悲しいことに、だ

 わずか2日で作られた丸太小屋は、前に建っていた物を壊して材料に回し、運んで来た丸太を足されてただ大きくなると言うだけの工事で終えた。


 どうやら近衛と言うよりもノイエ小隊が力を持つことを恐れる者たちが居るらしい。

 仕方ないこととは言え、身内同士で足を引っ張り合っているのは愚の骨頂だとフレアは思う。

 その長たる状況が王家対ルーセフルト家の構図だろう。足の引っ張り合いでは無く殺し合いをしているのだから。


「ルッテが馬に乗れたのは助かったわ」

「鞍とかあって乗りやすいです」

「故郷では裸馬に?」

「はい。何度も転がり落ちて覚えました」


 田舎の狩人の出でもそれは普通じゃないとフレアは気付く。

 だがケロッとしているルッテはそれが普通だったらしい。


「意外と腕白だったのね?」

「普通です。みんなやってましたよ?」

「……そうなの」


 ユニバンスの西部は風変わりな者が多いのだろう。

 ミシュも西部の出身だったと思い出し、フレアはとても遠い方を見つめた。


「先輩。今日からここを使うんですか?」

「そうなるわね」


 早速部屋に突入したルッテが中を見渡す。


 せめてもの嫌がらせと言うことで、ルッテはお城での勤務を取りやめノイエ小隊の待機所で務めることとなった。

 結果として彼女に『依頼』を出したい時は、わざわざノイエ小隊の待機所にまで来るか朝の出動時までに届けるしかない。


《ハーフレンがこれを認めてくれたのは感謝するけど……》


 それでも本当に細やかな仕返しでしかない。こんなことをして足を引っ張ているから……と、フレアも自分がそんな馬鹿な者たちの一部なのだと気付いて苦笑した。


「先輩」

「何かしら?」

「なら早速始めますね」

「ええ。お願い」


 祝福を使用するのに必要な干し肉を大量に抱え、ルッテは小屋に入ると扉を閉じた。


 確認する場所は地図で示されているので、それを見て渡されている地図と違いが無いかを確認する。

 片手に羽根ペンを、もう片方に干し肉を持ってルッテは仕事を始める。


 結果として彼女の現場投入が早まり……修学の時間は仕事の合間になってしまったのだ。




「隊長」

「ん~」


 隠れ家としている家の天井裏で『人生』について深く悩んでいたミシュは、部下の声に体を起こして音を立てずに移動する。

 覗き見用の溝からは外の様子が見え、そこには隊列を組んだ一団が通過している。


「紋章は?」

「ルーセフルト家です」

「報告通りだね~」


 くわわ~と欠伸をしてミシュは目を凝らす。

 中央の馬車が当主であるタインツが乗っているものだろう。それはどうでも良い。


 気配を殺しながら確認し続けると、ついぞその人物を捕えた。

 生気のない表情は青白く見え、何より全身が細い。それでも鍛え抜かれている様子はひと目で分かる。


 部下たちにはタインツの馬車を見るように指示し、決して『あれ』を探さないように命じていた。命じていたのだが……馬車の傍にいたそれが黒い物を引き抜き投げた。

 投げられた方向はミシュたちとは別の隠れ家だ。


 家の外壁に突き刺さりめり込んだ物が、部下に命中していることをミシュは理解していた。

 それでも気配を発せず、感情を動かさずに目標を確認する。あれが傭兵ムルイトだ。


 馬車が過ぎるまで確認し続け、ミシュは静かに息を吐いた。


「向かいの確認を」

「はっ」

「もし使用した武器を回収できるようなら回収しといて」

「隊長は?」


 屋根裏から出て行こうとしたミシュは足を止めて部下を見る。


「相手の確認は出来たから私は寝るわ。後宜しく~」


 軽い声と軽い足取りで彼女は階段を降りて行った。


「何なんですかあれっ!」


 出て行ったミシュの気配が消えてから、先日配属された新人が憤った。


 まだ新人な自分の目から見ても向かいの隠れ家に投げつけられた武器により、最低1人は怪我を負ったかもしれないのだ。運が悪ければ即死だってある。

 それなのにあの人物は『帰って寝る』と言ったのだ。


 今にも階段を駆け下りてルーセフルト家の馬車を追いかけそうな若者に、撤収準備をしていた者たちがやれやれと哀れんだ目を向ける。

 それは新人の大半が体験する儀式みたいなものだからだ。


「おい新入り」

「何ですかっ!」

「お前……何人やった?」

「……まだ、まだですけど……」


 現場経験の長い年長の彼の声に、新入りの若者は何とも言えない顔を作る。


「分かってる。だが1つ知っておけ」

「何をですか?」

「隊長は誰よりも多くの人間を殺してるんだ。現役最強だからな」


 苦笑し、彼は若者を見た。

 相手は修練を終えて現場に出たばかりの若者だ。まだどこかで何かしらの夢を抱いているのかもしれない。『正義感』と言う名の悪夢をだ。


「敵味方を分け隔てなく殺しているあの人が、仲間1人がやられたぐらいで感情が揺らぐものか。もし揺らぐようならあの人は今日まで生きていない」

「……」


 淡々と語られる先輩の言葉に、彼はゴクッと唾を飲んだ。


「俺たちの仕事の大半は調査だ。でもあの人の仕事の大半は人殺しだ。最初から立っている舞台が違うんだ。だからあの人は最強なんだろうな」

「だからって仲間が傷ついて」

「それで何かしらのドジを踏んで仕事を失敗したら、傷ついた仲間の存在が無駄になる。そうだろう?」

「……」

「だからあの人は何があってもいつも通りなんだ。それが猟犬と呼ばれる人の本質だ」


 納得出来ない様子の新入りの肩に手を置いて彼は笑う。


「納得できるまであの人を観察してると良い。その内あの人の見合いがどう失敗するか笑って賭けられるようになったら一人前だ。その時は俺が生きてたら一杯奢ってやるさ」


 ポンポンと肩を叩いて彼は階段を降りた。

 その背を見送った若者は、触れられた肩に手を置き……撤収する先輩たちの様子をただ見つめていた。




「ふな~」


 ベッドに転がりミシュは床に転がるワインの瓶を掴んだ。

 運良く中身が底の方に残っていた。


「馬鹿な部下に」


 軽く瓶を掲げて彼女は残りを全て飲み込んだ。


 それがミシュの決まりだ。部下に何かあったら必ず飲む。

 お陰で彼女の部屋から酒瓶が無くなることが無い。

 悲しいことに、だ。




~あとがき~


 嫌がらせでルッテはノイエ小隊の待機所へ移動となりました。

 で、ミシュです。謹慎食らう=狩りと言うことで本業中です。

 彼女は何があってもいつもと変わりません。変わってなどいられないですから




(c) 甲斐八雲

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