私を求めて呼んだのね
「……色々と最悪だね。本当に」
はぁ~と大きくため息を吐いて彼女……エウリンカは自身の汚れを振り払う。
あの魔女と目が合った瞬間にまた融かされると思った。ようやく完全回復した矢先なだけに『何て不幸な!』と内心で呻いた。
けれど魔女はそんな彼女の前を過ぎると、突然魔法を唱えて液体となった。
新しい自殺を見た気がした。問題はその自殺のとばっちりで汚れたことぐらいだ。
「出来たらお風呂にでも入りたいものだね」
「お風呂は無理だけど奇麗にすることぐらいはできるわよ?」
その声に慌ててエウリンカは振り返る。フードで頭を隠した存在がそこに居た。
「刻印の魔女か」
「ええ」
「何か用かね?」
「急ぎでね」
クスリと笑い魔女は宙に文字を綴る。それをエウリンカに向かって押して魔法とする。
アイルローゼを構成していた物で汚れたエウリンカを奇麗にした。
「これで良いかしら?」
全ての汚れが消え真新しい服と呼んでも差し支えの無い物となっていた。
「ああ。で、これの礼をしろと?」
「そう言うことよ」
正解だと言いたげに笑う魔女に対しエウリンカは肩を竦める。
「残念だけど魔力切れだ。回復するまでにはっ」
「これと私が居るから平気よ」
魔女は短剣を扇状に広げて見せた。
ひと目見てエウリンカはその短剣が何であるのかを理解した。
「自分が作った魔力回復の魔剣か」
「正解」
「それはアイルローゼたちに取り上げられたはずだが?」
「そうよ。でもここにある」
クスクスと笑う魔女は魔剣で作った扇を振るう。
「……どんなカラクリだい?」
「難しくないわよ。私の魔法で効果が切れてこの魔剣が消滅したと彼女たちに認識させただけ」
「そして短剣は魔女の元にか」
規格外の魔法を見せる魔女にエウリンカは肩を竦める。
どんなにひっくり返っても彼女を負かせる存在が居るとは思えない。
「自分の手伝いなど無くても貴女1人でどうにかなりそうな気がするんだが?」
「買いかぶりすぎよ。少なくとも私は貴女のように魔剣を作り出すことはできない」
「そうなのかね?」
その言葉にエウリンカは純粋に驚いた。
不可能が無い三大魔女の1人なら魔剣ぐらい作れるものだと思っていたのだ。
「ええ。私でも、始祖の魔女でも不可能よ。もちろん召喚の魔女もね」
「なら自分のこの魔法は?」
「先祖返りの異世界魔法。たぶん錬金術の類だと思うけど……犯人は召喚の魔女でしょうね」
「どういうことだい?」
エウリンカの問いに魔女は苦笑気味に答える。
「最近知ったのだけど、彼女は私たちを探そうとある魔法を求めて召喚をし続けたの」
「ある魔法?」
「時の魔法……つまり過去や未来に行く魔法よ」
手に入れた日記から得られた情報はそれだった。
独りぼっちになった召喚の魔女は、姉や自分を求めて彼女らを召喚し続けた。
けれど成功などせず、孤独に耐えられず……召喚の魔女は暴走し、思いつく限りの召喚をし続けた。だが満足できる答えは得られず、ついに彼女はその魔法を求めたのだ。
時間の逆行を。
幸せだった過去に戻ろうと企みまた召喚を続ける。
時には新しい魔法を作り出そうとして新たなる暴走を繰り返した。
その一端が目の前の存在だ。
異世界魔法に異世界魔法を重ねた結果が魔剣を作り出すと言うふざけた魔法を現在になって姿を現した要因だと刻印の魔女は睨んでいた。
「その研究を始めたぐらいから日記を書かなくなったみたいで……召喚の魔女がどうなったのかは私にも分からないけれどね」
「そうなのか」
頷きエウリンカは……どう返事をしたらいいのかに困る。
人付き合いを避けて通って来た弊害だ。どうしたらいいのか全く分からない。
「まあ良いわ。そんな話は今は関係ないのだしね」
「そうかい」
渡りに船とばかりにエウリンカは相手の言葉に頷く。
と、魔女はニコリと笑い手にする短剣を軽く頭上に動かした。
「だから私は貴女の魔法を高く評価しているの。私も知らない系統の異世界魔法ですもの」
「あっああ」
何となくだが嫌な予感がして来た。
評価していると言いながら何故魔女は薄っすらと笑い迫って来るのか?
必死に逃げ場を探すエウリンカだが、背後は壁だ。逃げられない。
「今回も宝玉の外側を覆う物を作って欲しいの」
「そうか。喜んで協力しよう」
「ええ。今すぐに必要だから……お願いね」
「やっぱりか!」
それでも逃げ出そうとしたエウリンカだが、魔女が腕を振るうたびに飛んでくる短剣により壁へと磔にされる。
「で、あとはその短剣にこうして私特製の魔力線を取り付けて……」
磔にした短剣の尻に青い糸を結んでいく。材料は魔眼内に居る変態の髪の毛だ。毎日魔力を流しているからか、誰よりも魔力の流れやすい物質に変化していた。
だからそれを結んでもう片方を手で握る。
「全力で魔力を流すんで頑張れ」
「しびびっ! 痺れるっ! 痺れるんだがっ!」
「魔力の拒絶反応ね。他人の魔力は毒にもなるから」
「死んでっ! 死んでしまふっ!」
「平気よ」
ニッコリ笑って魔女は流す魔力を強める。
「ここだと何度でも蘇るから」
「死ぬぅ~!」
全身を震わせエウリンカは強制的に魔力を得たのだった。
「あっ……」
またあの夢だ。
体が動かずモヤモヤとした白い煙が支配している。
前回のことから察するにこれが心霊現象か? 幽霊怖い幽霊怖い。
『慌てているのか遊んでいるのか……』
「結構焦ってますけど?」
『焦っている人がその恐怖の対象と会話するの?』
「ふむ。幽霊であろうとノイエの姉ですからね。貴女は」
『……そうね。未練がましく妹が心配で消えられない存在よ。私は』
ふわりと桃色が視界の隅に見えた。
髪の毛だろう……けれど彼女の姿は見えない。
「どうして姿を晒さないのかな?」
『言ったでしょう? 私はもう死んでいる。だから生きている人の前に立つことはできない』
「どうして?」
『生者を追い越すことはその対象者に死を呼び込むことになる。貴方が死にたいのなら喜んで追い抜くけれど?』
「ごめんなさい。僕はノイエとひ孫を抱くまで生きると決めているので」
『……その迷いのない返事が凄いわね』
クスリと笑い声が聞こえてそっと背中に、肩に冷たさを得る。
「今の僕って幽霊に取りつかれている状況でしょうか?」
『あら? ノイエの姉に抱き着かれて喜ぶのが貴方なのでしょう?』
「失礼な」
『……ほらっ』
冷たいけれどポヨンとした2つの塊が僕の背中に押し付けられる。
ほどほどに大きくて悪くない。実に悪くない。
『喜んでいるでしょう?』
「卑怯なっ!」
これは男性であれば喜ぶのです。ズルいのです。卑怯なのです。
『……どうしてノイエは貴方みたいな人を』
「失礼な。ノイエが僕のことをめっちゃ愛していると分かっておろう? ノイエが人を見る目が無いように言うでない」
日々の頑張りによってノイエさんは僕にぞっこんなのだ。
僕は頑張った。頑張りすぎるほどに頑張るからノイエは僕を愛してくれるのだ。
『言ってなさい。まあ良いわ……ノイエの好みは置いておいて』
首に腕らしきものが周りギュッと相手が抱き着いてくる。
『そろそろ弾けるわ』
「何がでしょうか?」
『死が……この国で弾けるの』
意味が分からない。
『起きたらホリーに聞きなさい。死者が蘇ってしまうと幽霊に言われたって』
「名前を出さなくて良いの?」
『……良いのよ。私はもう消えて居なくなった姉なのだから』
でもそれでも必死にノイエの傍に居る凄い人だと思うけれどね。
『それと出来たら守ってあげて』
「誰を?」
『リグの大切な人を』
「それって?」
『お願いね』
スルスルと首に背中に感じていた冷たさが消えていく。
白い靄も晴れだし……気づいたら僕は瞼を開いて天井を見上げていた。
明かりが灯っているし、閉め忘れているカーテンの向こう側は真っ暗だ。
夜明けは遠いらしい。
「アルグ様?」
「おはようノイエ」
「はい」
何故か心配そうな雰囲気で僕を見つめていたノイエに手を伸ばし、唇を近づけてキスをする。
先生の恥ずかしい映像を見ていたら寝ていたらしい。それは良い。
「ノイエ」
「はい」
「……と言うか、おねーちゃ~ん」
少しするとノイエの体が何故か小刻みに震え、髪が青くなった。
「何かしらアルグちゃん? 良し。分かったわ」
「何が!」
横から覗き込むようなホリーが妖艶に笑う。
「私を求めて呼んだのね。いただきます!」
「らめぇ~! 早食いは体に良くないから~!」
夜中に呼んだことが間違いだったらしい。
~あとがき~
不幸続きのエウリンカは刻印の魔女に捕まる。
で、強制的にお手伝いです。安定の不幸な女ですw
不思議体験をするアルグスタは…神経図太いな。本当に。
そして頼まれたことを実行するためにホリーを呼んだら…そうなるわなw
(C) 2021 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます