……覗きか。下衆が
「……と以上の証拠より、ルーセフルト家はユニバンス王国に仇なす行為を画策していたのは明白です」
静かに告げられる若き宰相の言葉に、王家と敵対していた有力貴族たちは誰もが苦虫を噛み砕いたような顔をする。
今回は第三王子と言う駒を得ていたルーセフルトが動き失敗したに過ぎない。だが『もし自分たちが動いたら?』と、そう考え苦々しい気持ちにさせられる。
現在の王家……特に2人の王子は優秀であると認めるしかない。
ルーセフルト家が裏でどれほどの悪事を働いていたのかを証拠付きで摘発したシュニット王子の知才。 私的に兵を動かし第二王子として反乱の目を摘み取ったハーフレン王子の軍才。
その2人が仲違いをせずにこの国を引っ張っていくと考えれば、ユニバンス王国は大きく発展するかもしれない。
若き王子を評価する者と憎々しく思う者とで別れながらも、両手と首を拘束具で繋がれたルーセフルト家当主に全員の視線が集まる。
長年覇気だけは漂わせていた彼も自身の身を案じているのか、その背を丸め小さくなっている。ただブツブツと呟き続けている言葉は誰の耳にも届いていない。
モゴモゴと口を動かす様子だけが見え、王家打倒の盟主たる威厳など全く感じさせない。
「娘トパーズは再三に渡る登城命令を拒否し、先日陛下より離縁が言い渡されています」
淡々と話を進めるシュニットは、自身が持つ書類が差し替えられていることに気づいた。
犯人が誰であるのかは明白であり、チラリと視線を向ければ……父親である国王は小さく頷くのみだ。
「そして第三王子であるアルグスタは、前々からの病気が治っておらず現在は王城内の一室で治療を施しています。今回の騒ぎの首謀者は当主であるタインツのみであるのは間違いなく、病気で休んでいたアルグスタの関与は余りにも希薄。しばらくは王城の一室で治療に励んで頂きます」
監禁に近い扱いであるが、弟を生かすと言う選択肢を選んだ国王にシュニットは従う。
別に弟が憎くてルーセフルト家を攻撃している訳ではない。それがシュニットの本心だからだ。
「ルーセフルト家は上級貴族の地位をはく奪し、エーバの街に存在する屋敷に蟄居とする。
準備が整い次第に輸送し、一族はエーバの街から出ることを禁ずる。これは国王陛下ウイルモット様のご命令である」
「「はっ」」
参加している全ての貴族たちが玉座に座る者に頭を下げた。
こうしてルーセフルト家は力を失ったのだ。
「このワヒルツヒはどうなるのかね~?」
「あん? とりあえずは王家の直轄とするが、これほどの街だからな」
「欲しがる貴族は多いよね~」
元ルーセフルト家の領主屋敷だった中庭で、ハーフレンとミシュは寝っ転がっていた。
襲撃をして20日あまり経過した。
屋敷の隅々を捜索したお陰で数多くの書類を手に入れ王都の宰相の元に送ることが出来た。
恐ろしくなるほど悪事に手を染めていた証拠を得られたが、それ以上に古井戸から白骨化した遺体を引き上げることにも成功した。
メイド服を纏った者が一番多く、骨格を調べた結果は大半が女性であることが判明している。
街の警護をしていた衛兵たちを締め上げ確認を取れば、年頃の娘たちが街中から姿を消す事件が多発していたとか。
ミシュが笑顔で衛兵の偉い順から股間に短剣を突き立てて回ると、命乞いを求めて下の者たちが全てを暴露した。
主導していたのはタインツらしい。馬鹿貴族の当主らしい行いとも言えるが、彼のお眼鏡に適わなければ返品される。すると衛兵の偉い者たちがご相伴に預かり、結果として娘は暴行されて捨てられていたと言うことで遺体となって家に戻ることになった。
当主が屑なら下も屑揃いだ。
ハーフレンは自身の地位の元で犯罪に手を染めている者たちを全て厳罰に処した。
「掃除をするのは良いんだけど~この後はどうするんだよ~」
「兄貴がどうにかするだろう?」
「そろそろ帰りたいんですけど~」
「俺もだよ」
芝生の上に転がしていた体を起こしハーフレンは軽く首を鳴らした。
「ゴマを擦ってくる奴らが面倒で困る」
「だね~」
ハーフレンがワヒルツヒの領主になることは無い。それを理解していないその土地の豪商などが朝から列をなして面会を求めて来る。
お蔭で仕事の手が止まり、事務仕事を嫌うハーフレンとしてはつまらない時間が増えているのだ。
「……もう帰るか」
「勝手すると帰ってからが厄介だね~」
「分かってるよ」
今回はあくまで弟の"見舞い"に来たこととなっている。
見舞いに来たら弟からルーセフルト家の企みを打ち明けられ、手勢のみで鎮圧したと言うのが宰相シュニットが描いた物語だ。
「それよりミシュ」
「あんだよ~」
「あっちはどうなっている?」
一瞬『あっちとは?』と悩むミシュだが何となく思い出せた。
「……イーリナの仕事待ちだね~」
「あれは尻を蹴らないと働かんぞ?」
急遽王都から呼び寄せた魔法隊の隊長様は、とにかく仕事をしたがらないので有名だ。
魔法隊の部屋に自分専用のベッドを運び込み、寝ながら仕事をしている姿を目撃したハーフレンは……もう彼女には最低限の仕事しか求めていない。最低限働いてくれればそれなりに仕事をするからだ。
「と言うか、良くあれが来たな?」
「ワヒルツヒに居る日数分だけ後で休暇を出すと言って連れて来た」
「……誰の許しを得た?」
「気にするな近衛団長。あれが休んでいても気づかまい?」
「そうだな」
彼女の言葉に納得し、ハーフレンはまたゴロンと芝生の上に転がった。
「……覗きか。下衆が」
俯き加減で歩いて来た恐れを知らないフード姿の人物の顔がハーフレンの視界に入った。相変わらずの丸顔の童顔だ。
と、今度は靴底が見えたから急いで回避する。
「で、どうだった?」
横に退いて立ち上がりハーフレンは芝を踏みつけている魔法使いに目をやる。
「……あれはもう使えない」
「使えないだと?」
「そう」
フードで顔を隠しイーリナは上司の方に体を向ける。
「工房の機能は残って居る。でも後が使えない」
「後とは?」
「それを使う魔法使いたちだ」
やれやれと肩を竦めてイーリナは嫌々口を開く。
「変な薬でも使ったのか、魔剣製造に携わる魔法使いたちが全員廃人だ。設備は残って居るから王都から人間を連れて来れば使えるだろう」
その顔立ちからは考えられないほど尊大な物言い。
フードで顔を隠すのは色々と意味がある様子だ。
「つまり今は魔剣が作れないと?」
「そう言ってる」
もう仕事は終わりだと言いたげに、イーリナは歩き出す。
いつものことなのでハーフレンは止めるのを諦めた。ただ今日は珍しく彼女の方が足を止めた。
「言い忘れた」
「何だ?」
「もし動かすなら材料が1つも無い。持って来ないと動かない」
「……それを先に言えっ!」
額に手を当てハーフレンは呆れた。
つまり材料全ては魔剣となり、その行方は……ミシュに目を向けるが彼女は肩を竦めた。
分家の時も本家の時も、襲撃時に誰一人として魔剣を使わなかった。てっきり保管でもされているのかと思っていたが、その気配もない。
ルーセフルトの生命線であるはずの魔剣が一本も無いのだ。
「仕事が増えたな」
逃げるようにスタスタと歩いて行くイーリナを追うように立ち上がったミシュが自然な様子で歩き出す。
駄犬の首根っこを捕まえハーフレンは工房に向かうこととした。
~あとがき~
王都ではタインツたちの罪が確定し、ワヒルツヒに残ったハーフレンたちは残務処理に明け暮れる。
で、一向に出て来なかった魔剣は作者が出し忘れていた訳では無いのです。無いのです!
無くなった魔剣は何処に? その謎は…忘れた頃に出て来るかもねw
(c) 甲斐八雲
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