君の復讐なら後でこの身に受けよう

 ユニバンス王国・王都内スラム廃墟



「アルグ様?」

「ごめんノイエ。今だけだから!」

「はい」


 横並びで彼女と廃材を椅子にして座っていた僕は、サッと体を動かしノイエの太ももに顔を押し付ける。


 おかしいな? 遠くに居るはずのファシーの声が聞こえてくるのです。僕の耳に。


「ノイエ」

「はい」

「ノイエも聞こえる?」

「なに?」


 せめて僕だけの幻聴であれ。そうあれ!


「ファシーの声」

「……楽しそう」


 ダメでした~!


 グイグイとノイエの太ももに顔を押し付けて僕は何かの終わりに身を震わせる。


 ファシーさん。嬉しいのは分かる。とっても良く分かる。きっと今の君は自分が隠していた何かを全力でさらけ出しとても愉快な気持ちで遊んでいるんでしょうね!

 ただお願い。時折『いいの? アルグスタ様。いいの?』とか言わないで~! 僕を求めないで~! 何故か吐息まみれで言うものだからとってもエロく聞こえるの~!


「アルグ様」

「……なに?」

「いいの?」

「良くないの!」

「はい」


 僕の気持ちを察してかノイエが良し良しと頭を撫でて来る。

 本当に良くないのです。これで僕がファシーと関りを持っていることがバレた。バレたよ。


「ノイエ」

「はい」

「……今夜はいっぱい慰めてね」

「いっぱい……するの?」


 もうそれで良いです。現実を忘れるほどノイエに溺れ、僕は記憶を無くそうと思います。


「あは~。解き放った~旦那様が~悪いん~だぞ~」

「良いんです。良いんです」

「本当に~?」

「そういうことにしておいてよ!」


 顔を上げれば黄色いノイエがニシシと笑っていた。


「ん~。今夜は~私が~い~っぱい~慰めて~あげる~ぞ~」

「シュシュ! 愛してる!」


 抱き着いてそのまま相手を押し倒してキスをする。これでもかってぐらいする。存分にした。


「……こういうのはズルいぞ」


 唇を離したら何故かシュシュがモジモジと恥じらいだした。あら可愛い。


「と、忘れてた~ぞ~」

「何が?」


 恥じらいは短く直ぐにいつものシュシュになる。


「セシリーンが~騒いで~るぞ~」

「セシリーンが?」

「だぞ~」


 組み敷いていた彼女は逃れ立ち上がる。


「1番~嫌な~音を~させて~いる~人物が~近づいて~来てる~らしい~ぞ~」

「それはそれは……」


 やはり僕は狙われる宿命にあるらしい。


「あと~」


 キョロキョロと辺りを見渡したシュシュが魔法を使う。

 伸びていった金色の縄が……彼女はそれを引き寄せる。


「このリスは宝玉を玩具と思っているのか?」

「ファシーが~守れって~命じて~いるの~かも~だぞ~」


 そっちの方が納得できるな。


 シュシュが魔法で捕まえ引き寄せたのは、我が家のペットであるニク(仮)だった。

 宝玉を抱きしめた状態で一緒に捕縛されている。


「出せるのは~リグか~レニーラだぞ~」

「なら決まってます」


 宝玉を抱き寄せたシュシュが胸に抱く。リスは彼女の肩に乗った。


「怪我人が多そうだからリグ一択で」

「だぞ~」


 告げる僕と答えるシュシュ。どうやら意見は一致だったらしい。


 ドゴーンッ!


 突然の破壊音が辺り一面に鳴り響いた。

 軽く移動して空を見上げれば……かなり遠くで土煙が。


「貴族区って~セシリーンが~言ってる~ぞ~」

「そっちは知らん。知り合いの家でなければ問題ない」


 敵対している貴族の屋敷だったら大喜びだ。ついでに全員がその場に居たら最高だな。


「まあ色々と騒いで回っているんだうな」


 ドカーンッ!


 今度は音だけではなくて振動まで伝わって来た。

 さっきとは違う方角てまた土煙が。これは近いな。


「今度は~下町~っぽいぞ~」

「そっちはちょっと嫌だな」


 下町の知り合いと言えば、筆頭がキルイーツ先生だ。

 スィーク叔母様が誰をあの治療院に配しているのかは知らないけれど、この国で一番有名なお医者さんだからな。


「おもっ」

「はい?」


 シュシュの声に視線を向けると、凄い物を見た。

 宝玉を抱きかかえていたシュシュの腕に引っかかっているのだ。リグの宝玉……ではなくて双丘が。で、両足が宙に浮いてぶら下がっている。人って胸で浮けるんだ。


「勝手に済まない」


 シュシュが腕を解いた地面に降り立ったリグがジッと僕の顔を見つめて来る。不安げで今にも泣きだしそうな表情でだ。

 今回はファシーの一件があるからもう気にしない。後始末が増えることがなんだ? そんなの気にしていたら嫌われ者なんて出来ないんだよ!


「良いよ。行って来い」

「……済まない」


 頭を下げてからリグは走り出した。

 迷うことなく真っすぐ向かう先は……まあ良い。今回は色々と腹を括った。


「旦那ちゃ~ん」

「へいへい」


 角で姿が消えるまでリグを見送っていた僕の腕をシュシュが引く。


「悪いね。待たせて」

「構わないとも……最後の別れとなるであろうからな」


 喉の奥で笑いながらその人物が姿を合わす。一言で言えば枯れ木だ。立って歩く枯れた木だ。

 血の巡りの悪そうな青白い肌と白髪の髪を適当に伸ばしているような……そんな枯れ木だ。


「アルグスタ・フォン・ドラグナイトとその妻であるノイエとお見掛けするが?」

「正解だ」


 認めて僕は軽く一歩前に出る。


「で、枯れ木に知り合いは居ないんだけど……アンタがヤーンの一族か?」

「おやおや。知っていましたか」


 慇懃に頷き枯れ木が囁く。


「私こそが一族最強の人物にございます。名をハルクと言います」

「ハルクね~」


 だったら緑色した巨人であって欲しい。逆じゃん。


「で、ご用件は?」

「はい」


 ニタリと笑い老人が僕らを見た。


「この国を亡ぼすついでに貴方たちには生贄になっていただこうと思いましてね。お手伝い願います」

「そんなことか」


 意外と簡単なお願いだな。


「お断りだ。寝言は死んでから化けて言え」

「では力づくで」


 色々と貯まったストレスを発散しちゃる!




 ユニバンス王国・王都内下町



 全身を焼かれたような痛みに耐えミネルバは顔を上げた。懐かしい感覚だった。

 動けるようになり咄嗟に身を守ったが……それでもダメージが多い。両足が痺れ立つことも出来ない。


「お父さんっ!」


 声がして顔を向ければ、少女が倒れている男性に縋りその体を揺すっていた。

 涙をこぼし必死に肩を揺すっている様子だが、地面に伏す男性は動かない。


 それもそのはず……ミネルバが生きているのは彼が間に立って盾となってくれたからだ。それが無ければ間違いなく死んでいた。


「いやっ! お父さんっ!」


 ただ聞こえてくる悲痛な叫びに心が、胸が締め付けられる。

 自分を救うために命を賭した彼には娘が居たのだ。


 どうにか体を起こしたミネルバの前を小柄な存在が駆け抜ける。

 褐色の肌が珍しい……異国風の少女だ。


 少女か? ある1か所を見つめ頭の中で首を傾げる。

 バランスが悪すぎるほどバインバインと大きな存在を揺らし駆けるその子は、地面に伏している人物の元にたどり着いた。




 懐かしさすら感じる通りを走る。


 前は走ることは少なかった。走ると胸が千切れるほど痛くなるからだ。

 でも今は迷わず走る。千切れたければ千切れれば良い……くっ付いたばかりだから本当に千切れるかもしれないけれど。


 息が上がるが足を進め、ようやくそれが見えた。見えて足が震えた。

 大好きな人が地面に伏し、それに縋り泣く存在が居た。


 その様子を見つめて冷静になった。




「……何をしている」


 静かに紡がれた褐色の人物の声には怒気が孕んでいた。


「何をしている!」


 再度の言葉は、明確に怒りのそれだった。

 ようやく顔を上げた娘は……目を細め自分たちを見下ろす存在を見る。


「君も医者だろう! なら泣くよりも手を動かせ!」


 リンッと響いた声は力強い。


「でもわたしはまだ見習いで」

「言い訳をするな!」


『見習い』と言う人物を押しのけ、褐色の存在は地面に膝を着く。


「患者から見れば熟練も見習いも関係ない! 等しく医者なんだ!」

「……」


 テキパキと容体を確認する人物に見習い……ナーファはグッと唇を噛んだ。


「貴女に何が」

「……分かるよ」


 確認をしながらそっと笑う。

 褐色の……リグはその手を伸ばし、地面に伏している相手の頬を撫でた。


「ボクはこの人の一番弟子だから」

「……」


 その声に見習が全身を震わせる理由を眺めていたミネルバは知らない。


「でも今は医者だ。だから手当てが先だ」


 告げて立ち上がったリグは、その手を妹弟子……自分が殺めた夫婦の愛娘へと伸ばした。


「君の復讐なら後でこの身に受けよう。でも今はボクたちの『父さん』を救うのが先だ」


 泣き出しそうな表情で伸ばされた手を見つめ、ナーファはその手を掴み立ち上がった。

 見習いでも確かに自分は医者なのだと思い出したからだ。




~あとがき~


 刻印さんのサービスでファシーの言葉は王都内に響き渡っています。

 サービスです。決して自分の想像の斜め上のことをした主人公に対する嫌がらせではありません。

 おかげでアルグスタは精神的に大ダメージですがw


 リグは走ります。自分の大切な人たちの元へ。

 そこに横たわる人物とすがりつく人物を見て…自分がなんであるのかを優先します。

 それが師である人から叩き込まれた心得だから。


 主人公が傍に居ないと本当に真面目な物語だな…




(C) 2021 甲斐八雲

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