強く……なりたい、です

「強くなりたいだと?」

「はい」


 寝ていた所を起こされ不機嫌そうに体を掻きながら、赤い髪の女性は目の前の少女を見る。

 怖い者など無いらしいで有名なノイエだ。この問題児の中には恐れはないらしい。


「強くなってどうする?」

「……うんとね」


 ノイエはポリポリと脇の下を掻いて居る相手……カミーラにさっきの出来事を告げる。


 今日は朝から先生である朱色の人と一緒に踊りの練習をしていた。

『限界の向こう側へ~』とか叫ぶ彼女の言葉の意味など理解していないが、体を動かすのは気持ちがいいし何より踊るのは楽しい。だから限界まで踊っていたら、紫の人が来た。


『埃が立つから暴れるんじゃない』と言われ、朱色さんが『何々不機嫌? あの日?』と言ったら紫の人が太い棒を振るって朱色さんが吹き飛んだ。

 寸前で飛び跳ねていたけれどそれでも先生は軽い怪我を負った。


「だからやり返したいのか?」


 やる気のない声を出してカミーラはそう問うた。


 そんなに強くは無いが、ジャルスをやるにはこの少女には不可能だと分かっている。

 けれどノイエの返事は違った。


「違う」

「違うって?」


 舞姫の復讐では無いらしいと知って、カミーラは少しだけ閉じていた瞼を開いた。

 真っすぐ迷いのない少女の視線がカミーラを正面から見つめる。


「なら何のためだ?」

「守りたい」

「……」

「朱色の先生を守りたいから」


 ギュッと胸の前で両手を拳にしてノイエはカミーラの目を見つめる。


「暴力はダメってカミューが言ってた。だからわたしは暴力を振るう人から振るわれる人を守れるようになりたい」

「それで私か」

「はい」


 コクンと頷きノイエは改めてカミーラを見る。


 普段は寝ているだけの人物だが、ひとたび動けば恐ろしいほどに強いと言う。

 お姉ちゃんのカミューがそう言うのだから間違いない。


「強くなりたいです」

「そうか」


 苦笑してカミーラは欠伸をする。


「残念だがお前を弟子にする気が無い」

「どうして?」

「お前が弱いからだ」


 バッサリと言い捨てて、カミーラはまたゴロンと横になる。

 腕を枕にノイエを見つめてニヤリと笑う。


「だから私の部下だったスハに弟子入りして強くなったらまた来な。その時に考えてやる」

「分かった」


 うんうんと頷いてノイエは放たれた矢のように駆けて行く。と、急停止して戻って来た。


「その人はどこに居るの?」

「自分で探しな」

「……名前は?」

「スハだ。一回で覚えろ」

「……」


 何故か絶望的な表情を見せるノイエに、カミーラは心底深いため息を放った。




 運良く通りがかった……カミーラは覗いていたことに気づいていたが、深く追求しなかったシュシュに手を引かれノイエはスハの元へと向かっていた。


「ノイエ?」

「はい」

「正直ノイエは戦いに向いて無いと思うよ?」


 シュシュの言葉は本心だった。


 優しいし基本甘々なノイエは戦いになど向かない。

 仮にここがドラゴンと戦うための人材育成の場だとしても、ノイエと言う存在は戦いに向いていないのだ。


「がんばる」

「お姉ちゃんの言葉を理解してるかな~?」

「がんばる!」


 力強い返事にシュシュとしては呆れるしかない。

 と言うよりこっちを説得するくらいならあっちを説得した方が早い。


 しばらく敷地内を歩いて探すと……スハを発見した。

 切り株に座り大変機嫌が悪そうにしていた。


「あの~。スハ?」

「強くなりたいです」


 シュシュがまず説明をと考えていたら、ノイエが元気よく趣旨を告げた。

 不機嫌丸出しのスハは立ち上がるとノイエの前に移動し、そして右手を大きく動かしてその可愛らしい頬を全力で叩いた。


 突然の衝撃に小柄なノイエの体は宙を舞い地面へと落ちる。

 ズズズと地面の上を滑って止まった。


「ってスハ!」


 突然すぎることに抗議の声を上げるシュシュを無視して、スハは地面の上を転がるノイエを見つめる。

 よろよろと立ち上がった少女は叩かれた頬を真っ赤に腫れさせていた。


「ノイエ大丈夫?」

「平気っ」


 絶対にやせ我慢だ。

 その証拠に立ち上がったノイエの両足はガクガクと震え今にも倒れ込みそうなのだ。


 それでもどうにか足を動かし、ノイエはまたスハの前に来た。


「強くなりたいです」


 無言でスハは、もう一発今度は逆の頬を叩く。

 また吹き飛んで地面転がったノイエは、起き上がって来ない。


 完全に目を回したのか……全く動かない少女を無視してスハは切り株へと戻った。


「やり過ぎだよ!」

「そうか」


 ようやく口を開いたスハの声音は不機嫌の極みの様子だ。


「ならシュシュは戦場で敵に対して『やり過ぎだ。止めてくれ』と言うんだな?」

「言わないけど……」


 言っても意味はない。きっと敵はこっちの言葉など耳を傾けずに殺しに来るだろう。


「それに強くなりたいなら何度倒れても起き上がって来なきゃダメだ。自分の力でな」

「……」


 流石は話に聞く前線組の猛者だ。

 カミーラの副官だったらしいスハの言葉は本当に重い。


「あげくこっちは最近ずっと便秘と今は月一のあれで不調なんだ。機嫌が悪いんだ。そこにいくら怪我しても勝手に回復するノイエが来たらとりあえず発散するだろう? 問題は全然何一つ回復してないけど」

「うわ~。何か最低過ぎる理由に私ですら頭に来そうだよ」


 本当に酷過ぎる理由で叩きのめされたノイエに視線を向け、シュシュは深いため息を放った。


「パーパシに言って便秘の方はお薬貰ってこようか~?」

「出来たら頼む」


 あまりあの薬師の元に行きたがらないスハに、シュシュは胡乱気な目を向ける。


「スハってパーパシ苦手だっけ?」

「苦手と言うか……昔世話になってな。どうもアイツの顔を見るとあの頃の自分を思い出して嫌な気分になる」

「本当に言葉だけ聞いてると酷い女だよ?」

「自覚してるよ。私は酷い女だからね」


 苦笑するスハはそれに気づいた。

 目を覚ましたノイエがどうにか体を起こしまた立ち上がった。


「強く……なりたい、です」

「あれだけ食らって3回言えれば上出来だ」


 ニヤリと笑いスハは自分の膝を叩いた。


「私もお前の祝福に興味があったんだよ」


 切り株から立ち上がり、スハはノイエに付いて来るように命じる。


「無限の魔力と魔剣が組み合わさればきっと最強だろうさ」




~あとがき~


 戦場の酷さを知るスハは基本優しい指導など出来ません。

 それも特に酷い場所に居たから本当にスパルタですね。


 ノイエと魔剣の相性は最強なのですが問題は魔剣です。

 この施設に魔剣なんて…あれが居ましたね?




(c) 甲斐八雲

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