思い出したくないわよ

「もうね。僕はへとへとだよ」

「だいじょうぶですか?」


 馬車に揺られながら自宅へと向かう。


 本日のノイエは仕事を終えると僕の所へ飛んできて、正面からチュッとキスして『お姉ちゃん』と告げて飛んで行った。

 自宅に居るであろうグローディアに逢いに行ったのだろうが……あの馬鹿はちゃんとノイエに説明したのかな? ああ。ノイエが真面目に仕事に行くように仕向けて逃げた感じか?

 絶対にノイエが拗ねるパターンだよ。


「お~いミネルバさん」

「お呼びでしょうか」


 馬車の扉が開いてミネルバさんが飛び込んでくる。


 スッとロングスカートを押さえて彼女は奇麗に着地してみせた。

 御者席に居たはずなのに何をどうやったら走行中の馬車の扉を開けて入って来れるのだ? それに脛を覆う鉄製の何かが見えた気がするが気のせいだろうか? もしかして筋トレ用具ですか? あの叔母様の弟子ならあり得るな。うん。


「あの馬鹿は今朝ノイエになんて言ってたの?」

「はい。グローディア様は『私の可愛い妹が仕事の一つも放り出すの? 情けない』と告げておりました」

「納得。それなら負けず嫌いのノイエなら仕事に行くね」


 動く馬車の中でスッと立っている彼女はやはり何かがおかしい。


 この馬車は僕がノイエとイチャイチャ出来るように大半が椅子という特注品だ。

 何気に土足で入れる場所は少なく、片足でつま先立ちするようなスペースしかない。つまり彼女はそれをしているのだ。


 やはりこの国のメイドは何かが狂っているぞ?


「つま先立ちで疲れない?」

「疲れですか? 失礼ながらアルグスタ様は普通に立っていて疲れますか?」

「ずっと立ってたら疲れるけどね」

「そうですね。でも少しの時間なら辛くはないかと」

「まあね」

「私のこれもそれと同じです」


 薄い笑みを浮かべて答えてくる彼女の言葉は何かが狂っている。

 そしてウチの可愛い妹様はどうして『私も頑張ります』的な感じでギュッと両手を握っているのかな?

 あれは特殊な訓練を受けた人のみが出来る特殊な技術です。


「他に御用が無いようでしたら私はこれで」

「ああ。ごめんね」


 静かに頭を下げて彼女は馬車の外に出る。何度も思うが走行中なんだけどね。

 でも確認してみると彼女は御者席に座っていた。ウチのナガトは御者など必要としない馬なので座席代わりに使っているのだ。


 またポーラと2人に戻って僕は椅子にもたれかかる。

 ちなみにポーラはいつも椅子の隅に腰かけて僕の方を見ているのです。普段は隣にノイエが居るので……ああ。昨日賢者と話してて寝不足だからこんなにも体が重いのか。


「ポーラ」

「はい」

「隣に座る?」


 パァ~ッとポーラの顔に笑顔の花が咲いた。

 這うように僕の横に来た彼女を軽く抱き寄せる。

 ノイエの代わりは……色々と足らないけど可愛い妹なので十分抱き枕になる。


「屋敷に着いたら起こしてくれる?」

「わかりました」


 目を閉じてゆっくりと息を吐く。

 あ~。なんか吸い込まれるように意識が遠のいていくわ。


「おうまさん。ゆっくりがいいです……」


 遠くでポーラの声がしたような気がするけれど、僕は意識を手放して眠りについた。




 話はグローディアが部屋から姿を消した頃に戻る。



「あら? 珍しい。何があったの?」


 外から戻って来たグローディアはその様子を懐かしんだ。

 昔は良く見た景色だ。けれどノイエが結婚してからは格段に見る機会が減り、最近など全く見ない。

 前回はいつだったかと思い出せば、該当するのは刻印の魔女が姿を現した時とも言える。


「で、誰が暴れているのかしら?」

「カミーラよ」

「あれが?」


 返事を寄こしたのは中枢に居る歌姫だ。

 彼女がその耳で暴れているカミーラを追っている。


「それでこれは?」

「ミャンよ」


 顔の真ん中を貫かれたのか、頭の真ん中に穴を開けているのがどうやらミャンらしい。

 ピクピクと痙攣しているから……そのうち復活するはずだ。


「邪魔だから捨ててきてくれる?」

「せっかく~運んで~来たんだ~ぞ~」

「邪魔よ。捨ててこないなら燃やすわよ」

「は~い」


 幼馴染の足を掴んでメイド服姿のシュシュが、彼女を引きずるように運んでいく。


「それでカミーラは?」

「ええ。今は深部に向かっているみたいよ」

「深部?」


 問うグローディアにセシリーンはかぶりを振る。


「何を考えての行動かは分からないわ。ただ深部に……この音はスハとパーパシね」

「あの2人なら」

「スハが倒されたわ」

「……」


 早すぎる。と、思えばスハは魔剣使いだ。魔剣が無ければただの人か。


「パーパシも終わったわ」

「カミーラ相手には無理そうね」


 そうなると……あの化け物をどうにか出来そうなのは、シュシュかアイルローゼぐらいだろう。


「魔女は?」

「通路で腰を振ってるわね」

「あの馬鹿は……」


 軽い頭痛を覚え、グローディアはもう一度確認する。

 残りの怪我人はホリーだった。


「で、何があったの?」

「もごごっ」

「歌姫?」

「顎が、だそうよ」


 便利な耳を持つ彼女の通訳を得ると事の次第が分かった。


 何でも魔法の練習をしていたホリーと、その指導と言うか……燃え尽きて灰になり膝を抱えて座っていたミャンの前にフラリとカミーラがやって来たのだ。

 そして彼女はこう告げたという。『ジャルスを見なかったか?』と。

 2人そろって見ていないと告げると『そうか。なら肩慣らしに付き合え』と告げてミャンの頭が破裂した。咄嗟に回避したホリーは、逃げる時に肩に一撃を貰ったが運悪くそれが貫通して顎まで壊されたのだ。


「あれがジャルスを?」

「そう言ってたわね。それに深部に向かいながら出会う人たちに『ジャルスは?』と聞いているから」

「……最強決定戦でも始める気になったのかしら?」


 苦笑してグローディアは壁を背に座り込む。


「歌姫」

「何かしら?」

「カミーラに『魔法使いは腕や足だけにしておいて』と告げて。ノイエが困る可能性があるから」

「……魔法を使わない人は?」

「自力でどうにかしてもらって」


 もう興味を失ったと言いたげにドレス姿のグローディアは、ロングスカートに隠れている足を組む。


「カミーラの暇潰しなんていつ以来かしらね?」

「思い出したくないわよ」


 セシリーンの記憶だと数年前だ。あの時は中の者たちの大半を行動不能にした。

 残ったのは王女と魔女とジャルス以下数名だったとか。

 ちなみに早いうちに頭を叩き潰されたセシリーンは、その時のことを人伝に聞いたので詳しいことは知らないが。


「迷惑よね……カミーラのあれって」

「ええ」

「ただ前回刻印の魔女に負けたから思うことがあるかもしれないわね」


 クスッと笑い、グローディアはノイエの目から見える光景を見つめる。

 彼女はベッドの上に居るリスを抱き上げ、宝玉をひょいと自分の頭の上に乗せていた。


 ただ不思議と膨らんでいるベッドのシーツに疑問を持ったのか……手を伸ばし景色が途切れる。一瞬だがグローディアは満面の笑みを浮かべるラインリアの姿を見た気がした。


 やはり自分が従弟の屋敷に現れたと聞いてやって来たのだろう。それで居なかったから代わりに義理の娘を愛でているのだ。外の光景が途切れたのは……どうやらノイエはあの深い愛情を受け入れられないらしい。

 残念だとグローディアは内心で思った。


 本当に興味を失っているグローディアにセシリーンは声をかけた。


「カミーラのあれを迷惑だと思う人が多いはずよ?」

「私に害が及ばなければ問題無いわよ」


 欠伸交じりでそう言い放つ王女に……セシリーンは見えない目を向けて内心で呆れた。




~あとがき~


 外も中も混とんとしてますねw

 ラインリアに襲われたノイエは…そのまま意識を飛ばしております。


 中ではカミーラがジャルスを探して彷徨ってます。何故に?




(C) 2021 甲斐八雲

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