して欲しくないんだよ

 ユニバンス王国・王都より北に2キロ地点



『もう少し』


 フード付きのローブ姿のその存在は震える足で前進を続ける。

 弱々しい歩みだが気合で動かしているのであろう足の振りは大きい。ただ振り出される足は、その皮膚は、ポロポロと崩れていく。

 干からびた土壁から土が剥がれ落ちていくかのようにだ。


『もう少し』


 必死に前進を続けるその存在の背後には、数多くの亡者が蠢き進む。

 知性の無い腐りかけた体を引きずり動く存在は……生者を見れば何かを思い出す。そうすればあとは勝手に動き人を襲い続ける。


『もう少し』


 自分に言い聞かせるように足を進め……彼女はひび割れた顔で遠くに見え隠れする場所を眺めた。ゴールはもう目の前だ。だからこそ頑張れる。

 道具でしかない自分が少なくとも何かを成しえることが出来るのだ。あの場所まで行けば。




 ユニバンス王国・王都上空



 フワフワと宙に浮かび魔女は眼前の様子を見つめる。

 魔改造してあるあの馬は賢く、馬車を引いて王城まで真っすぐ向かうことだろう。

 ただ無人の馬車が到着したら問題にもなりそうだが……ドラグナイト家が所有する馬車だ。それぐらいの不思議などいつものことだと受け流して欲しい。


「貴女の兄様は選択肢を間違ったりしないでしょうね?」


『せんたくしですか?』


「ええそうよ」


 いつも通りに箒に腰かけ、光学迷彩の魔法で空と同化し魔女は見やる。

 魔女に至れるであろう程の才能を持ちながらその断片しか振るえない天才児を前に、彼がどんな選択をするのか興味がある。


「あの子に嫌われたりしたら……あそこで殺されたり?」


『おねえさんはそんなことはしません』


「本当かしら?」


『しません』


 迷いもなく答えて来る体の持ち主に対し、刻印の魔女は悠然と佇み……そして笑う。


「なら貴方の兄様が殺されなかったら今日は特別にご褒美を貸し与えてあげようかしらね」


『だったらじゅんびしてください』


「凄い自信ね?」


 もう終わりですと言いたげな弟子に対し、魔女はその目を向ける。

 猫耳フードを被った小柄な存在に。


「なら答え合わせと参りましょうか?」




 ユニバンス王国・王都内スラム廃墟



 どうしてファシーが?

 猫耳フードを被る彼女は、前髪で隠している顔を上げて僕を見つめる。


「わた、しは、いらな、い、こ?」


 寂しそうな涙声にも聞こえる声でファシーが告げて来る。

 抱えているのが辛くなったのか、胸に抱いていたリスが滑り地面へと降りた。

 主人と僕とを交互に見つめ……リスはファシーの足元に移るとその身を白い足に擦り付けだす。


 ノイエが言ってたな。動物に好かれる人は優しいんだって。


「アルグ、スタ、様も……わたし、を、捨て、るの?」


 前髪に隠れる彼女の目が、色を失ったかのように冷たい物に変化していた。


「違うよ」

「違、う?」

「うん。違う」


 一歩踏み込み近づけば、彼女が半歩後退する。


 何となく小動物との遭遇を思い出す。こういう時はまず相手と同じ目線になることが大切だ。

 屈んで目の高さをファシーと同じぐらいに調整する。

 上から覗き込むのはダメだ。相手が怖がるから。


「ファシーは優しいからもう無理をして欲しくないんだ」

「……」


 それが僕の本音だ。


 彼女が出て魔法を使えば確実に北からの大群を始末することはできる。

 ただ前回……共和国での彼女の振る舞いを見ると頼めない。


 ファシーは頑張りすぎる。僕に対する依存だと言うが、それでも頑張りすぎる。

 自分の心が砕け散っても僕のために頑張ってしまうだろう。


 そんなのはダメだ。


「人の形をした亡者に魔法を使うだなんて」

「でき、る」

「うん。知ってる」

「……」


 だってファシーは優しいからどんなに嫌でも僕の為なら頑張ってくれる。


「ファシーが出来るって知ってるから、して欲しくないんだよ」

「どう、して?」

「だってファシーは『嫌だ』と思ってもしてしまうでしょう?」

「……」


 開きかけた口を閉じ、ファシーが沈黙した。




 ユニバンス王国・王都内貴族区



「時が来たな」


 クツクツと喉の奥で笑い、老人は古びた貴族の屋敷に存在する尖塔からこれから消滅するであろう国の王都を見る。


 夜明けと共にすべてが始まった。


 北からは亡者の大群が押し寄せ、この王都内でも亡者が発生する。

 きっと恐慌状態となり、人々は傷つくはずだ。


 怪我人を医者へと連れて行き……そして人々は絶望する。

 医者たちが亡者に食われ絶命している姿を見て。


「良き良き良き」


 老人は笑う。

 負の感情が濃くなればなるほど自分の力は存分に発揮できる。

 さすればあの白い化け物も容易く殺せるはずだ。


「さあこの国の終わりを始めろ!」


 年甲斐もなく興奮し絶叫する老人は……まだ気づいていない。

 誰一人として医者が死んでいないことを。




 ユニバンス王国・王都内下町



 靴底に石の感触を得ながらそれは歩いていた。

 下町と呼ばれる場所に居を構える治療院に向かい足を動かして。


 自分が配し命じた亡者たちは今頃医者たちを食い殺しているはずだ。

 だから彼女はここに来た。

 自分の姿を見て、恐れることなく気づかった医者の元へと。


 一歩二歩と足を進め……そして止めた。


「ダれ?」

「お初にお目にかかります」


 恭しく首を垂れる存在に……レミーと呼ばれる存在は自然と身構えた。


「私の名はミネルバと申します」


 完璧なまでの作法で挨拶をして来たのはメイドだ。まだ年若い女性だ。


「メイど?」

「はい」


 静かに顔を上げミネルバは薄く笑う。


「師である御方からの命によりこの場所を守護しております」

「邪魔ヲすルの?」

「結果、そうなるかと」

「分カッた」


 相手を敵だと認識し、レミーはそっと懐から短剣を掴みだした。


「名乗らないのですか?」

「必要ナイ」


 抑揚も感情も何もない声にミネルバもまた動き出す。

 握った左の拳を前に向け、スッと右足を引く。半身に構えた。


「人形二名前なド必要なイ」

「それは……」


 音も発せずに動き出した自称人形に対し、ミネルバは冷え切った眼を向けた。


「主人の怠慢ですね。我が主人であればそのような怠慢など許しません」

「……マスターを悪ク言ウな!」


 横合いから突き出された短剣を微かな頭の移動で回避しミネルバは右の拳を振るう。

 体を捻り回避した人形が間合いを広げた。


「怠慢でございましょう? 主人から名を呼ばれないなど所有物とすら思われていない証拠です」

「……」


 一度呼吸を整え改めてミネルバは左の拳を相手に向けた。


「でも私の主人は違います」

「……」


 生気を感じさせないガラス玉のような人形の目を見てミネルバは口を開く。


「彼女はこう言いました。私に『先輩なら簡単なお仕事ですよね?』と。ですから私はこの仕事を簡単に済まさなければいけないのです!」

「……そレは本当に主人とシテの言葉カ?」


 相手の余りの言葉に、自称人形は思わず質問していた。


「主人からの言葉です! 絶大なる信頼をポーラ様は私に寄せているのです!」

「……そウカ」


 若干人形の目に哀れみが宿った気がしたが、ポーラの言葉を思い出しやる気に満ちているミネルバがそれに気づくことは無かった。


「だから私は勝ちます。簡単に」

「なラバ我モ勝とウ」


 スッと腰を落とし顔の前で短剣を構えた人形は静かにメイドを見る。


「マスターノ命令に従うタメニ」




~あとがき~


 各所で騒ぎが起こる最中、ミネルバは当たりを引きます。

 と言うかもっとも有名な医者である彼が強者に狙われるであろうという配慮からです。


 ファシーは優しいから無理をして欲しくない。戦って欲しくない。

 それがアルグスタの本音です。彼の言葉を受け、ファシーは迷います




(C) 2021 甲斐八雲

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