次ハ貴方ガ死ヌ時

「虫が居るな」

「何がですか? マスター」

「気にするな」


 クククと笑い老人は視線を別へと向ける。

 今回の雇い主はどうも小細工が多すぎる。単純を愛する彼からすれば生温い。


「ラミー。お前ならこの国をどう潰すか?」

「……」


 問われ……彼女はゆっくりと視線を動かす。


「この地は多くの死が根付いています。ですから私がこの身を砕けば簡単に潰すことが出来るでしょう」

「ほう。簡単にか?」

「はい」


 頼もしい言葉だ。それほどにこの地には死が根付いているのだ。


「ならば時が来たらその身を砕け。良いな?」

「はい。マスター」

「良い返事だ」


 古木がひび割れたかのような笑みを浮かべ、老人はその目を彼女の横に向ける。

 いつもいるはずのもう1人の姿が無かったことにようやく気付いた。


「レミーは?」

「はい。この王都に居る医者の所在を確認しています」

「そうか」


 自分が命じた言葉を思い出し老人は軽く頷く。


「確実に殺せるようにしておけ。良いな?」

「はい。マスター」


 恭しくその命令に彼女は頷き返した。




「……何だろう」

「はい?」


 飲み終えたティーカップを下げに来たポーラが僕の顔を見つめて来る。

 相変わらず全体的に白いけど可愛らしい妹だな。


「椅子に座っていても何とも言えない座り心地の悪さを感じるのです」

「いすをかえますか?」

「そうじゃ無いんだよね。何て言えばいいのかな~」


 座り心地が悪いと言うか居心地が悪いと言うか……言いようの無い不安を感じる。

 帰宅して明かりをつけたら何か気配を感じて色々見て回ったら大きなGが壁を歩いていたような。


 これが虫の知らせと言うものか? つまり良くないことが起こる前触れか?


「最近の僕は静かに過ごしているよね?」

「はい」


 突然話を変えてもポーラは迷わず返事を寄こす。


「つまり僕は何も悪いことはしていない」

「はい」

「……」


 そんな僕に虫の知らせがやって来るということは、周りの誰かが何かを企んでいるのか?

 お兄様は何処か僕をネタに釣りをしている気配を発していたし、となると釣り人に直接聞けばいいわけか。


「良しポーラ」

「はい」

「馬鹿兄貴の所に殴り込みに行くぞ!」


 立ち上がり歩いて行こうとすると、何故かウチの妹がお見送り体勢に。


「ポーラさん?」

「ごめんなさい。これからべんきょうです」


 せっせと勉強会の準備をしているクレアの方をチラチラと見ている。

 ならば仕方ない。お兄ちゃんは1人であの馬鹿に立ち向かうこととしよう。




「で、何か用か?」

「おう。何を裏でコソコソやっている」

「……何のことだ?」


 突撃して来た僕に対し馬鹿兄貴が面倒くさそうな顔を向けて来やがった。

 殴り飛ばしてやりたい。


「また裏でコソコソと何かしてるでしょう?」

「そんなのはいつものことだ。気にするな」

「気にするわ!」


 僕のツッコミは間違っていないはずだ。

 ソファーに腰かけメイドさんに紅茶を頼む。馬鹿兄貴もソファーに移動して来た。


「で、僕を使って勝手に釣りとかしてない?」

「俺はしてないな」

「……別にも居るのかよ!」

「居るだろう?」


 ツンツンと馬鹿兄貴が天井を指さす。

 近衛の執務室よりも上ってことは……つまりは陛下か。


「何かちょっと前にどっかの国王様が大掃除的な話をして来たんだよね」

「奇遇だな。俺も聞いたぞ」

「そうっすか~」


 今回の主催はお兄様か。

 前回の話は妄想の類じゃなくて決定事項だったのね。


「なら僕は特別何かする必要とか無いよね?」

「無いな。向こうで段取りをつけてくれて勝手にやるはずだ。しいて言うなら巻き添えを食らって死ぬな? 今お前が死ぬと色々と厄介だ」

「なら止めましょうよ。結構本気で」

「知らん。頑張れ」


 頑張れるような内容じゃないんですけどね。


「と、ちょうど良かった。アルグ」

「何よ?」

「少し馬鹿な姉に用があるんだがどうにかならんか?」

「知らん」

「……ならあっちは?」

「あっちはもっと厄介ですけど?」


 先生をひょいひょいと出したくありません。


「俺の方の伝手を経由してな……どうしてもあれに会いたいという御仁が居る」


 御仁ですか。馬鹿兄貴が敬意を払う相手と言うことはそれなりの人か。


「相手にもよるかと?」

「……」


 クシャッと髪を掻いて彼は立ち上がり羽ペンを走らせた。

 何か書いたらしい紙を畳んでそれを僕に投げてくる。


「帰宅してから見ろ。出来るだけ他人の目に触れさせるな」

「……了解」


 そこまで配慮が必要な人物なんですか?


 もう先生が無理をしてくれたおかげで……まあ仕方ない。ノイエを守ってのことだから僕も協力は惜しみませんけどね。

 懐に紙を押し込んで僕は馬鹿兄貴の部屋から逃げ出した。




「唾でもつけておけ。全く」


 酔っぱらいの喧嘩で呼ばれた医者……キルイーツは、馬鹿な患者2人がちゃんと仲直りできるようにと、額と額を魔法でくっ付け放置した。

 怪我の方は大したことはない。骨折ぐらいだ。骨折箇所を繋いで魔法で固定すれば済む。あとは木の枝でも当てておけば十分だ。


「忙しいというのに……」


 呆れて帰ろうとする医者をくっ付けられた男同士が騒ぎ出す。

 終いには『唾が口に入った』と互いに罵り合うがキルイーツは目も向けない。


 下町……スラムにほど近い場所に来た彼は、物のついでとばかりに軽く通りを歩いて回る。

 見知った者は気軽に声をかけてくるが、キルイーツは特に返事などしない。


 彼がするのは顔色の確認だ。


 顔は色々な情報を発してくれる。もちろん顔に出ない病もあるが、それは仕方がない。

 全てを救うことはできないとキルイーツは理解していた。


 フラフラと歩き幾人か軽い手当てをして彼は帰路へ着く。


 歩き慣れた道を行くと、この時季に頭からフードを被ったローブ姿の人物が目に入った。

 はっきり言えば怪しい。怪しすぎる。

 何かを探す相手の前を通り過ぎ……キルイーツは足を止めた。


「お嬢さん」

「……」

「病気かね?」


 顔色を見てキルイーツはそう尋ねていた。


 はっきりと言えば相手の顔色はあり得ないものだった。

 しいて言うなら死体が動いている感じだ。

 血の気の無い黄土色をした肌は生きた人の色をしていない。


 確認しようとして一歩踏み出す彼に、相手は2歩下がった。


「案ずるな。我は医者だ」

「イ者?」


 唇が動いたようには見えなかったが声は聞こえた。


「ああ。あっちで治療院をしている者だ」

「そウ」


 独特なイントネーションのある声だった。

 故にキルイーツは増々疑いの目を向ける。


「病気であるなら診察しよう。代金の心配は要らん。最近少し大口の患者が入ってな」


 国で有名な大金持ちの常連は寄付と称して大金を置いていく。

 おかげで患者を拾って帰っても姪……弟子も文句や小言を言わなくなった。


「大ジョウ夫」

「……そうか」


 相手がそう言うならば無理は出来ない。

 無理は出来ないが……後ろ髪を引かれる思いで彼は彼女に背を向けようとした。


 と、顔と同じ色をした手が彼の胸の上に置かれていた。ちょうど心臓の上にだ。


「簡単二出来ソウ」

「っ!」


 一瞬で距離を詰めて来た相手がそう告げて離れていく。

 キルイーツは再度確認した。彼女の目は……瞳孔が開ききっていた。


「次デ最後」

「……」


 離れたローブ姿の存在はただただ冷たく声を放つ。


「次ハ貴方ガ死ヌ時」


 スルスルと足音を立てずにその存在はキルイーツから離れていった。




~あとがき~


 ユニバンス王都内で色々と暗躍する者たちが。

 虫の知らせを受信したアルグスタは居心地わる~と思っています。


 キルイーツの元には動く死体のような存在が。

 彼女は言う。「次ハ貴方ガ死ヌ時」と…




(C) 2021 甲斐八雲

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