成功したら間違い無く名を残すだろうよ
「……」
近衛の騎士の手により届けられた手紙を一読し、国王であるシュニットはそっと眉間に手をやり軽く揉んだ。
父王の時代が一番の争乱期だとばかり思っていたが、自分の代も負けずに問題が多いらしい。
「近衛団長」
「はっ」
「小隊を派遣しドラグナイト邸の警備を命じる。本日よりあそこまで王都の範囲内と定める。良いな」
「はっ」
控えている副官に指示を出し、ハーフレンはその場に待機する。
「大将軍」
「はっ」
「本日よりドラゴン退治には国軍も共同で対処する。対ドラゴン遊撃隊の隊長であるアルグスタより国軍に対しての協力の申し出がある。王としてこの申し出を受け許すこととする。細かい協力要請は非常時の『ノイエ不在時』を適用することとする。良いな」
「はっ」
彼もまた副官に指示を出しその場に残る。
騒ぎを聞きつけ駆け付けて来た大臣なども居るが、シュニットは『戦時特例』まで宣言し大臣たちを締めだした。
居るのは軍を指揮する者たちと国王が信を置く部下たちのみだ。
改めて人が集まり過ぎて手狭に感じる政務室を見渡し、シュニットは口を開いた。
「今から話す内容は他言することを禁ずる」
そう前置きをして、シュニットは手紙に書かれていた内容を口にする。
「……以上、アルグスタが急ぎ確認した内容である」
誰かが飲み込んだ唾の音が響くほどに室内が静まり返っていた。
最強を誇るドラゴンスレイヤーからその力の大半が消失してしまったのだ。
「失礼ながら陛下」
一歩前に出て発言を求めるのは、この中では最年長であるシュゼーレ大将軍だ。
「許す」
「はっ。ノイエ嬢の能力が消失とありますが、一番の問題はアルグスタ殿の身辺警護となるでしょう」
「で、あるな」
悪目立ちし過ぎた弟を毛嫌いしている貴族や大臣は多い。
「ですが国軍を動かすとなると隠し通すことは出来ません」
大将軍の発言はもっともだ。
故にこの場に信の置ける者しか残していないのだ。
「失礼ながら陛下」
「許す」
次いで近衛団長が歩を進ませた。
「先に上申した南部での調査を本日より開始したいと思います」
「……正気かハーフレン?」
「はい」
力強く頷く弟にシュニットは姿勢を正し彼を見た。
「訳を聞こう」
「はい。今日動けば少なくとも南部に属する貴族たちの動きを制することが出来ます。僅かですが時間を作ればあの『ユニバンスの厄介者』が事態の打破をするやもしれません」
「……御身を盾にアルグスタに向く矛を引き付けると?」
苦笑している大将軍の言葉にハーフレンは、近衛団長としての表情を一度消した。
「あれに受けた恩を返すなら、この命の1つや2つ生け贄にしても足りやしない」
「それもそうですな」
シュゼーレも同意した。
あの夫婦はどれほど問題を起こしても最後は良い方向で解決してみせる。
無茶をするが、その無茶のお陰で危険な目や危ない目に遭わずに済む者たちとて多いのだ。何より救われた者は深い恩をあの夫婦に感じている。
「陛下のお許しが得られるのならば、近衛は隊を2つに分け南部調査と王都の守護にあたりたいと思います」
「……南部にはお前が出向くのであろう? 王都の守護は誰が行う?」
「はい。近衛の副団長であるアルグスタ殿にお任せします」
「……そうか」
話が見えた。だからこそシュニットはその顔に笑みを浮かべた。
「でしたら陛下。この場にて大将軍である自分からも前々から上申していた願いを叶えて頂きたく思います」
「あれか?」
「はい」
ニヤリと笑う国王と大将軍の様子にハーフレンも訝しむ。
自身の知らない企みがどうやら2人の間であるらしい。
「分かった。奇遇にも現在『戦時特例』を発動しているしな」
シュニットは素早く羽ペンを走らせ、1枚の任命書を書き上げた。
「だがシュゼーレ。これは今回のみの戦時特例とする。良いな」
「はっ」
一時的でもそれが発令されれば、あの厄介者を狙うことが難しくなる。
シュニットは立ち上がり、まず近衛団長を見た。
「近衛団長に命じる。本日より近衛は南部の調査を開始せよ」
「はっ」
「王都守護の責任者は、近衛副団長アルグスタ・フォン・ドラグナイトとする」
発令と共に書記官がその手を動かし、必要な書類が書かれて行く。
ついでシュニットは大将軍を見た。
「大将軍に命じる。本日より北西及び北東部の同盟領への視察を行え」
「はっ」
「大将軍の留守中は、戦時特例を持って対ドラゴンの第一人者であるアルグスタ・フォン・ドラグナイトを臨時副将軍としその任に当たらせる。以上だ」
流石のハーフレンもその思い切った采配に苦笑しか出て来なかった。
近衛団長と大将軍が不在となり、その替わりをたった1人の上級貴族に任せると言うのだ。
異例も異例であるが、何よりおいそれと彼を手だしすることが難しくなる。
下手に彼に何かあれば"軍"が動きを止めてしまう。ドラゴンと言う目に見える外敵が居る状況で軍が動きを止めてしまうのは国の存続を危うくしてしまうのだ。
「陛下。宜しいでしょうか?」
「許す」
やれやれと頭を掻いてハーフレンは兄を見た。
「どこに自分の国を人質にして弟の暗殺を封じる国王が居るんだよ?」
「案ずるな。あれに言わせれば私をユニバンスの歴史に名を残す王にしてくれるそうだ。ならば思い切って勝負するのも悪くないだろう?」
「あはは……成功したら間違い無く名を残すだろうよ」
王弟のボヤキに大将軍はとても愉快そうに笑ってみせるのだった。
~あとがき~
思い切った勝負に出たシュニットの博打はどっちに転がるか?
何より皆さん忘れてませんか? ノイエの家族がそう簡単に…ねぇ?
(c) 甲斐八雲
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