私もう三大魔女と名乗るの止める~

 ユニバンス王国・王都北門の外



「……」


 それを見つめファシーは自分の内側から込み上がって来る笑い声を我慢できなかった。

 ワラワラと馬鹿な亡者どもが列をなして向かって来てくれるのだ。


 こんなご馳走はない。こんな喜びは無い。こんなご褒美は無い。

 本当に自分が愛した人は優しくて優しくて……もう愛おしすぎて気が狂ってしまいそうだ。

 彼が望むなら何でもできる。何でもやれる。けれど優しい彼のことだ。きっと無理なことは言わない。


《終わったらアルグスタ様に甘えたい》


『くひひ』と笑いながらファシーは目の前で群れる存在にうっとりとした目を向ける。


《いっぱい甘えてそれから……》


 後はいつも通りだ。満足いくまで甘えてから彼で楽しむ。

 ずっと跨って彼の表情が苦悩から絶望へと変化していく様子を見ているのはたまらなく興奮する。

 もう全てを相手に曝したのだから隠す必要はない。全力で最初から楽しめる。


「くひひ……あはは……」


 だからこそ早く片付けて終わらせる必要がある。

 終わらせて……ふとファシーは足を止めた。


 早く終わらせてしまうと今味わっている楽しみが終わってしまう。


 それは嫌だ。もっと遊びたい。もっと傷つけたい。もっと刻みたい。もっと殺したい。

 もっともっともっともっと……。


「そうだ……分かった……」


 笑いながらファシーはそっと魔法語を口にする。

 何となくあの魔女に聞いたら実在していた魔法だ。


 夢だった。

 自分も動物になって好きに生きられればいいのにと何度も願った。

 それを実現できる魔法が存在していた。


 何より今日は好きにしていい日なのだ。ならば迷わない。

 自分の手で一体ずつちゃんと刻んで存分に楽しんで……早く終わらせればいいのだ。


「くひっ」


 笑いファシーは目の前に居る亡者の群れに対して口を開いた。


「獣化」


 爛々と輝いていたファシーの目が猫のように細まった。




 ユニバンス王国・王都内上空



「んなぁ~!」


 驚きの余り刻印の魔女絶叫していた。

 あの魔法を使う馬鹿……もとい狂人が居るとは思わなかったのだ。


 あれは過去に奥手すぎて何もできない召喚の魔女に対して冗談で作った魔法だ。

 人の輪に混ざれない彼女が少しでも愛されればと思い作ったのだ。

 結果として『作った奴出て来いや!』となり、彼女の姉と壮絶な殴り合いになった。


 獣化とはつまり獣になる魔法だ。

 思考の無い欲望のままに動く獣を作り出す。


 獣と化した妹に組み敷かれた姉は……魔法の効果が解けるまで本当に大変だったらしい。

 その現場を目撃した弟子たちが言うには、男共を蹴り出し始祖と召喚の魔女の“何か”は守ったと言っていた。何を守ったのかは知らないが、母親となっていた始祖があそこまで激怒するとは思わなかった。


 そう言えば召喚の魔女は同性愛の薄い本が好物だった。それも姉妹物が特に。


『ししょう?』


「……過去って消せない物なのね」


 それっぽく呟いて眼下で繰り広げられる惨劇に目を向ける。


 何処の世にゾンビの類を追い回す猫が居るだろうか? 目の前に居た。


 異世界って本当に非常識なんだと噛み締め……刻印の魔女はそっと視線を逸らした。

 反らすついでに魔法の効果も打ち消すことにした。


 あんな猫の姿をした化け物が狩りをする姿など音声で流しても面白くは無い。

 何より子供が聞いたらトラウマレベルの破壊力しかない。今までの物でも十分な破壊力だ。


「貴方の兄様があれの悪評をどうにかするのよね?」


『だいじょうぶです。にいさまはすごいひとですから』


「そう。なら良いわ」


 妄信の弊害はこんな形で姿を現す。

 兄に対して絶大な信頼を寄せている妹の期待をあの馬鹿がどう乗り越えるのか……興味は湧くけど知りたくはない。


「誰よ? こんな強力な魔法を放ったの?」


『ししょう?』


 自分が放った音声拡散の魔法をようやく解除し、刻印の魔女は思い出したかのように箒の向きを変えスルスルと宙を進む。

 確かスラムの方にあの馬鹿たちが居るはずだ。


「……何よあれ?」


 見間違いかと思い軽く目を閉じる。ゆっくり開くと変化は無い。


『きれいです』


 感嘆という見本のような声を発する弟子に魔女は思わず頷く。

 自分ですら見惚れてしまうほどに美しい魔法が展開されていた。


「系統は始祖の魔法よね。でもこれは……」


 眼下に広がる光の細工のような魔法たち。

 複数を同時展開することで織りなされるそれは、しいて言えば半円の形をした金色のジャングルジムだ。


 中心に居るのはプラチナを黄色へと変化させている弟子の義姉。

 その横では何故か馬鹿が横になって寝ていた。意味が分からないが寝ていた。


『ししょう。これはどんなまほうですか?』


「……」


 無邪気な弟子の問いに刻印の魔女は返事が出来ない。

 何より目の前で展開されている魔法の解析が終わっていない。終わらない。


《ふざけないでよ! 何でこんなにも私の予想を上回る逸材がこんなにも居るのよ!》


 内心で怒鳴り、ようやく魔法の式を読み解く。


「はぁ?」


『ししょう?』


 素っ頓狂な声を上げる師にポーラは問う。

 だが彼女はその声を無視した。そして……


「ふざけるんじゃないわよ! 何よこれ! あり得ないでしょう!」


 思わず魔女は叫んでいた。

 自分の目の前に展開されている魔法の非常識さに腹が立ったのだ。


 黄金のジャングルジムを構成する魔法は初歩の封印魔法だ。

 初歩中の初歩……矢の形にした魔法を相手に投げつけることで一時的に魔力を封じると言う物だ。それをあり得ない規模で同時展開してジャングルジムを作っている。


 結果としてそれに近づく亡者たちは次から次へと消滅して行く。

 どうやら亡者の肉体を形成している何かに対し魔力が働いているのだろう。


「……もうやだ」


『ししょう?』


 突然子供のように膝を抱いて魔女は拗ねだした。

 それを心配する弟子は師に気持ちを傾けながら、左目で繰り広げられている魔法を見つめる。


 本当に美しく黄金に輝く場所で、髪の毛を黄色にした姉が揺れるように動いていた。

 何処か楽し気に、それでいて面倒くさそうに。


『こっちのおねえさまもたのしそうです』


「……もうやだぁ~」


 多分一番狂っているのはこの弟子だと痛感し、魔女は半泣き状態でもう一度声を発していた。

 何処の世に投擲武器を盾として使う魔法使いが居るのか? 狂ったことに眼下に居るのだ。


「私もう三大魔女と名乗るの止める~」


『ししょう?』


 泣き言を言って拗ねだした師に……『そんな日かな?』と思ってポーラは何も言わないことにした。

 だって今は自分の目に見える美しい魔法を見ている方が何倍も楽しいからだ。




 ユニバンス王国・王都内スラム廃墟



「あは~。やっぱりノイエだ~。魔力が溢れて出て来るぞ~」


 何度か考えては挫折した強固な守りは完成している。あとは絶対の武器だ。


 フワフワと揺れながら、シュシュはゆっくりと確実に魔法の準備を進める。

 確実に相手を封印し二度と這い出て来れない強力な魔法を。




~あとがき~


 ポーラの宣言通りファシーは獣になりましたw

 全力で亡者たちをぶち殺しちゃうんだから!


 で、シュシュはノイエの魔力を使い切る感じで魔法を展開しています。

 自分が考え魔力が足らずに諦めた魔法を使えて大満足です。

 そして刻印さんに使ったあの魔法を準備しております




(C) 2021 甲斐八雲

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