つまりノイエの中に?

「大変なようだな?」


 出迎えた兄に対し弟である彼は頭を掻いた。


「ああ。馬鹿共が恨む恨む。探られて困るなら最初から上手くやっとけと言いたくなったよ」

「その言葉は愚痴だけにしておけ」

「分かってる」


 相手に促されユニバンス王国近衛団長であるハーフレンは、兄であり国王でもあるシュニットとテーブルを挟む形で座り合った。

 互いに何故かため息を吐いてからメイドの淹れた紅茶を啜る。


 先に会話を切り出したのは兄であるシュニットだった。


「あれ以降、宝玉は?」

「喜ばしいことに発見されていない」

「そうか」


 告げてシュニットは弟の前に1枚の紙を寄こす。

 手を伸ばし受け取った彼は、丁寧だが子供が書いたような文章に気づいた。


「あれに頼んで鑑定して貰った結果だ」

「なるほどな。あそこのチビメイドが書いたのか」


 弟が保護している少女はとにかく器用で賢い存在らしい。

 こうしてちゃんとした文章だって書けるほどに修学も進んでいる。


「何処にでもあれが呼び出せるとか無理難題過ぎるだろう?」

「だが事実らしい」

「無茶をしなくて良かったのか……最初にミルンヒッツァ家に行ったのが正解だったのか」


 呼び出そうとする意志を心に思い描きながら宝玉を壊せば異世界のドラゴンが姿を現す。

 厄介を通り越して手の打ちようもない凶器だ。


「それで宝玉は封印倉庫か?」

「……」


 弟の問いに兄は渋い表情を浮かべた。


「あれが鑑定代として欲した」

「……何処にある?」

「常に"ノイエ"が持ち歩いている。ある意味で一番安心ではあるが」

「確かにな。ノイエが持っているなら何かあれば退治してくれるだろうが」


 問題はノイエの中に『あれ』が居ることだ。

 何を企んでいるのかも分からない。


 本当に宝玉と言う存在はハーフレンの中で厄介の代名詞になりつつあった。


 異世界のドラゴンを呼び出す凶器の存在を知りハーフレンたちの仕事は慎重かつ丁寧になる。

 結果として調査した貴族たちの不正が多く発見されることとなった。

 本当に命がけの仕事となったから手を抜くことが出来ない。


「残り少なくなってようやく報告がてら戻って来たが……恐ろしい量の報告書が出来上がりそうだ。今から覚悟しておいてくれよ?」

「そっちに関しては臨時で手伝いを入れることにした」

「誰を?」

「イールアムだ」

「あれを良く口説いたな?」

「スィークが嫁を増やすものだから色々と困っているらしい」

「臨時報酬欲しさか。それでも手伝って貰えるのは大きいな」


 有能だが仕事をしたがらない従兄弟の存在は大きい。

 王族の看板もあるから南部の貴族たちも難癖をつけるのは難しい。


「お前こそ妻の実家を捜索したのだ。これから帰宅して大変だろう?」

「あれはその辺サッパリしている。たぶん南部土産の方を待っているはずだ」

「良き妻だな」


 苦笑しシュニットは深く息を吐いた。


「南部に亡霊の影は?」

「無いな。エルダーが暗躍している気配はない」


 素直に認めハーフレンは軽く前のめりになる。


「幽霊も居ない。南部に居ないのか、この国に居ないのか」

「分からずじまいか」


 幽霊……従姉であるグローディアの生存は確認されなかった。


 彼女が本当に生きているのなら保護すべき人物である。

 シュニットはもし仮に『あの日』の関係者で処刑を免れた者が発見された場合は保護すると決めていた。

 確かに犯した罪は重いが、それでも関係者の能力の高さは今のこの国を統べる者としては必要なのだ。何かしらの……逃亡や裏切りに対する備えはするが、国を良くすることを手伝わせたい。


 最もな理由は、末の弟ならばその手の人間を相手にどうにかしそうだと思えるからだ。

 周りの貴族たちが騒ぐだろうが、責任者としてあれに押し付ければどうにかするはずだ。


 一度会話を止めて互いに紅茶を啜り喉を潤す。

 次はハーフレンが会話を切り出した。


「王都もだいぶ楽しいことになったようで?」

「楽しいか……そう思えれば私も前王に近づけるのだろうがな」

「親父なら『うむ。実に愉快』とか言いそうだな」


 事実前国王であるウイルモットは『見たことも無いドラゴンとな? それは痛快痛快』と言葉を発したらしい。


「それであの馬鹿は今回もどうにかしたのか?」

「どうにかした。流石に個人で対処できず周りがだいぶ手を貸したが……」


 歯切れの悪い言葉にハーフレンは兄に目を向ける。


「本人はやんわり否定しているが、母上も手を貸したらしい」

「お袋が?」


 自分の屋敷となった場所に住む前王妃ラインリア。

 彼女の傍には腕利きの護衛が配置されていて、その全てが密偵の長を兼任するハーフレンの部下でもある。


「報告は無かったが?」

「だから弱っている。傍に居たキャミリーは『お義母様は凄かったです』と言っていたしな」

「なら事実なんだろうよ。こっそりと手を貸して……どうやら俺たちはお袋の実力を見誤っているのかもしれないな」

「可能性は大いにある」


 何せ母親であるラインリアは自分の力のことは多く語らない。

 唯一言っているのは『お母さんが本気で怒ったらこの大陸で一番強いんですからね』だ。

 事実かどうかは分からないが。


「で、あの馬鹿夫婦はどうしてる?」

「ノイエは雨期になって自宅で休んでいる様子だ。たまに城に来るがあれの執務室でケーキを食べてのんびりしている」

「で、片割れの問題児は?」

「真面目に仕事をしているな」


 それは良い事だとハーフレンは頷き頭を掻く。


「国軍と近衛の仕事を1人でか?」

「直属の部下を使っているが実質1人で回している」

「俺たちが居なくなって起きたという襲撃の時も?」

「その時は流石に滞ったが……あれが休んでいる時はノイエが全ての仕事をした」

「その報告は事実だった訳だ」


 クシャクシャと頭を掻いて、ハーフレンは座るソファーに深く身を沈めた。

 信じられないがどうやらやはり自分の考えが正しいらしいと確信を得たのだ。


「その時のノイエはどんな様子だった?」

「見に行ったキャミリーが言うには『別人』のようだと」

「あれが出て来たのか?」


 その問いにシュニットは深く息を吐いた。


「あれの専門は魔法……特に術式だ。経理から始まり軍の配置まで器用にこなすとは到底思えない」

「だよな。俺もそう思う」


 腕を組んで悩む弟にシュニットは視線を向けた。


「何を考えている?」

「……聞けば兄貴が頭を抱えて苦悩しそうな可能性だな」

「正直聞きたくはないが聞くしかないのだろう」

「そうか。なら後悔しろ」


 ハーフレンは苦笑し義父であるグロームから聞いた話を語った。

 聞き終えたシュニットは自然と口元に手をやり……若干震えていた。


「つまりノイエの中に?」

「ああ。その可能性は高い」


 認めるしかない。

 最強のドラゴンスレイヤーの中に複数人の罪人が居る可能性を、だ。




~あとがき~


 主人公が自宅で中の人たちと遊んでいる隙に王城では兄たちが確信に近づきつつあります。

 どうするんですかね? あの馬鹿主人公は?




(c) 甲斐八雲

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