祈りの時間は必要か?

「で、お馬鹿な賢者様よ?」

「何よ」


 完全に拗ねた馬鹿賢者が、ポーラに準備させたお茶を注いだカップに口をつけてグビグビと飲んでいる。やけ酒の様相だが、幼いポーラがしていると危なっかしい感じでお茶を飲む少女にしか見えない。見ててほのぼのして来る。


「色々と質問があるから全部白状しなさい。まずはどうやってここに来たの?」


 ミシュの話ではポーラは転移の魔道具を見張っていた彼女の部下を眠らせたとか何とか。

 つまりは何かしらの方法であの魔道具を使いここにやって来たと考えるのが正解だ。


「簡単よ」

「ふむ」

「有無を言わさず強引に転移魔法を使って」

「お前の鼻に山葵をねじ込むぞ? 皮付きのまま」

「無理~! そんな太いのは無理っ!」


 騒ぐ馬鹿にやる気のない視線を向ける。


「で、本当は?」

「何よ~。淡白ね?」

「質問が多いから1つ1つで立ち止まりたくない」

「分かったわよ」


 やれやれと言った様子で、ポーラの体をして賢者が髪をかき上げた。


「あの2人に協力して転移魔法の仕組みを全部暗記しておいたの。で、こっちはこっちで新しい物を作って追いかけて来たのよ。

 屋敷の近くに大規模な魔法陣を描いたからそこから飛んできたの。それと魔力は別の所から拝借して使ってるわ」

「別の所?」

「そうよ。屋敷から見て北に魔力をいっぱい扱う場所があるでしょう?」


 北……まさか?


「門?」

「正解」


 ニコッと賢者が笑みを向けてくる。


「あの門の製作には私も一枚噛んでて裏技を聞いて知ってる。で、同じ転移魔法だから引っ張って来た魔力をため込んでいつでも使えるようにしてあるの」

「……なんか色々な法則を無視してません?」

「気にするな少年。元々その法則を作ったのが私たちだし~」


 そうでした。


「それに転移魔法の魔力だから貯めたり使用したりできるけど、それを別の物に使おうとすると変換効率の都合で大した力を引き出せなくなるのよね~。

 私って大規模の遠距離魔法は得意なんだけど、大規模術式は作ってから研究とかしなかったから、今更ながらに反省しているわ。そうそう。帝国軍の伏兵は私が雷撃の魔法で痺れさせてあげたから。装備が鉄の鎧とかだと本当に狙いたい放題よね」


 久しぶりにデカいのが撃てて楽しかったと馬鹿が喜んでいる。

 落下して来たのは空に浮かんでいたら魔力切れになったとか。

『流石にあの時は焦ったわ~』と笑うこの馬鹿は野放しにしちゃダメだ。


「今からでも遅くない。大規模術式とか研究すれば? つかしろ。表に出るな」


 思わず本音が溢れ出た。

 けれど小さな可愛い妹の姿をした大馬鹿者がチッチッと顔の前で指を振る。


「面倒くさいから嫌よ。私はフィールドワークを愛する行動派なのよ。何よりそんな細々とした研究はそっちの中に居る子にさせなさい。専門なんだし」


 賢者はノイエを指さした。

 確かに術式の魔女と名高いアイルローゼは専門家である。が、作った本人が専門じゃないのは言葉がおかしくないか?


 何も理解していないのかノイエは普段と変わらず静かなままだ。基本ノイエは自分から話題を振ることは少ないけど。

 諦め半分でため息を吐いていると、上機嫌なポーラが口を開く。


「それと貴方が使っている転移魔法……その使い捨て技術は私の提案だから」

「だろうね」


 分かってる。使い捨てカートリッジの発想は地球人的な思考だ。


「で、その管理を中の王女様に命じたから確りとやりなさい」

「面倒くさいな~」


 勝手にしておいて管理しろとか何様だよ?

 とんでもない問題児で三大魔女の1人らしいけどさ。


 僕のやる気のない態度にポーラが真面目な顔を作った。


「あら? あの技術は実は危険よ? その昔この大陸の隣にあった実験場……コホン。別の大陸はその技術で人の死に絶えた不毛の大地になったんだから」

「ちょっと待て! 色々と待て!」


 今なんて言った? 別の大陸だと? そんな話は聞いたことも無いが、実験場って言ったよな?


 停止を求める僕に対し、何故か馬鹿が笑いだすと立ち上がって小躍りする。


「待たないわ! 私は走り出したら止まらない女よ!」

「止まれって!」

「無理よっ!」


 何故かクルクルとバレリーナのように回りだした。


「説明しよう! 実はこことは別の場所、貴方たちが暮らすユニバンス王国の東方にその場所はあったのです! 昔は現在の共和国がある辺りから船で行き来して居たりしたのですが、隣の大陸にもここと同じように人がこちらの大陸よりも多くの人々が住んで暮らしていました。

 ですが人が多ければ欲も多くて、人々は国を作って争い合っていたのです。そこで私たちはちょっとした実験……平和的な解決法を模索して色々と知恵を与えてみたのでした。豊かになればと色々な技術を教えては実験して、その成功例だけを私たちが住むこの大陸に広げたりして本当に役に立つ場所だったのよね~。でも使い捨て術式の実験は失敗でした。互いに兵器を作って潰し合いをして……挙句に術式を作っていない別の工房なんかも破壊して、危険薬物とかが大流出。私たちは責任を感じて行動に出たのです!」


 回っていた馬鹿がピタッと止まった。


「海上に大型のドラゴンを配置して船で行き来できないようにして、あっちの大陸と行き来する転移魔法も禁止しました。結果50年くらいでこっちの大陸の人たちは他に大陸があると言うことを忘れ……そして私たちは勝ったのです!」

「何にだよ?」


 僕のジトッとした視線とツッコミに、両手を広げて額に汗を浮かべた馬鹿が視線を逸らす。


「えっと……過去の失敗に?」


 証拠を隠滅しただけだよね? それも大陸サイズで?


「臭い物に蓋をしただけだよね?」

「女って……世に出せない秘密がいっぱいある生き物なのよ」


 自分の腕で自分を抱いて馬鹿がそんな恐ろしい……


「まだ何か隠してないよな?」

「何も聞こえませ~ん」


 両耳を手で塞いでポーラが僕に背を向けてしゃがみこんだ。


 まだか? まだ何か隠しているのか?


「白状しろや! この馬鹿賢者!」

「馬鹿じゃないですぅ~。馬鹿に馬鹿っていう方が馬鹿なんですぅ~」


 ポーラの姿をした馬鹿が唇を尖らして煽ってきやがる。


「なら馬鹿と言わなければ自分が馬鹿だと認めるんだな?」

「違いますぅ~。馬鹿は指摘されないと自分が馬鹿だって分からないんですぅ~。だって馬鹿だからぁ~」

「無性に腹が立ってきた!」


 立ち上がろうとする僕を抱きついているノイエが制する。


「邪魔をするなノイエ! あの馬鹿を1発殴らないと僕の何かが我慢できない!」

「いや~ん。お姉ちゃ~ん。怖いお兄ちゃんが怒るの~」


 手を離せノイエ。後生だ。あの馬鹿を殴った後なら何でも言うことを聞くから!


 と、ノイエの両手が僕から離れた。


「1回だけ」

「あの~ノイエさん?」


 何故か嬉しそうにノイエが僕の顔を覗き込んでくる。


「アルグ様を好きにする」

「……」


 つまり僕の心の声がノイエに届いたのだな! 流石我がお嫁さん! 愛しているよノイエっ!


「そういうわけでお嫁さんの許可も得たし……なあ馬鹿賢者?」

「あれ~? ちょっと~?」


 立場を悪くした賢者が顔色を悪くする。

 僕はすかさずハリセンを取り出した。


「な~に案ずるな。骨は拾う」

「あはは~。だが忘れているわね! 私には緊急脱出と言う裏技がっ! や~い。ば~かば~か!」


 舌を出してさらに煽って来る馬鹿賢者の右目から模様が……消えない。


「ちょっと! 何こんな時に限って根性で抵抗してるのよこの子は!」


 慌てた賢者が狼狽える。

 流石我が可愛い妹だ。お兄ちゃんの気持ちを汲んで頑張ってくれたのだろう。


「おい馬鹿?」

「はひ?」


 問いかけに冷や汗を浮かべた賢者がゆっくりと僕を見る。


「祈りの時間は必要か? 神殺しの魔女さんよ?」

「……土下座したら許してくれますかね?」

「その時は頭じゃなくて尻を叩く。好きな方を選べ」


 パシンパシンとハリセンを打ち鳴らしながら詰め寄ると、馬鹿は涙ながらに……立って受け入れることを選んだ。


「私だって三大魔女と呼ばれた女よ! かかって来い!」

「往生せいやっ!」


 全力の1発に……賢者さんがそのあとマジ泣きしていた。




~あとがき~


 前線の近くに居るのに平和だわ~w


 アルグスタたちの暮らしている大陸の東方には、もっと大きな陸地があって数多くの人が暮らしていました。で、その場を実験場にしていた魔女たちの手により存在は闇の中に…。


 煽りすぎた魔女は主人公のハリセンチョップをもろに食らいましたw




(C) 2021 甲斐八雲

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