楽しむなら平気

「こんな時間にですか?」


 ポーラの手を借りながら準備をしていたらミネルバさんが飛んできた。

 夜が明けなければ動き出さない僕らに油断していたのか、慌てた様子でかけて来た彼女にある場所に向かうので出発の準備を促す。その返事が最初の言葉だ。


「今日はかなり良くないことが王都で起きそうなんでね」

「良くないのですか?」

「かなりね」


 だから戦力は多い方が良い。

 夜明け前ならまだ王都にノイエ小隊の面々も居る。今日はドラゴンが動かなそうだから、上司様の権限で全員を動員することが出来る。たまにはドラゴン以外とも戦わせてあげよう。


「叔母様に助力を願い出ます。暇を持て余している人たちはにも全員仕事をしてもらいます」

「……畏まりました」


 納得していない様子だけどミネルバさんが一礼して来る。


「それとこの屋敷を監視している馬鹿兄貴の部下たちが外に居るでしょう?」

「……私の口からは何とも」


 口を噤み俯いたミネルバさんの立場は分かる。


「けど接触ぐらいは出来るよね? 出来ないなら狼煙を使うけど?」


 緊急を告げる狼煙を使えば簡単は簡単なんだけどね。前回使った後の後始末で僕が死にそうになったから出来たら使いたくない。書類の山が怖いよう。


「……出来ます」


 覚悟を決めた様子でミネルバさんが顔を上げた。


「なら大至急接触して貰って『他国の工作員が行動を起こした』と僕の名前を使っても良いんで伝えてください」

「畏まりました」


 恭しく一礼したミネルバさんが準備に向かう。

 入れ替わりで僕らの寝室に入って来たのはポーラだ。彼女はカートを押してやって来た。


「ねえさま」

「はい」


 返事をしたノイエが運ばれてきた物に手を伸ばす。


 ノイエが着始めたのは過去に身に着けていたプラチナ製の鎧だ。

 胸のサイズがきつくなって修理に出されていた鎧をノイエが身に着ける。

 問題の胸は……その部分だけ再加工されて大きくなっていた。


「……大きい」

「頑張れノイエ。まだ育つかもしれないしね」

「はい」


 今のノイエには胸が大きかったらしいが、それでも身に着けベルトを止める。

 ただ手伝っていたポーラの目が死んだ。確かに鎧の胸の部分は大きいが大きすぎるということが無い。それを見て妹様は現実を痛感したらしい。


 頑張れポーラ。チビッ子の中だと君が一番大きいぞ?


「にいさま」

「ほい?」

「どうしてせんせいのところに?」

「うむ。良い質問です。今回は敵が多いのは分かるね?」

「はい」


 仮眠をとる前にポーラとは色々と話し合った仲です。


「だから助けが必要です。で、近衛はお城の守りに入るだろうからあまり動かせません。ならばどこが動くでしょうか?」

「こくぐんです」

「はい正解」


 流石優秀なポーラだ。即答だ。


「でも北から大群が来ます。そうなると国軍はどう動きますか?」

「きたもんにふじんします」

「です」


 これは仮眠をとる前にポーラが断言した。『国軍は王都の北門に配して大軍を迎え撃つプランを採用するだろう』と。


 で、『北に属する我が屋敷はどうするの?』と問うたら『ししょうがけっかいをはってます』と僕も知らない新事実が暴露されました。あの賢者はしたい放題だな。


「で、国軍は北門で待機。近衛は王城で待機。そうすると王都内は誰が守る?」

「みっていさんですか?」

「まあ正解だね」

「むっ」


 花丸大正解じゃなかったことに気づいてポーラが不満を見せた。


「密偵は国内外に広く配置されているから数が少ないんだ。で、密偵に匹敵する戦力を持っている上級貴族が居ます。それは何処ですか?」

「せんせいのすむめいどさんやしきです」


 ポーラの認識はそうなったか。僕からすればハルムント家はメイドランドだしな。


「正解です。あそこに行って王都内のお医者さんたちの警護を頼みます」


 顔の広いスィーク叔母様なら、王都中の医者の所在地を把握しているかもしれないしね。


「で、僕はノイエと2人で……どうしようかね?」


 頑張った僕の知識の泉はここで枯渇した。

 ここから先はノープランです。頑張ったよね?


「まだまだね」


 ポーラが右目に模様を浮かべてクスクスと笑いだす。


「出たな?」

「出るわよ。楽しいイベントだし」

「おひ」


 人の不幸を楽しむなよ。


「お前は何を企んでいる?」

「ん~。今回は見学かな~」

「本当に?」

「ええ。だって私……あの手の存在は嫌いだもの」


 身も蓋もないことを言いだしたよ。

 僕だってゾンビの類とかと出会いたくないわ。


「だから今回は高みの見物よ。頑張ってね~」


 物凄く気軽に答えてポーラが目の模様を消した。


「本当に好き勝手に生きてるな」


 羨ましいわ。本当に。




 久しぶりに屋敷に戻り寝ていたところを、ハーフレンは叩き起こされた。

 一緒に寝ていたフレアは慣れたもので、素早くメイド服に着替えると主人の支度を手伝う。


「それで何があった?」

「はい。ドラグナイト家からの緊急の報告です」

「アルグからの?」


 視線を窓の外に向ければまだ夜は明けていない。

 それなのにあの馬鹿な弟が動き出しているということは、本当に厄介ごとなのだろう。


「で、何だって?」

「はい。『他国の工作が始まった』と」

「……具体的には?」

「それは何も」

「詳しく言えよあの馬鹿が」


 影の中に身を潜めている密偵にハーフレンは頭を搔いてため息を吐く。


「敵の姿が分からないという可能性もある。全ての密偵を招集し、王都内の全域に配置しろ。何か不可解な動きが随時報告もだ。行け」

「はっ」


 消えるように気配を消して密偵は命令に移る。

 着替えを終えたハーフレンは部屋を出ようとして足を止めた。


「本来なら正妻に言うべきなのだろうが、リチーナは朝が弱いからな」

「分かっております」


 柔らかく笑いフレアは、彼の妻の代わりに口づけを得る。


「屋敷の守りは任せる。出来るな?」

「はい」


 相手の腕から離れ2代目メイド長は恭しく一礼した。


「このフレアに全てお任せくださいませ」

「頼んだぞ。メイド長」


 飾りの剣を腰に差して彼は部屋を出た。




「で、ポーラくん」

「はい」

「お兄ちゃんの質問に正直に答えようか?」

「はい」


 ハルムント家へと向かう馬車の中、僕はポーラと向かい合い話し合っていた。


 理由は彼女が抱えて来た宝玉だ。

 いつもノイエがアホ毛で曲芸している宝玉はリスが抱えている。にもかかわらずポーラはもう1つ宝玉を抱えて馬車に乗り込んできたのだ。


「君の中に住んでいるあの性悪は何を企んでいるのですか?」

「ししょうがいうには、これはごほうびだと」

「ほほう。ご褒美と言うか」


 続きを促すと、何でもそれは前回の帝国軍師との戦いに勝利した僕へのご褒美だと言う。

 ご褒美から地雷臭しかしないんですけどね? 宝玉が2個になったら僕の何かが枯渇するよ? この若さで燃え尽きるよ?


「こんかいはひつようだろうからと」

「……」


 つまりそれほどヤバいことになると言うのか?


「まあ作られてしまった物は仕方ない」


 諦めよう。そしてホリーとレニーラが一緒になって出て来ないことを祈ろう。神よっ!


「アルグ様」

「どうかしたの?」


 朝食として特大サンドイッチを食べていたノイエが僕の腕を引っ張る。

 顔を向ければ……彼女は珍しく困った気配を漂わせていた。


「2個は無理」

「何の話ですか?」


 僕の顔を見ていた彼女の視線が下へ。


「楽しむなら平気」

「ホリーさんが出てますか?」

「……終わったらしたい」


 告げてノイエが僕の腕に抱き着いて来た。

 最近のノイエは包み隠さなくなってきたな。誰の影響だ?


 良し良しと彼女の頭を撫でて、とりあえず僕らは先を急いだ。




~あとがき~


 物語だとあまり語られませんが、主人公たちは日が沈む前にさっさと寝室へと移動しています。家中のランプを灯して生活するのは、費用より手間ばかりかかるので。

 だから夜が長いのは純粋に長いんです。主人公は大変なのですw


 そして普段なら日が昇る寸前まで動き出さない人たちが今回は動き回っております。


 で、刻印さんが準備を進めた2個目の宝玉が遂に…




(C) 2021 甲斐八雲

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