でも逢えない人もいます

「フレアに似て可愛くなるよ」

「……ありがとうリグ」

「うん」


 リグの義父である先生の診察を受けているはずだけど、彼にも診察しきれない部分がある。

 そんな訳で拗ねるアイルローゼ先生には一度引っ込んで貰い、代わりにリグに出て来て貰った。


 もう毒を食らわば皿までだ。


 医者の知識を持つ彼女は細かい診察をし『文句のつけようもないほど元気な子』と太鼓判を押した。


 ただ褐色のノイエを見るフレアさんの視線は複雑だ。

 たぶん視界の端々にフワフワと動く黄色が入っているのだろう。

 あれを連れて帰る手間を考えて欲しい。


「シュシュって有名?」

「……何を指しての言葉でしょうか?」


 若干遠い目をしたフレアさんが疲れた感じで言葉を寄こす。


「先生みたいに有名だと困るんだよね。連れ帰る手間があるから」

「あはは~。頑張れ~旦那ちゃ~ん」


 よく分からんが帰ったら尻の1つも叩いてやろう。


「シュシュは学院内では有名でした」

「そう~なのか~」


 本人自覚無さそうですけどね?


 フワフワと踊るシュシュにため息をつきながら、フレアさんが口を開く。


「シュシュは普段からあれで学院の教師や講師たちからの評価が良くなかったんです。ですが先生は彼女の魔法を高く評価してましたし、私たちも実際にこの目で見てその凄さを知ってました」

「あはは~。褒め~すぎだよ~」


 照れ隠しなのか、シュシュがこっちに背中を向けてフワフワしている。


「私たちの世代では先生が一番の評価を得ていましたが、私たちの中では次点はシュシュだといつもそう言ってたんです」

「でもあれが災いして評価は低かったと?」

「……はい」


 深い深い辛そうな『はい』だな?

 確かにシュシュに関する資料はそんな感じだ。優秀だが不真面目……それが彼女だ。


「何故真面目にやらなかったの?」

「言いたく~ないぞ~」

「言いなさい。旦那さんに隠し事をするような子は要りません」

「酷い~旦那君~だぞ~」


 ピタッと動きを止めてシュシュが振り返った。


「真面目に学ぶと私だけが評価される。1人で目立つのは嫌だったから……でも学院にはアイルローゼが居た。どんなに頑張っても届かない天才が居た。なら真面目に学ぶ必要なんて無いと思った。勝てるわけ無いと思った」


 一番を嫌い、そして一番になれないと知った彼女は……きっと楽な立ち位置に満足したんだろうな。


「……だけど私でも貴女の封印魔法を前にしたら勝てないわよ」

「あはは~。私には~それだけ~だしね~」


 リグから先生へ色を変えたノイエは、まだ子供を抱いたままだ。

 若干ポーラが抱きそうな表情をしているけどスルーですよね? 流石先生です。


「みんな勘違いをしているのよ。私は確かに全体的に強い魔法を使える。でもシュシュのように1つに特化した魔法使いには勝てない」

「でもアイルローゼには禁断の終末魔法が?」

「そこに居るフレアに封じられたわよ」


 全員の視線を向けられフレアさんが、ベッドの上で小さくなる。


「あれは無我夢中で……溶けて液体になるなら強化して固めれば良いと思って」

「思ってそれを実行できるのが凄い事なのよ。言い忘れてたわねフレア」

「はい?」


 そっと子供をポーラに預けると、先生はベッドに腰かける。

 胸に子供を抱いたポーラが凄く嬉しそうにしているのはそっとしておこう。


 フレアさんに優しく笑いかけ……先生はその頬に手を伸ばした。


「あの時の対処は完璧だった。流石基礎の秀才と名高いフレアね」

「先生」

「貴女はもう一人前の魔法使いよ。いつまでも私の弟子では無く次は自分の弟子を持ちなさい」

「……はい」

「うんうん。アイルローゼも~先生~みたいに~……ちょっと~旦那さん~? あ~れ~」


 折角の良い場面を邪魔するなこのフワフワが!


 ガッチリと捕まえてシュシュを2人から遠ざける。

 小振りだけどぴったりフィットな胸の感触は役得だと思っておこう。


「座ってなさい」

「嫌だ~。分かったぞ~」


 背中からギュッと抱きしめてシュシュの暴走を封じる。

 ベッドの上では先生にすがって泣くフレアさんの姿が印象的だった。




「で、問題はこれをどうするかだ」

「あはは~」


 ノイエの体を使った先生は時と場所を弁えている。

 だがこのフワフワはノープランだ。


 仕方なくメイド服を一着借りて……僕がハリセンを取り出した。


 気のせいか魔法を使うより出番の多いハリセンだな。全く。


「何色が良い?」

「アイルローゼの~ような~赤い~髪が~良いぞ~」

「そうか」


 リクエストにお応えしてシュシュの色を赤くする。

 色が変わるだけで印象が変わる。何か凛々しいと言うか真面目な感じに見える。


「それでフワフワを止めたら出来るメイドに見えそう」

「本当? なら頑張ってみる」


 フワフワを止めて静々と歩くシュシュは悪くない。凄く良いかも。


「ところでアルグスタ様?」

「何でしょう?」

「そのシュシュは?」

「あ~」


 どうやらフレアさんは忘れてくれないご様子だ。困ったもんだ。


「先生と同様にシュシュとリグがノイエの中に居ます。これは宝玉の力を使って約1日だけ本来の姿で外に出れるようにした魔道具の効果です。製作者は誰か分かるでしょ?」


 貴女は何せ魔道具作りに関し魔女の称号を得た人物の弟子なのだから。

 何とも言えない表情で頷くフレアさんに……一応念を押しておくか。


「これはこの場に居る人しか知らないことなので口外しないでね」

「もししたら?」

「また先生と戦ってみる?」


 顔色を蒼くしてフレアさんが左右に顔を振る。


「先生もフレアさんとは戦いたくないだろうから秘密にしておいてよ。そうすればこんな風に級友に逢えるわけだし」

「……でも逢えない人もいます」


 ポツリと呟いて彼女はそっと我が子の頬を触る。


「それは仕方ないよ」


 気持ちは分かる。僕だって母さんを喪ったしね。


「でも逢うことが出来るって素晴らしいことだと思うよ」

「そうですね」


 クスッと笑う彼女の表情は……出会った頃のものとは違い何か憑き物が取れたそんな感じに思えた。




~あとがき~


 級友たちと語らいフレアは懐かしく楽しい時間を…たぶん過ごしたでしょう。

 で、シュシュは色を変えてテイクアウトです




(c) 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る