終わったらお肉が食べたい

 無事に生きて帰って来た。

 自分の執務室で『生きる意味』をちょびっと噛み締めてみる。

 塩っ辛い涙の味がした。


「あの~アルグスタ様?」

「……」


 ソファーで突っ伏す僕にルッテが声をかけて来る。


 本日の仕事は終わった。色んな意味で終わった。

 開始30分もしないで大型の爬虫類を退治した。って詐欺やんっ! まずドラゴン連れてこいやっ!


 燃え尽きた僕に声をかけながらも、ルッテの糖分の補給が止まらない。ケーキをホールで完食だ。その糖分は全て胸に回っているのだと僕はそう思う。


「うがぁ~!」


 色々な感情が渦巻くがやることは決まった! 帰宅次第あの糞賢者をハリセンで殴り飛ばす。

 初球から変化球じゃなくて魔球とか絶対にダメだろう? どんなイジメか嫌がらせか!


「アルグスタ様?」

「何だよう? ケーキなら好きなだけ食べるが良い」

「この後も仕事なので仕事をしながら頂きますけど……」


 ペロッとホールケーキを1つとカップケーキを何個か食してまだ食らうのか?


「初日から大惨敗な気がするんですけど?」

「結果的には勝ちました」

「ですけど……」


 ルッテの言いたいことは分かる。こちらは初日にイーリナを失う結果となった。

 3分間石と言うか土の巨人となった彼女は魔力が完全枯渇して魔法隊の隊長室に放り込まれた。


 MPが0となった魔法使いは卒倒して気絶するのが普通だ。

 魔力が回復すれば目を覚まして物凄い倦怠感と戦いながら活動を再開するが、あのニートが倦怠感と戦うなんて殊勝な心掛けが無ければ本日でリタイア確定だ。


「このままだと明日も1人。明後日も1人と仲間を失ってしまう」

「何ですかそれ?」


 王道と言うかパターンを知らないルッテは首を傾げているが、


「たぶん明日やられるのはルッテだろうな」

「何なんですかっ! その不吉な予言はっ!」

「え~? 結構確実な予想だよ?」


 あの叔母様が簡単に怪我をするとか思えないし、そもそもドラゴン相手なら僕は負けない。

 このメンバーで次に消えるとしたら高確率でルッテだ。


「頑張って壁となれ」

「いやぁ~!」


 泣きながらケーキを抱えてルッテが逃げて行った。

 確りケーキを抱えていく辺り良い根性しているけどね。


 ソファーに座り直し背もたれに背中を預ける。


 まさか大恐竜は想定の範囲内だ。というかあの賢者……『試練』とか言ってたけど本気で殺しに来てる。

 何より僕の祝福を完璧に把握しているのかもしれない。明日以降も弱点を突かれたら……。


「だぁ~! ウジウジ考えても仕方ない!」


 わしゃわしゃと頭を掻いて1回頭の中をリセットだ。

 こんな時にホリーお姉ちゃんが居れば……と言って甘え過ぎた結果がこれなんだけどさ。


 パンと自分の足を叩いて立ち上がる。


「クレア~」

「はい」

「書類仕事の方はあと3日……燃え尽きるのも想定して4日ぐらいなら誤魔化せる?」

「どうにか」


 何やら紙の束を捲るクレアがその手を止めた。


「雨期が近いこともあって全体的なドラゴンの数は減ってます。対ドラゴン遊撃隊の方はモミジ様を中心にどうにか回っているので……4日ぐらいなら対応可能ですし、書類仕事だけならわたしだけで対応できます」


 僕責任でクレアやイネル君のサインで結構な書類を処理できるようにしたのが大きいな。


「近衛と王国軍の方は?」

「近衛はパルが中心になって、王国軍はイネルが向こうの人たちと話し合いながらどうにか纏めてます。ミルが大変な所に回って手伝うようにしているので……今は王国軍の方が2人体制です」

「そっか~」


 普段ここで馬鹿をしてケーキばかり食べている印象だけど、クレアは決して馬鹿じゃない。イネル君もそうだし、パルもミルも確りと成長してもう一人前以上の戦力だ。


 クレアの席まで歩いて行くと、近寄って来た僕に彼女が訝しむような目を向けて来た。


「こんな状況なんですから変なこととか言い出さないで下さいよ」

「失礼だな。僕は常に真面目です」


 と言いながら、クレアの頭を良い子良い子と撫でてやる。


「って子供扱いして~」

「あはは。何を言いますクレア君」


 迎撃して来たクレアの手から逃れると、彼女はパンと頭上で柏手を打つ格好になった。


「ありがとうなクレア」

「ふえ?」


 間抜けな面を晒すな人妻よ。


「今回ばかりは色々と危ないけど、お前たちがこうして書類仕事をしてくれるから、僕は外で無茶が出来る。本当に感謝しているのだよ」


 感謝はいつもしてる。僕の馬鹿に付き合って色々と大変な目を見ているのに……こうして休みなんてほとんど無いブラックな職場で働いてくれるんだから。


「……」


 と、俯いたクレアがポツリと呟く。

『聞こえないぞ』とツッコむ前に彼女が顔を上げた。


「だったらこんな危ない仕事、さっさと終わらして戻って来なさいよ!」


 ポロポロと涙を溢して……なんだかな。


「わたしだってイネルだってアルグスタ様だからこんな無理をしてるんだから!」

「そっか」

「だから……」


 ぐすぐず泣きながら鼻を啜るクレアの頭をもう一度撫でてやる。


「生きて帰って来なかったら怒るんだから」

「はいはい」

「ノイエ様も元気にしなきゃ怒るんだから」

「はいはい」

「……終わったらお肉が食べたい」

「任せろ。ドラグナイト家の本気を見せてやる。だから旦那とパルとミルも誘って全員で焼き肉するぞ」


 ポタポタと机の上に涙を落とすクレアはもう言葉が続かない。

 両手で顔を覆って……肩を震わせていた。


 全く。負けられない理由が増えたよ。




~あとがき~


 本文にあるようにクレアやイネルはとても優秀な部下なんです。

 陛下であるシュニットがちょっと本気で欲しいがるくらいに。

 ですがこの2人はアルグスタへの恩が大きいですし、何より借金を背負わされてますしねw

 気分屋で問題も多い上司ですが、何かあれば敵を増やしても自分たちに優しくしてくれる彼をクレアたちが慕うのは普通なことだと思います




(c) 甲斐八雲

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