あんな化け物倒しようが無いわ
それはただ歌うように音を広げる。
師であるセシリーンも珍しく皆の前に姿を現し、弟子であるノイエの歌声を聞いている。
ただ周りに陣取る魔法を知る者たちは、自分の目に移る景色に驚愕していた。
『あり得ない』
それを呟いたのは魔法学院で講師を務めていたミャンだった。
けれどノイエは歌い展開する。
頭上に特大の魔法式を……魔方陣と呼ばれる異世界の式をだ。
「あれはユニバンス王国が保有している異世界魔法の1つの異世界召喚」
目の前で展開される式を見つめ、術式の魔女であるアイルローゼは薄く笑う。
「たぶんこの辺りに召喚の魔女が住み着いて居たのかもしれないわね。そうじゃ無ければユニバンスにこれほどの召喚魔法が残っていることが不自然だから」
話を聞くグローディアは何も答えない。
事実自分も王家により禁忌とされて封じられていた異世界召喚の魔法を使った身である。
「あれはノイエの莫大な魔力を消費して異世界から異形の化け物を呼び出す魔法。何を呼び出すのかはノイエが式に流し込む魔力量に比例する」
「仮にノイエの魔力量を上回る化け物が出てくる可能性は?」
質問をして来たのは彼女の保護者であるカミューだ。
「起こり得ない。ノイエが歌い作るあれは道なのよ。つまり無理をして通ろうとしても道が狭くて通れないって寸法よ」
「ならノイエがあれほど魔力を注いで呼ぶ物は……普通に凶悪な化け物かもしれないと?」
「可能性は否定しないわ。だけど心配無用よ」
クスリと笑い魔女は自分の傍に居る者たち全員に視線を向けた。
「ノイエが襲われることだけは無いから」
「そりゃいい話だ」
「ん~? つまりそれって?」
アイルローゼとカミューの会話を聞いていたレニーラは首を傾げる。
と、ズンッとあり得ないほど大きな音と振動が辺りに木霊した。
ノイエが作った通路を通り異世界から化け物が姿を現したのだ。
その足は丸太よりも太く巨体を震わせ空中に描かれた式の中から這い出して来る。
昆虫の『蜘蛛』に似た生き物だが、その皮膚は皮らしく何より石のようにすら見える。
「でっかいね~」
見た瞬間逃げることすら放棄したレニーラは現れた化け物を見つめる。
これは逆らうだけ無理だ。
自分なんてただの踊り子なのだから相手に出来るのは人の大きさぐらいだ。
視線を魔女へと向け、レニーラは後始末をユニバンス王国の誇る人物に委ねる。
「アイルローゼ。出番だね」
「ええ」
スッと立ち上がった彼女は……軽く笑った。
「想定外よ。あんな化け物倒しようが無いわ」
「「……」」
『もし何かあったら私の魔法で対処する』と豪語していた人物の言葉とは思えないほどの諦めの良さだ。
むしろここまではっきりしてくれると清々しさすら覚える。
「大丈夫よ」
代わりに薄い胸を張ってグローディアが豪語する。
「あんな巨躯な化け物、流石のノイエだって維持できないわ。見てごらんなさい」
言われて全員の視線がノイエへと動いた。
空腹で目を回している少女は今にも倒れてしまいそうだ。
「ノイエ! もう止めて良いわよ!」
「……はい」
グローディアの言葉に弱々しい返事が返って来る。
ただ返事をする為に歌を止めたこともあり、姿を現した化け物の形が見る見る薄れて行く。
「何だ。戦えないのか?」
「あれを見てまだ戦おうとする貴女が凄いわ」
カミーラの言葉に流石のグローディアですら呆れ果てる。
が、カミーラの強者を望む思いは止まらない。
「……でも一発ぐらいなら」
「ちょっと!」
素の声を上げる元王女を無視し、カミーラが脇に構えた棒を回して消えかかる化け物に必殺の一撃を……突きを放つ。
全体重を乗せて突進した彼女はボンッと壁にでも衝突したかのように跳ね返って来た。
「あれは無理だな」
「って、カミーラ! 後ろ後ろ!」
素っ頓狂な声を上げる元部下に、カミーラはゆっくりと後ろを振り返る。
消えかけている化け物が丸太以上に太い足を振り上げてカミーラを押し潰さんと動いていたのだ。
『あっ死んだな』と思うカミーラだったが、寸前で化け物が姿を消すのだった。
「止めてよね。こんな馬鹿なことで死ぬのは」
「ああ。そうだな」
たぶん助かっていただろうが、それでも横合いから飛びかかって来たスハの行動により、カミーラは化け物の足の下から逃れていた。
「少しは動けるようになったか?」
「……また元上官に殴られたくないからよ」
「そうか」
笑ってよこすカミーラに対し、顔を真っ赤にさせたスハは『フンッ』と鼻を鳴らして立ち上がりその場を逃れる。
1人で立ち上がったカミーラはその目を倒れている少女へと向けた。
全員して彼女の具合を確認しているが……聞こえて来る腹の虫の鳴き声が正直な答えだろう。
『今夜は全員でギリギリの量か。仕方ないとはいえ甘やかしすぎな気もするがな』
けれどそれを面と向かい他の者たちに言うような気はカミーラには無い。
何よりあの少女は日々の生活を見つめているだけで楽しめる。強くもなくたぶん弱い存在なのに、あのノイエはそれを必死に乗り越えようと努力を続ける。
だから見てて清々しい。
カミーラとしてはあんな風に努力を続ける存在は好きだからだ。
「カミュー」
「何かしら?」
腹5分目程度の料理を食べたノイエは、さすさすとお腹を撫でながら横になっていた。
監視たちへの説明はいつも通りグローディアが務めている。補足説明はあの魔女だ。
ただこれでノイエが魔法を使えると認識された。寝る前にやって来た元姫様からは、監視たちからノイエ用に渡されたのであろう真新しい首輪を押し付けられた。
新しい首輪をノイエの首へと巻くことに抵抗はあったが、当の本人は『お姉ちゃんたちと一緒』と喜んで見せる。
術式の魔女が作ったらしい遠距離から人を殺せる首輪をだ。
「わたしは魔法使えた?」
「使えたな」
お陰で監視たちは大騒ぎだ。
要らない扱いをされていたノイエの評価が多少なりに変化したのだ。
「……」
ただノイエ本人は不満げだ。
「どうかしたのか?」
「わたしもあのドロッとするの使いたい」
「……」
アイルローゼの腐海だと目星は立つ。
けれど正直あの魔法は凡人には使えない。複雑すぎるのだ。
「ノイエは火の玉を出す魔法から覚える努力をすると良い」
「はい」
『く~』と小さくお腹を鳴らしながら抱き付いて来るノイエの背を撫でカミューは横になる。
少なくともこれでノイエが簡単に処分されることは無くなるはずだ。
~あとがき~
共和国でノイエが使っていた召喚獣はここにて初披露されていました。
燃費の悪さから実戦投入は考えられず、何より『出るなら入るのでは?』と考えたらしいノイエがいろんな物を入れだして…結果として輸送要員として落ち着きます。
ですが上の判断としてはノイエは才能のある人材。やはり現場で使えるようにしたいのです
(c) 甲斐八雲
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