見つけたぞ女狐!

 ユニバンス王国軍・中央



「ヤージュとトリスシアが行方知れずだと?」


 帝国軍の中央部隊を打ち破ったキシャーラは、そのまま方向を変え敗走していた敵の左翼軍を襲撃した。

 攻撃は成功し、わずかに生き残った兵たちの救助にも成功していた。


 だが右翼を担っていた将である2人の姿はどこにも無い。聞けば1人で敵陣深くまで飛び込んだトリスシアの救出のために、ヤージュは部下を引き連れ向かったらしい。

 そして捕らえた敵軍の将から話を聞けば、今までにないほど凶暴化したトリスシアに襲われ敗走したという。


 考えられるのはただ1つだ。

 あくまで可能性だが、キシャーラは何となく理解した。


「そうか。娘を救い……そして逝ったのか」


 自然と視線が空を向き、キシャーラは込みあがる感情に封をした。


 今はまだ泣くこともできない。

 敵は敗走しているだけで決してこの戦いは終えていない。


「ユニバンス本国の兵たちに後れを取るな! 怪我人や捕虜は後方へ送り、無事な者たちはこのまま追撃をする」


 剣を抜いてキシャーラは逃げていく敵の背に目を向ける。


「このまま奪われた領地を全て取り戻す。ついでに敵の領地もだ!」

「「おうっ!」」


 兵たちの力強い返事を聞き、キシャーラは一粒涙を落した。


 今はそれが精いっぱいだった。




 帝国軍後方・森の中



「……」


 ボロボロの状態でそれは歩いていた。


 グシャグシャに乱れた髪の毛は血肉に汚れ酷い有様になっている。

 纏っている衣服は高品質の物だがそれも血などで汚れていた。上半身を保護するプラチナの鎧も同様だ。

 

 半開きの口からは絶えず涎が垂れる。

 それを彼女が気にすることもない。


 千鳥足のようにも見える足の運びだが、彼女は決して酔ってなどいない。

 ただ正気を失い定まらぬ視線を激しく揺らしながら本能のまま足を動かしていたのだ。


『逃げたい。逃げ出したい』それが彼女を動かしている原動力だ。


 何から逃げたいのか、何から逃げ出したいのか……そんなことは思い出せない。分からない。

 ただ怖いから、この場を離れたいのだ。


 故に足を動かす。


 時折彼女の太ももを新しく濡らすのは、自制が利かなくなった膀胱から垂れ流れる液体だ。

 恥も外聞も何もない。今の彼女は知性の無い生き物……立って歩くだけの獣だ。


 ただ獣は、弱い獣は……より強い生き物に捕食されるのが世の常だ。

 だからこそ食物連鎖が成立する。


「見つけたぞ女狐!」


 全身を人の血肉で汚した食物連鎖の頂点に君臨する存在に見つかるが、彼女は何も感じない。もう感じ取る正気は無くなっていた。

 故に逃げているのに進路を変えず歩き続ける。強者の前へと。


 本能のまま歩く存在を強者……トリスシアは手を伸ばし捕まえた。

 片手で握るように、相手の骨が折れるのも気にせずに、だ。


「あひっ! あひひっ!」

「何だいその面は? 薬でも使ったか?」


 溢れ出る内からの怒気で目を大きく剥いて、トリスシアは手の中の存在を見つめる。


 たぶん壊れている。理由は分からないが相手は壊れている。

 正気を失い、糞尿を垂れ流し歩いて彷徨うだけの存在にまでその身を落としていた。


 きっともう殺す必要もない存在だと理解した。が……


「ダメだね。許せないんだよ!」

「あびっ!」


 口や鼻から血を吹いた帝国軍師。

 原因はトリスシアが怒りの余りに強く握りしめたからだ。


 ほぼ全身の骨を砕かれた存在は、虚ろな目で笑う。笑い続ける。

 その様子が増々トリスシア怒りに火を注ぐことになった。


「お前を殺した証拠で頭は残してやるよ」


 空いているもう片方の手で軍師の頭を掴むと、蓋をされている瓶でも回すようにグリッと手の中の存在を捻る。

 一気に血が溢れ出てトリスシアの両手を濡らした。


「そして残りは……」


 握っている首から下を口に運び、彼女はそれを食らいだした。


 獣の肉でも食らうかのようにただ口を動かし喉の奥へと流し込む。

 時折吐き出すのは彼女が身に纏っていたプラチナ製の鎧だ。絶対の強度を誇る鎧でさえ、オーガの強靭な顎を敵にして勝つことはできない。


 頭部だけ残し……帝国軍師はこの世からその存在を消した。


「不味すぎて吐きそうだよ」


 地面に座り込みトリスシアはそっと顔を上げた。


 込みあがって来る物は、吐き気ではなくて言いようの無いモノだ。

 グッと胸が押し潰されそうなほど辛く……何より視界がぼやけて何も見えやしない。


「なあヤージュ? アタシの胃袋の中はどうだい? ちゃんとあの憎ったらしい女狐も送ってやったんだ……だからさ」


 込みあがる感情に、溢れる涙にトリスシアは言葉を詰まらせる。


「アタシの胃袋でさ……あの女狐を思いっきり殴り飛ばしてやんな。それがアタシの父親ってもんだろう? なあ……父さん」


 口を閉じオーガはその場で動きを止めた。


 キシャーラの部下たちが捜索に来るまで、彼女はその場でずっと座り続けていた。

 ただ1人で、ずっと。




 ユニバンス王国軍・左翼



 戦いは終わった。僕はノイエに抱えられコッペル将軍たちと合流した。

 こっちは予定通りカミーラがカミーラ無双をして圧勝したそうだ。

 想定外はコッペルの爺様が『カミーラの存在を知っていたのですか!』と詰め寄って来て追い回されたことだ。


『適当に言い訳しておいて』とカミーラに丸投げした僕も悪かったのだろうが、何でも姐さんは現在グローディアの護衛をしているという自己紹介したそうだ。

 理には適っているけれど、後々問題になりそう……うん。全部あの馬鹿従姉に責任を回そう。


 良いんです。そうすれば僕の溜飲が下がります。ところで溜飲って何だろう?


 僕の腕に抱きついて離れないノイエと共に僕は頭の傷を見てもらった。

 何か硬い物でも当たって切れたと告げられ……数針縫った。目を向けないようにしていたけどそこそこの怪我だったらしい。

 ついでに言えば治療後頭に包帯を巻く僕を見たノイエが、増々抱きついて来て離れなくなったけど。


 それ以外の怪我は基本打撲だ。安定の打撲だ。落ち着いて考えると裂傷なんて珍しい。

 怪我人の名物台詞『血が足りねえ。何でもいい。じゃんじゃん持ってこい』を発してノイエと一緒にご飯を食べる。


 モグモグとご飯を食べていたら何処からかミシュが湧いてきて報告を受けた。




「オーガさんとヤージュさんが行方不明?」

「だって。右翼側は決死戦を挑んだからほぼ壊滅。生き残りは数百人」

「……えぐいな」


 3,000人が数百人って……それが戦争だと言われればそれまでだけど。


「中央は領主が勝ってここも勝った」

「うむ」

「……カミーラの件は王都に報告するけど?」


 チラリとミシュがこっちを見て来た。


 はっきり言おう。カミーラに助っ人を頼んだのは僕だがあとは知らん。


「全部馬鹿な従姉に付けといて。僕も聞かされてなかったから」

「……物凄く面倒くさいことになりそうなんだけど?」

「知らん。全てあの馬鹿な従姉が悪い」

「そう言うならそう報告するけど~」


 何よその手は? まさかこの僕に対して賄賂的な物を要求するのか?


 全てはあの馬鹿な従姉がやったことで僕は知らないのです。本当です。


「本当に知らないものは知らない」


 懐から硬貨入れを出してミシュの手に置く。


 全財産だ。持って行け!


「……知らないなら仕方ないね。うん」


 中身を確認してミシュが同調してくれた。


 我々は可哀そうなグローディア被害者の会なのです。


「とりあえず今の報告はそんなところかな?」

「ん」

「所でアルグスタ様?」

「何かね?」


 ミシュの視線がチラチラと辺りを見渡す。


「おたくのチビは?」

「……屋敷に居るのでは?」


 前線に出る前にちゃんと屋敷に置いて来たよ。

 本当は一時帰宅と考えていたけど傍にポーラが居ると本当に便利だから……ついつい手元に置いておいた。


 けれど今日は心を鬼にして、ちゃんとロープで縛ってベッドに置いて来た。


「後で解いておいてと言われていたから部下が見に行ったんだけど、ロープだけが残ってたって報告が……あのチビは縄抜けまで習得してるの?」

「……」


 つまりポーラはまた好き勝手に……と言うかあの馬鹿賢者を野放しにした!


「ノイエ! ポーラを探してきて!」

「……ヤダ」

「ノイエさん?」


 ずっと甘えん坊モードのノイエが離れない。何があった?


「アルグ様と一緒」

「分かった。僕ごと運んで良いから探して!」

「んっ」


 ひょいとノイエが僕を抱えて……降ろした。


「ノイエさん?」

「来る」

「はい?」


 と、僕らが居る天幕にポーラが入って来た。


「にいさま。ひろいました」

「……」


 何故か宝玉を手にしてだ。




~あとがき~


 頭の中身を頂かれた軍師さんは、遂に見つかってしまいました。

 復讐の鬼と化したトリスシアに。


 ただ復讐を終えても1人になってしまったオーガさんは…。


 甘えん坊モードのノイエは旦那様から離れません。

 それに勝手をしたポーラが何故か2個目の宝玉を抱えてご帰還です




(C) 2021 甲斐八雲

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