一つ間違えば即死だろう?」

「間違えなければ良いんですよ」


 ファシー以外にも即死系の人材だらけだから僕の苦労は絶えませんが。


「ああそうだ。馬鹿兄貴」

「何だ? ただの馬鹿?」

「実はノイエの実家が判明したんだけど……裏って取れます?」

「ノイエの実家だと?」


 眉間に皺を寄せて馬鹿兄貴が難しい顔をする。


「実家と言うことは貴族か?」

「ほい。何でも南部に属していた下級貴族らしいんですけど」

「あそこか~」


 アチャーと言った様子で馬鹿兄貴が頭に手をやる。


「南部はどっかの大貴族様が色々とやらかしていて、名前だけの下級貴族が多いんだよ。下手をしたら家名録に名前が残っていない可能性もある。調べてからだが……何て名前だ?」

「ラングル家と言うらしいです」

「やはり知らんな。一応親父にも確認は取るがあまり期待するなよ」

「困ったね。そんな理由があるなら仕方ないけど」

「元を正せば」

「聞きたくありませ~ん」


 両手で耳を押さえて聴覚を遮断する。

 あの実家は僕を苦しめるために存在しているのだと思います。


「それとノイエの母親も分かったんですよ」

「貴族か?」

「らしいです。スフィラさんと言います」


 確か。


「スフィラ・フォン・ヒルスイットと言うそうです」

「ヒルスイット? 聞いたことがあるような気がするが……一緒に調べよう」


 うむ。頼んだぞ。

 もしかしたらノイエの親戚とかが見つかるかもしれないしね。


 僕の敵対貴族だったらどうしよう?




~あとがき~


 誰であろうが喧嘩はダメです。ポーラの前ではみんな仲良くです。

 殺人鬼であろうが王妃であろうが間違えはちゃんと叱ります。でも国王陛下は…真面目そうだからちょっと苦手ですw


 アルグスタは今回もグローディアを巻き込みます。

 みんなで不幸せになれば傷は浅く済みますからw


 アルグ様が嘘をつきました…つきました…




(C) 2021 甲斐八雲

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