ユーが居ない

「ユーが居ない」

「ぬっほ!」


 突然のことにレニーラは大いに驚いた。


 人伝に粗相をしたノイエの後始末を頼まれ、少女の衣服と下着を取り替えていたのだ。

 なのに目の前の少女は違う女の名前を呼んだのだ。許されざる行為だ。


「ノイエ。ノイエ」

「はい」

「私は?」

「朱色の……お姉ちゃん」


 強い衝撃を受けてレニーラは地面に倒れ込む。

 余りにも強すぎた攻撃にレニーラの心は崩壊寸前だった。


「大丈夫?」

「うん。ノイエが名前で呼んでくれたら」

「……朱色のお姉ちゃん」

「はうあっ!」


 更なるダメージを受けてレニーラは完全ノックアウト状態になった。




「中央が騒がしいわ」

「……ホリーか」

「何よ?」


 頭の上から布を被った相手に、カミューは視線を向けるなり呆れた。

 その姿で出て来れば普通怪しまれるはずだが……つまり気づかれないと判断したのだろう。


 頭が良くて切れるから始末に負えないが、それでもホリーが優秀だとカミューは理解している。


「それで?」

「何が起きているのかは分からないけど……そっちは?」

「借りていたリグが強制的に戻された。たぶん怪我人が出たんだろう」

「監視同士で?」

「ユーリカとファシーが姿を消している」

「……」


 得られた言葉でホリーは思案する。

 その2人を連れて行き、怪我人が発生し得る状況は何か?


 男共のしょうもない性欲ならばユーリカが屈する訳もない。

 ファシーを人質にしても彼女は見捨てる。何よりノイエを連れて行こうものならこの場に居る大半の者たちが牙をむく。


 結果閉じ込められてもあと数十日……全員でやればあと数日で隠し通路が開通するのだ。


《まさか……あり得るの?》


 不確定だが心がざわつく答えにホリーは眉を寄せた。


「カミュー」

「なに?」

「監視を監視して」

「で、何を気をつければ良い?」

「たぶんあと何人か連れて行くかも知れない」


 もしユーリカがそれをやらされているなら可能性はゼロでは無い。

 ホリーは連れて行かれる可能性の高い者を名を口にし、カミューから携帯食を受け取ると背中を見せた。


「大丈夫だと思うけどノイエが連れて行かれないように」

「分かっている」

「それならいい」


 また抜け道堀に戻る彼女をそのままに、カミューは視線を空へと向けた。


《逃げるなら東の……クロストパージュ領か》


 確かに話に聞くあの上級貴族様なら、自分たちを匿ってくれるかもしれない。

 何よりあの家は国王からの信用も厚く、娘は第二王子の許嫁だ。


 不自由を強いられるかもしれないが、それでもここで飼われるよりか良い生活を送れるかもしれない。


《その時はノイエだけは自由にして貰いたい》


 自分らと違い人殺しをしていないノイエは咎人では無いのだから。




「また失敗かっ!」


 激怒する施設長にユーリカは冷え切った目を向ける。

 彼の命令で仲間を……結果として仲間だった者を壊して来たのにその言葉は無い。


 胸の内から溢れる殺意に周りで警戒する監視たちが一斉に武器を向けた。


「何を企んでいる! ノイエというガキを殺すぞっ!」

「……」


 監視の動きに何かを察した施設長ゾングはまた吠えた。

 静かに気配を消してユーリカはただ相手を睨みつける。


「もうこれ以上失敗は許されない。分かっているのか!」

「……ええ」


 分かっているが分かりたくない。

 けれどそこに転がっている仲間のような状態にノイエをしたくはない。


 ゾングから見てやる気を感じさせないユーリカに対し、彼は最後の武器を手にした。


「これが何か分かるか?」

「……筒ね」

「そう見えるか?」


 手にした銀色の筒状の物を振るいゾングは笑みを浮かべる。

 改めてその筒を握り、頭頂部に付けられた小さな突起に親指を乗せる。


「これはそこに転がっている失敗作の首輪とを繋ぐ鎖だ」

「っ!」


 察したユーリカが目を向けると、彼は笑って小さな突起を押し込んだ。

 ジジッと低い音がし、そして部屋中に嫌な臭いが広がる。倒れていた仲間の首から煙が立ち上り……まだ生きているはずの彼が死んだであろうことを察した。


「分かったかね?」


 悠然と笑う相手にユーリカはまた厳しい気配を発する。

 周りの目など関係無い。もしあれが自分の考えている通りなら危険すぎる。


「何をしたの?」

「これかね? 魔女に作らせた魔道具だ。君たちは余りにも協力的では無いから躾けられるようにこうして手を下せるようにしている」


 醜い笑みを浮かべるゾングに、ユーリカはただただ殺意の籠った目を向け続ける。


「あのノイエだったか? もちろん彼女の首輪もこれと同じだ。同じ物が嵌められている」

「……そう」


 理解しユーリカは諦めた。

 自分はどうなっても良いが、彼女に魔法を使わなければならない。


 使えば失敗するかもしれない。けれどやらなければノイエが死ぬ。

 あの魔女とリグの見立てでは……何らかの祝福を持ちどんな怪我でも癒すノイエだが、その命を奪うことは出来るらしい。死ぬまで殺し続ければ良いのだ。


「どうするかね?」

「協力はする。でも成功するとはっ」

「もうその言葉は聞き飽きたのだよ」


 ユーリカの言葉を遮りゾングは彼女を見る。


 何度も失敗し唯一動ける状態なのは、最初に実験をした少女のような姿をした者だけだ。

 それでも魔法を暴発させて監視たちを死に追いやる。今は魔法封じの首輪を2つはめさせ、強力な薬で意識を奪い監禁している。そうしなければ獣のように笑いながら暴れるからだ。


「これ以上駒を失う訳には行かない」

「……」


 だからゾングは決断した。


「次はあの少女に魔法を使え。出来ないとは言わせんぞ」


 手の中の筒を振って彼は冷ややかに命じた。




~あとがき~


 仲間を壊してまでも命令に従ったと言うのに…遂にその指示が下されました。

 ノイエの首輪が仲間のしている物と同じである以上、少女も死ぬ可能性がある。


 だったら僅かな可能性にユーリカはすがるしかなかった




(c) 甲斐八雲

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