家族で喧嘩はダメ

「アルグ様?」

「ごめんね。仕事は大丈夫?」

「はい」


 コクンと頷くノイエは、僕のお願いを聞いて半日で仕事を切り上げてきてくれた。


 雨期も終わり暖かくなってきてからドラゴンの目撃情報は確実に増えている。けれどノイエに言わせれば『少ない』とのこと。だから半日も真面目に狩ると終わってしまうとか。

 一応モミジさんも待機しているから心配いらないけど。


 ただあの娘……最近はアーネス君とデートばかりしていると言う報告を聞いたな。

 雨期でノイエ小隊が開店休業だったから大目に見るが。


「なら着替えてくれるかな? ポーラ」

「はい」


 控えていたポーラがノイエの傍に歩み寄って着ている服を脱がせる。

 下着姿から全裸へとなって、メイドさんたちがノイエの体を拭いて清める。

 新しい下着を身に着けドレス姿となったノイエはやはり美しい。


 本日は新緑を表現して若草色のドレスだ。

 全体的にシンプル加工で派手さはない。けれどそれがノイエという素材を引き立たせてくれる。完璧だ。いい仕事をした。


「にいさま」

「ほい?」

「こちらのどれすは?」

「ああそっちね」


 もう1着はあの厄介従姉の物だ。色は青にしてみた。


「もう少し待っててね。ノイエの着替えを手伝ってて」

「はい」


 ベッドの上に持っていたドレスを置いてポーラもノイエを手伝う。


 ただ中心となり指揮しているのはミネルバさんだ。流石叔母様の愛弟子……この屋敷に来てすぐにウチのメイドさんたちから信頼を勝ち取り主任的な地位に就いている。

 あれでノイエと同じ歳だというのだからビックリだが。


 と、次の仕事。


 ベッドの上の枕に置かれている宝玉を掴んでそれを床に転がす。

 トトトと駆けてきたリスが宝玉の上に乗って玉転がしをしながら、扉の隙間から廊下へと出て行った。


 何だかんだで仕事をするリスだな。

 そのうち屋敷の近くの空き地に植林して遊び場でも作ってやろう。


 僕は扉近くの壁に寄りかかりノイエの仕上がりを見続ける。

 薄い化粧を施していくノイエが見る見る美しく。このままガラスケースに入れて飾っておきたいわ。


 ビクッとノイエのアホ毛が真っすぐ天井に向かい伸びた。

 とても奇麗な『!』マークだな。


「ノイエが居ると私が霞むわね」

「諦めろ馬鹿姉。素材そのものが違う。何より胸の大きさぐぁっ!」


 脇腹に拳が突き刺さったんですけど? 僕への直接攻撃はできないとか誰かが言ってた記憶があるんですけど……最近その効果はなくなったの? それとも裏設定とかあるんですかね?


 脇を抑えて蹲る僕を無視して寝室内へと進んできた女性に、メイドたち全員が跪く。


「あら? 私はただのグローディアよ。だから跪くならそちらの馬鹿にでもなさい」

「……我らの主人はそのような行為を酷く嫌いますので」

「本当に貴族らしくない馬鹿ね」


 代表して答えるミネルバさんにグローディアが柔らかな笑みを向ける。

 けれど彼女の足は止まらない。真っすぐ……歩いて立ち止まった。


 奇麗に着飾ったノイエがジッとグローディアの顔を見つめている。

 化粧をしていたから椅子に腰かけていた彼女は、そっと立ち上がるとグローディアの胸に迷うことなく飛び込んだ。


「お姉……ちゃんっ!」

「あら? どこかの馬鹿弟とは違ってノイエは私を姉と呼んで甘えてくれるのね」


 支度を終えているノイエを強く抱きしめたくないのか、グローディアは優しく“妹”を抱きしめ返す。

 けれど見ている僕に言わせればあまり意味のない配慮だ。だって全力でノイエが抱きついているんだから、彼女のドレスはもう一度皺伸ばしが必要だな。


「そこの従姉さんや。もし良ければノイエを抱きしめてくれませんかね?」


 面倒くさい姉にそう声をかけると、何故か睨まれた。

 で、グローディアはノイエを抱きしめる。


 本当に面倒臭い奴である。


「ポーラ」

「はい」


 スススと歩み寄って来たポーラは、他のメイドたちと違いグローディアの存在に圧倒されていない。

 流石我が義妹だ。というかポーラも家系図的にはグローディアの従妹にあたるわけか。


「支度が2人分になったけど大丈夫?」

「だいじょうぶです」


 即答だな。我が妹よ?


「なら……」


 視線を向けると気が抜ける。

 甘えてくるノイエの頭を優しく撫でているグローディアの姿を見ていると、邪魔をする気が失せるわけです。


「時間ギリギリまであのままにさせておいて」

「いいんですか?」

「良いんです」


 だってあんなに嬉しそうなノイエの邪魔を僕が出来るわけないでしょう。




「お姉ちゃん」

「もう……本当に」


 呆れながらも甘えてくるノイエの様子に、凶悪王女のグローディアですら表情を柔らかくしている。

 僕はそんな2人を馬車の中で向かいの座席に座り眺めていた。


 この馬車は今日の為に借りてきた王家所有の物だ。

 ウチが所有している馬車は僕とノイエがイチャイチャできるように作られているから、そんな馬車にグローディアを入れたらまた暴れだしそうな気がしたんだよね。


 公式行事用に一般的な馬車も作っておいた方が良いかな。今度発注しておこう。


「で、グローディア」

「あん?」

「睨むな。眉間に皺を寄せるな。仮にも王女だろう?」

「貴方は王子でしょう? 腐っていても」

「あん?」


 相手の挑発に乗って視線を向けると、ノイエが間に割って入る。

 まさかノイエに仲裁されるとはビックリだよ。


「家族で喧嘩はダメ」

「そうよねノイエ」


 キュッとノイエを抱きしめてグローディアがノイエを抱え込む。


「でも出る度にこうしてアルグスタが酷いことを言うのよ」

「ちょっと待て! お前って奴は本当にそうやって嘘ばかり」

「あん?」


 馬鹿従姉の視線よりも、若干非難染みた視線を向けてくるノイエの方が大問題だ。


「というか一度お前は僕を消そうとしたよね? ね?」

「……」


 今度はノイエがグローディアを見つめる。

 さあ怯えるがいい。ノイエの純粋な視線に曝され、自分の行いを悔い改めると良い。


「違うのよノイエ。あれはアルグスタが元の世界に帰りたいと言って」

「……」


 クルンとノイエの顔がこっちに!


「呼吸するかのように嘘を言うな! 言われた僕の方が驚きだよ!」


 何なのこのグローディアって生き物は? サラッと恐ろしい嘘を言ったよ。


「私がノイエに対して酷いことなんてしないでしょう?」

「……」


 畳みかける言葉にノイエが僕を見つめて動かない。


 どうして不利になる?


「ノイエさん」

「……はい」


 ジッと見つめてくるノイエと若干勝ち誇った様子のグローディアのドヤ顔にイラっとする。


 そうですか。ならば僕も禁じ手を使いますよ。


「今夜はノイエといっぱい頑張りたいな」

「っ!」


 アホ毛が立ち上がって……ノイエの視線がグローディアに向けられた。


 さあ苦しむがいい。僕は決してお前なんぞに負けないぞ?




~あとがき~


 余りのいい加減さで忘れていますがアルグスタは王子様ですからね?

 で、王女であるグローディアの方がメイドの扱いに慣れているわけです。


 お城へ向かうアルグスタとグローディアは険悪なムードに。

 この2人って…本当に仲が悪いなw




(C) 2021 甲斐八雲

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