痛くないもん!

「もう良いよノイエ」

「良くない」


 頬をパンパンに膨らませて怒っているノイエは、傍から見るととても可愛い。

 自分のことなのにこんなにも怒る少女と一緒に居るファシーは、いつも通り隅の木々の間に隠れていた。


 本来ここなら誰にも邪魔をされない。好きなだけ動物たちと遊んでいられる。

 肩や頭にリスを乗せているファシーは、リスたちと一緒にノイエを見る。

 座って木の枝の先でイジイジと穴を掘るノイエは見てて可愛らしい。いじける姿も可愛いのは反則だ。


「慰めてあげて」


 肩に居たリスにお願いすると、リスたちはファシーの腕を伝って降りてノイエの足元に集まる。

 持っていた枝を捨ててノイエはリスを掬い取ると自分の頭の上に乗せた。


「乗せなくても良いんだよ?」

「お姉ちゃんも乗せてる」

「乗せてるんじゃなくて……乗せてて良いよ」


 勝手に乗るリスたちをどう説明したらいいのか困り、ファシーは説明を放棄した。


「それよりノイエ」

「はい」

「もうわたしの腕は良いからね?」

「良くない」

「……」

「絶対にダメ。直す」


 完全に頑固な我が儘状態だ。こうなると保護者であるカミューですらお手上げする。


「でも……」


 そっと自分の腕を見つめてファシーは気持ち重くする。

 薄っすらと残る傷跡は、流石に消えたりはしない。それでも腕の良い軍医だったらしく線のような傷跡しか残っていない。


 傷跡を見つめ……ファシーはポロポロと涙をこぼす。


 自分が魔法使いだったから家族は消えてなくなった。

 大好きだった母親も消えてしまった。

 全て自分が悪いのに、今もこの腕のせいでノイエが苦しんでいる。


「もう……こんな腕、切って捨てたいな」


 本心が口から溢れていた。

 どんなに我慢しても不意に限界を越える。


 ファシーは涙と一緒にぶつける先の無い言葉を続けた。


「こんな力のせいでわたしは全部無くした。こんな力が無ければずっと静かに暮らせたのに……母さんも死なないで済んだのに……全部わたしが悪いからっ」


 ガバッと抱きしめられた。

 正面からノイエが抱き付いていた。


「お姉ちゃんは悪くない! お姉ちゃんは優しいから!」

「でも……」

「平気。わたしが頑張るから!」


 言ってノイエはまた駆けて行く。

 全部自分が悪いのにノイエは代わりに駆けて行くのだ。


《わたしなんて居なければいいのに……》


 ギュッと足を抱えるようにして膝に顔を押し付ける。

 ファシーは嗚咽を溢さないように……肩を震わせて泣いた。




「どうして!」


 また飛んで来た小犬にアイルローゼは顔をしかめる。

 本当に学ばない。何より吠えるだけで努力もしない。


「プレートを抉って来なさい。そうしたら見てあげる」

「ダメっ!」


 目の端から涙を溢してノイエは吠える。


「お姉ちゃんは今までいっぱい痛いことをされたから! だからもう痛いのはダメ!」

「なら諦めなさい。直しようがないんだから」

「どうして!」

「痛みを伴わない治療は無いのよ? 特にプレートはね」


 冷たく厳しい目を向け、アイルローゼは吠えるだけの少女を睨む。


「貴女だって吠えるだけで痛い思いをしてないでしょ? あの子の為に怪我をしなさいと言われたら出来るの?」

「する!」

「……えっ?」


 迷いのない即答にアイルローゼも軽く驚いた。


「わたしが痛いをするならいっぱいして良い。だからお姉ちゃんを直して!」

「出来ないことは」

「出来る!」


 ボロボロと涙を溢れさせノイエは叫ぶ。

 本当に真っすぐで見ていて辛くなる。


 アイルローゼは視線を逸らし……フワフワと踊っている知り合いを見つけて冷静になった。


 もう面倒だ。こんな心をかき回す存在は傍に居て欲しくない。


「出来ないの」

「何が?」

「プレートを抉り出せてもそれを戻せない。戻せたとしてもあの子の腕には酷い傷跡が残るのよ」

「……」


 告げなかった事実だ。

 仮にリグを連れて来てもそう簡単に治療など出来ない。

 ここには道具も薬も足らないのだから。


「分かった? 痛い思いをして腕に酷い傷跡が残るぐらいなら今のまま我慢すれば良いの」

「ダメ!」


 ノイエはまた吠える。


「それだとお姉ちゃんはずっと1人! 1人は寂しいから!」


『ずっと1人だなんて寂しくないですか? アイルローゼ先生』


 少女の声に魔女の記憶が蘇った。

 可愛がっていた弟子の言葉が脳裏に浮かび……胸を締め付ける。


「1人で居たい人なんて居ないんだから!」

「知ったように言わないでよっ!」


 反射的に立ち上がりアイルローゼは少女の頬を叩いていた。

 パチッと響いた音に自分のしたことに気づき目を向ける。


 地面の上に仰向けで転がったノイエは、口に端から一筋の血を溢していた。


「……痛いでしょ? その痛みをあの子に押し付けるのよ。貴女の我が儘が」

「痛く、ないもん」

「なに?」

「痛くないもん!」


 全身を震わせてノイエは立ち上がる。

 一生懸命に両足で踏ん張って顔を上げてアイルローゼを見つめる。


 本当に嫌になるほど折れない。それを知り魔女は軽く笑った。


「分かったわ。だったら勝負しましょう」

「勝負?」

「ええ。私が勝ったら2度と貴女は私に近づかない。貴女が勝ったらちょっとした奇跡を起こしてあげる。それでどうかしら?」

「はい」


 迷いのない即答だ。そして向けられている目は真っすぐだ。

 本当に目の前に居る少女は全力で真っすぐな性分なのだろう。


「勝負方法は簡単。私が使う"魔法"から逃げ出さなければ貴女の勝ち」

「はい」

「……でも死ぬほど痛いから逃げた方が良いわよ?」

「逃げない」


 迷いのない目が魔女を見る。

 何処か諦め……アイルローゼは息を吐いた。

 多分する必要のない勝負なのだろうと気付いたからだ。


 ゆっくりとノイエから離れ魔女は綴る。

 首に巻いている魔道具が魔力の流れを乱そうとするが、その乱れを読み取り魔力を正しく扱う。


「腐れ腐れ腐れ腐れ! この世の全てを飲み込む腐る波となれ! 腐海!」


 幾多の命を奪い、弟子の体をも飲み込み融かした魔法。


 それをアイルローゼはノイエへと放つ……腐敗の波が少女の半身を飲み込んだ。




~あとがき~


 真っすぐだからこそ絶対に曲がらない。それがノイエです。


 故にアイルローゼは勝負することを提案しました。

 自分が負けるであろう勝負をすることで…周りにその事実を知らしめるために。


 彼女の口から紡がれる魔法は禁忌に触れた魔法、腐海…




(c) 甲斐八雲

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