赤ちゃんを作らなくても出来る

 1人ぼんやりと天井を見上げる。


 ノイエのことは先生に任せて僕は寝室を出た。今頃は先生がノイエを抱きしめて眠っているだろう。

 ミネルバさんに内装などを丸投げしておいた客室の1つを今夜は使用することにして、久しぶりに1人でベッドで横になっている気がする。


 静かだな~。


 普段はあんなに静けさを求めるのに、1人になると寂しく感じる。でも流石に先生も一緒に3人で同じベッドは……ノイエが問題を起こしそうだ。ここは我慢だな。

 目を閉じて思案する。明日はきっと登城したら持ち逃げした遺産やら先生のことやらで質問攻めだろうな。なら今宵はゆっくりと体を休めるのも悪くない。そのはずだ。




「……あれ?」


 気づけば白濁とした煙が足元に存在する場所に立っていた。

 何故か体は動かない。これが金縛りと言うものか? 初体験だ。


 あの~ここは何処でしょうか? 僕は確か1人で寝たはずだ。つまり夢か?


 そう言えば非現実っぽいから夢だろう。夢ならせめてもっと桃色な感じが良い。デレた先生に言い寄られ、あの素晴らしい足で踏まれるとか? ……悪くないだろう。


『変態ね』


 何故か背後から酷い言葉を投げかけられた。どこかで聞いた声だ。


『酷くはないでしょう? 女性に踏まれて喜ぶような男性は変態だと思うけれど?』


「そんなことはない。これはご褒美です。僕ら男性はきっと元気になるおまじないです」


『……』


 冗談を返したら沈黙が帰って来た。

 ごめんなさい。精神的にダメージが半端ないので何か言ってください。


『どうしてあの子はこんな男を……』


「はい?」


『変なところだけ話に聞く母親に似てしまったようね……』


「もしも~し?」


 良く分からないけれど物凄く失礼なことを言われた気がする。


『でもあの子が笑っているのなら……どんなに苦痛なことであっても受け入れるしかないのね。悲しいけれど』


「お~い?」


 一方的に酷い言われようだ。


『一つだけ忠告してあげる』


「はい?」


 悲しみと絶望感が入り混じった声音が失せ、真面目な声が聞こえてくる。やはり背後からだ。


『この国は現在死の気配が濃くなっている。誰かが死の流れを捻じ曲げているから』


「死の気配?」


『そう。それが濃くなればなるほど……“私”のような存在が現れる。悲しいけれど』


「悲しいことなの?」


『ええ悲しいわ。だって私たちはもう終わった存在なのだから』


 ゆっくりと背後からの声が迫って来る。じりじりと迫り僕の背後……間近まで来た。


『普通ならただ消えるだけの存在。けれど私は立ち止まってしまった』


「どうして?」


『不安だったから……それともう1人居たから』


 意味が分からない。けれど聞かなければいけないという気が沸々と湧いてくる。


『私たちはずっと見守るしかできない。何故ならそれしかできないから』


「意外と根性でどうにかなるっぽいですよ?」


 経験者は語ると言う奴だ。


『経験……何を言っているのかしら?』


「昔の出来事ですよ」


『そう。でも今の私たちには難しいみたい。だから』


 そっと両肩に冷たい何かが触れる。人の手のようだ。

 微かに目を動かせば桃色の靄が見えた。たぶん髪の毛なのかもしれない。


『前払いよ。あの子を守ってあげて』


「言われなくても」


 微かに右頬に触れたのは冷たくて柔らかな感触だった。




「っは!」


 目を開ければ見慣れない天井。

 ただ最後に見た物と変化のない天井だ。


 体を起こそうとして気づく。

 下半身が冷たい。まさか怖い夢を見て粗相をっ!


 慌てて上半身を起こそうとしたら目が合った。

 ノイエが……何をしているのですかノイエさん? で、その横で両手で顔を隠しつつも指の隙間から確り観察しているのは赤が特徴的な魔女だよね?


「んっ」


 ノイエが大きく喉を動かしてからジッと僕を見つめて来る。

 君たちはいったい何をしているの? ねえ?


「大丈夫」

「はい?」

「赤ちゃんを作らなくても出来る」


 何を知ったの? ウチのお嫁さんに何を教えたの?

 ジロッと先生に目を向けたら……魔女様が視線を逸らして咳払いをして見せた。


「ノイエが突然私を抱えてここに来たのよ」

「で?」

「何度肩を叩いても揺すっても貴方が起きなかったの。でも普通に寝ているようだし、だからどこまで耐えられる……どうしたら起きるのか確認しだしたのよ」


 顔ごと遠くを見つめる先生が言葉を選ぶように口を開く。


「でもノイエが私の制止を振り切って」

「そうですか」


 つまり動かない僕を前にノイエさんが暴走したと。これは怒っても良いはずだ。


「ノイエ?」

「大丈夫」

「何が?」

「お姉ちゃんと一緒」


 フリフリとノイエがアホ毛を揺らして移動して来る。

 忍び寄る猫のようなしなやかな動きで……僕の体に覆いかぶさって来た。

 待ちなさいお嫁さん。今の僕はまだ動けない。


「ちょっと待てノイエ。今はまだ体が痺れて動けないから」

「……」


  ピタッと動きを止めたノイエの速度が速まった。って速まるか普通?


「動けないんだから~!」

「好都合」

「誰に学んだそんな言葉っ!」

「青い人」

「ホリ~!」


 今だけはホリーお姉ちゃんを悪く言っても良いはずだ。

 動けない僕を良いことにノイエが跨り楽しんでいく。途中まで観察していた先生は、顔を真っ赤にして逃げて行った。


 待ってアイルローゼ。せめて体の痺れをどうにかして。

 そうしないと……暴走したノイエが止まってくれずに根こそぎ搾り尽くされた。




 翌日どうしてノイエにあんな暴走をしたのか聞いたら『夜、好きにしていい』ってとの返事が。

 思い出せば学院に行く前にそんな会話をした。確かにした。だが『明日の』という部分が消え、都合のいい解釈をしているノイエに恐怖したよ。


 先生はそれから静かに……僕を見ては顔を真っ赤にさせつつ静かに過ごして宝玉に戻った。

 で、結局欠勤をした僕は、次の日登城すると真っすぐ陛下の政務室へと連行されたのだった。




「あれほどノイエがお膳立てしてくれたのに……アイルローゼは奥手すぎだよね~」

「だぞ~」


 ノイエの中枢で本日もレニーラとシュシュが魔女の採点を繰り返していた。

 妹が頑張ってあそこまでしてくれたのだ。普通ならそんな妹に我慢をしてもらって……美味しく頂くのが礼儀と言うものだ。


 それなのにだ。


 色々と文句を言っている2人の様子にセシリーンはクスクスと笑う。

 お膳立てくらいで踏み出せないのがあの魔女の聞いてて楽しい所なのだ。

 それを知る歌姫は……表情を正した。


「レニーラ」

「なに~?」


 シュシュと会話していた舞姫はその声に顔を向ける。

 猫化したファシーを膝枕して撫でている歌姫の表情が険しかった。


「真ん中の通路に誰も居ない」

「ミャンが居たはずだけど?」

「居ないのよ」


 答えセシリーンは自分の耳に意識を向ける。

 フラフラと深部に向かい歩いているミャンを発見した。時折ミャンは、何かを思い出しては発狂したように頭を掻きむしって彷徨い歩き出すことがある。その発作が出たのだろう。


「深部に向かっているわね」

「そっか~」


 発作を知るレニーラは苦笑する。

 唯一ミャンの発作の原因を理解していないシュシュが首を傾げるのみだ。


「代わりに深部から誰か来る。真ん中を通って」


 言葉の意味を理解しレニーラは軽い足取りで起き上がると、中枢の入り口に向かい身構えた。

 フワっと立ち上がったシュシュも同様だ。身構え封印魔法を放てるようにする。


「……久しぶりだねぇ~」


 やって来たのは紺色の髪をした女性だ。

 全体的に色白で……しいて言うと病的なまでに肌が白い。


「ティナーか」


 タックルを仕掛けようとしていたレニーラは動きを止めた。

 相手は近接戦を得意とする者ではない。魔法使いだ。それも特殊な魔法を使うので使用場所が限定される。


「懐かしい気配を感じて来たんだけどさぁ~」


 語尾が甘ったるい感じがする喋り方が彼女の特徴でもある。


「いつからユニバンスって、死者の国になったのかなぁ~?」

「「はい?」」


 意味が分からずティナーと呼ばれた者以外が首を傾げた。




~あとがき~


 寝ていたアルグスタはどこか不思議な場所に…そこに居たのは桃色の髪の女性。

 不思議体験を終えたら…現実はある意味残忍でしたw

 動かない夫は美味しく頂くのです。よってノイエは止まりませんでした。


 まだまだ居るぞ。ノイエの姉はw

 名はティナー。彼女は…ユニバンス王国の異変に気付きました




(C) 2021 甲斐八雲

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