切って確認するしかないわね

「ホリーが荒れてるね」

「だぞ~」


 まだ未完治の腹を両手で押さえながら、レニーラは外の様子を……というか完全にキレているホリー越しに外を見る。

 隣に座るシュシュもフワフワしているが、その動きはどこかシャープだ。


「でもあの女は死んで良いよね?」

「だぞ~」


 2人の意見は一致した。


 ノイエの悪口など許せるわけがない。

 挙句に彼にも喧嘩を売っているのだ。万死に値する。


「ホリーならあんな馬鹿女をコテンパンにしてくれるよね?」

「ん~」


 フワっと立ち上がりホリーの周りを一周して来たシュシュは、ちょこんと座り直した。


「完全に~昔の~ホリーに~戻ってる~ね~」

「それは相手に同情するわ」


『死の指し手』と呼ばれていた殺人鬼に戻っているホリーはとにかく恐ろしい存在だ。


 強力な魔法を使えるわけでもない。

 強靭な戦闘力を持っているわけでもない。

 ただ誰も到達できないであろう領域で彼女は遊びだす。


 何百手先を予想して行動する。だから本気の彼女は手に負えない。


「ならそっちはホリーに任せて……あっちは?」

「抵抗する~リグを~抑え~つけて~」


 シュシュはスッと自分の腹を指先で上から下へと線を引いた。


 アルグスタが仕入れてくれた情報から、暴君グローディアが『切って確認するしかないわね』と告げたのだ。幼少の頃から重ねて受けた体験から痛みを伴う行為を嫌う彼女は激しい抵抗をした。だがシュシュが封印し、そしてアイルローゼが複雑な表情をして引きずって行った。


 痛がるリグを思う気持ちが少しと、未知の魔道具に触れられるかもしれない気持ち多数に……魔女は浮かび上がりそうになる笑みを必死に噛み締めて誤魔化していた。

 可愛がっているリグが相手でも魔女の欲は止められないらしい。


 せめてもの配慮でシュシュは、リグの口を塞いでおいた。故に悲鳴は響いてこない。


「麻酔も無いっていうのが残酷だよね」

「だぞ~」


 継続して魔法を使っているシュシュは、自分の中から魔力が抜けだすことを感じていた。


 あまり時間をかけられると外に出る魔力が無くなるから勘弁して欲しい。

 出来れば彼と一緒にケーキを食べて……


「いやんっ」

「シュシュ~?」

「コホン。だぞ~」


 顔を真っ赤にしながらシュシュはわざとらしい咳払いをして色々と誤魔化した。


 ジトッした目を隣に向けたレニーラは、大きくため息を吐いて自分の腹を撫でる。

 出血はもうない。けれど中が手に取るように分かる。ポッカリと穴が開いているからだ。


「子宮ってこれだっけ?」

「レニーラが~確認~しても~意味~ないぞ~」

「だよね」


 自分の腹の中を弄ったレニーラは大人しく手を引き抜く。

 痛みはあるが比較的慣れているから苦にはならない。


 何かと悪戯をしすぎる彼女は、融かされたり燃やされたり砕かれたり潰されたり断たれたりと……死ぬ程の苦しみをずっと味わってきた。だからリグほど痛みに対する拒否感は少ない。

 好きというわけでもないが。


「それでリグのお腹の中に鍵があったらどうするんだろうね?」

「ん~」


 フワフワしながら揺れるシュシュも少し真面目に考える。


 グローディアが指示を出したということは、基本国を思って行為だ。

 あの暴君王女は、ノイエと国のことを一番に考える。


「もしリグの中に鍵があってその魔道具を手に入れたら……」

「うわ~。アイルローゼがまた尻を振って喜びそうだね」


 シュシュの考えにレニーラは心底呆れた声を発する。


 そんな恐ろしい魔道具を手に入れたらあの術式の魔女は狂ったように撫でまわすことだろう。

 正直に言えば、子供に玩具を与える行為に等しいのだ。


「それを想定しているのかな~」

「かな~?」


 2人はそろって首を傾げ、視線を外に向けた。


 外で動きがあったのだ。




『盤上遊戯』と言うゲームがある。

 この世界に存在するチェスと囲碁を合体させたようなゲームだ。


 一度やっているところを見たけれど、僕には無理だと判断して諦めた。

 だって駒1つ1つに特徴があって、技能があって、何より攻撃にサイコロを使うとか意味が分からない。サイコロの目や技能によっては攻撃を仕掛けた方が負けることもあるのだ。


 それをある程度判断しながら駒を配置して陣地を獲得して勝たなければいけない。


 僕には無理だ。脳内で管理しきれない。

 素人はテキストを見ながらメモを取りゲームする……コンピューターって偉大なんだなと、しみじみ思う。


 勝利条件は本拠地を攻め取るか、敵の駒を全滅させた方の勝ちだ。

 それともう1つの終わり方がある。時間切れだ。

 これはプレイヤーの持ち時間が無くなったら負けと言うものだ。


 そんなゲームの盤が机の上に置かれ準備が進む。

 盤を挟んで帝国軍師とノイエの姿をしたホリーお姉ちゃんが座っている。


 まず互いに駒を選ぶ。盤の上に駒を置いてお互いに1つずつ取っていくのだ。

 当たり前だけど強い駒から取っていき……あれ? ホリーさん? その辺の駒は雑魚では?


 最初に2体ある最強種であるドラゴンを取り合ってから、ホリーがそこそこの強さの駒を手に取り、それから支援型の駒を取っていく。

 対して軍師は攻撃型の強い駒をガンガン取っていく。


 対照的な感じだけど大丈夫か?


「そんな使えない駒ばかり取って大丈夫なの?」


 上から目線で軍師が声をかけてくる。


 素人の僕が見てても不安になる駒のチョイスだ。自称最強の彼女からしたら愚行に見えるのかもしれない。


「あら? 帝国軍師は駒が強くないと戦いに勝てない無能なの? 余程弱い相手とばかり戦ってきたのですね。

 ああ。ドラゴンを使って拾ってきた勝利でしたっけ? 本当に無能は大変ですね」

「……ドラゴンが無くても勝てますが?」

「だったら負けた時の言い訳でも考えながら口を閉じててください」

「……」


 うわ~。視線で人を殺しそうな感じな凶悪な表情に。

 それを微笑んで受け流している風のお姉ちゃんもキレっぱなしだ。


 これは絶対に荒れる。できたら逃げ出したい。


 駒の振り分けが終わって、お互いに次の準備に移る。初期配置だ。

 盤の中頃に衝立を立てて決めれた範囲に駒を配置する。お互いが配置を終えたら衝立を退けてゲームスタートだ。


 ってお姉ちゃん? その配置は正気ですか?


 衝立が退いて帝国軍師が眉間に皺を寄せた。

 ホリーは唯一最強の攻撃ユニットであるドラゴンを単機で最前線に置いている。あとの駒は後方に置かれているのだ。


「貴女は本当にこの遊戯を理解しているのですか?」

「ええ。だからこの配置です」


 微笑みながらお姉ちゃんは勝手に次の準備を始める。

 砂時計を手にした。5分の物が5本。10秒の物が1本。その6本だ。

 これはずっと考え続けることを禁止するための囲碁や将棋に見られる奴だ。


 最初の10秒をひっくり返し、10秒以内に手を打てないと5分の物をひっくり返す。

 ただこの5分の物は、途中でひっくり返して砂の流れを止めても砂が元に戻らない。全て落ち切らないと逆流しない魔道具なのだ。


 だから本ルールの盤はとても高額なのだ。

 街の人たちが遊ぶ場合は、この持ち時間は意外と適当になる。


「準備は出来たかしら?」

「ええ。いつでも」


 ホリーの声に、余裕綽々といった感じで軍師が応じた。


 2人は6面のサイコロを手にするとそれを振りあった。

 軍師が2でホリーが4だ。先手はホリーになった。


「なら始めましょうか」


 告げてホリーが5分の砂時計を全てひっくり返した。


「何をっ!」


 慌てた軍師が立ち上がりかけ声を上げる。


「手加減よ」

「なに?」


 クスリと笑ってホリーが応じた。


「貴女のような無能の馬鹿を相手にこんなに時間は必要ないの」


 指先を伸ばしてホリーは10秒計をクルクルと動かす。


「私にはこの10秒があれば十分よ」

「……」


 物凄い憎悪の目で軍師がノイエを睨みつける。

 流石の僕だってホリーの言葉に軽く引いてるしね。


 と言うか……真面目にやればこんなにカッコイイのに、どうしてホリーはいつもあんななんだろう?




~あとがき~


 ノイエの中ではグローディアとアイルローゼがリグを引きずり…開腹手術決行です。


 そしてマジ切れしているホリーは止まりません。

 自分が得意としているゲームで帝国軍師を相手に圧勝する気なのでしょう。


 で、いきなり持ち時間を大放出です。大丈夫か?




(C) 2021 甲斐八雲

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