ただのメイドには分かりません

 無事にとは言い難いが式典はどうにか進む。


 ユニバンス王国に属する参加者全員が自由奔放すぎる共和国の姫君に絶望を覚え、睨むように向けられる周りからの視線に耐え切れなくなった共和国の駐在大使や使者たちは終始俯きながら式典の終わりを待つ。


 夫となるシュニットの横でプラプラと足を揺らし、どうにか座っている様子の幼い姫君を見つめ……それを姉とすることとなったハーフレンは最前列で何とも言えない表情を浮かべていた。

 確かに戦時中は厄介な相手であった共和国だが、こんな嫌がらせの類をして来るとは思わなかった。


《にしても……幼いながらも普通礼儀作法の1つは学ぶ物だろう?》


 過去の彼女を思い出し、ハーフレンは増々何とも言えない表情を作る。

 外での評価は何処に出しても恥ずかしくない貴族令嬢だった。だが部屋に来た彼女はどうだ? 目の前の姫と大差無かったかもしれない。むしろ同じとも言えた。


《年相応と考えれば間違っていないと言うことか。それを人前で晒す、見せる相手を選べるかの違いか》


 深く息を吐いて視線を父親である国王に向ける。

 ニヤリと笑いながら進む式典を見守るあれはどこか楽しんでいるように見えた。

 主役の1人である兄は……正装をし、普段と変わらない感情を掴ませない表情を浮かべている。

 あれほどの個性を見せる姫を相手に兄がどう振る舞うか気にもなるが、自分も関係者である以上それに付き合うと思うとゾッとする。


《良し。やはり終わったら逃げよう。さっさと西部に向かってミシュの実家で馬を買って……後は出たとこ勝負だな》


 痛々しい式典の進行を見つめ、ハーフレンはこみ上げてくる欠伸を噛み締めた。




「いや~。なかなか面白い姫様だったね~。流石のミシュちゃんも驚いたよ~」

「そう」


 式典が終わると共和国の使者たちは急いで大使館に戻り閉じこもった。護衛の兵たちは郊外に布陣し待機している。

 安全が確認できたと言うことでフレアは本日の仕事を終え、満腹となって眠るノイエに毛布を掛けて退出した。


 離れを出て歩いていると見慣れた小柄の人物に絡まれ、仕方なく一緒に城を出たのだ。


「でま~。あれだと共和国の使者たちは準備が整い次第帰国だろうね」

「そう」


 報告と言う名の笑い話を聞かされながら、騎士たち御用達の酒場に立ち寄り2人分の席を確保した。

 後は酒とつまみを相棒に雑談だ。ノイエと言う化け物の相手をすることとなってから、2人でこうして色々と話し合ったり、罵り合ったり、蹴り合ったりしている。


「ミシュはこの新年をどうするの?」

「あ~? 馬鹿王子を実家に案内して商売。ついでに仕事させられる感じ」

「……そう」


 知らなかった事実にフレアは一瞬イラつきを見せるが自分の意思で抑え込んだ。


「で、フレアは?」


 つまみの干し肉を唇で咥え上下に振るわせながらミシュは相手を見る。

 澄ました顔をする元第二王子の婚約者は、一度目を閉じてからゆっくりと開いた。


「誘われているの」

「はい?」

「先日の学院との共同実験で、学院側の担当者と仲良くなったの。その人が新年の祭りを一緒にどうかって」

「そう。なら楽しんで頂戴」


 ケラケラと笑いミシュはつまみの追加を頼む。

 フレアは息を吐いてカップに満たされたワインを一気に煽ると、懐から硬貨を取り出してそれを置いた。


「釣りは要らないわ」

「……足らないんだけど?」

「誰も奢るなんて言ってないし誘ったのはそっちでしょう?」


 あっさり告げて立ち上がったフレアはそのまま店の出口へと向かい歩いて行く。

 その後ろ姿を見つめたミシュは、チュパチュパと干し肉をしゃぶり頬杖を突くいた。


「あ~。あんな面倒臭いことになるなら、私は楽な相手が良いわ。うん。やっぱり男は顔と体よね」


 ギランとその目を輝かせ、ミシュは酒を飲んでいる若い男たちに絡み出すのであった。




 成婚式が終わるまでは正式に夫婦ではない。

 だがそれは形式上のことであり、相手を得たその夜に初夜を迎えるなど普通ののことだ。ただ相手の年齢を考慮して結婚してもそっちが後回しになることも多いが。


 宰相であるシュニットは貴族区と呼ばれる場所で、静養中の王妃と共に屋敷で暮らしている。

 その屋敷は周りからこう呼ばれている。『孤児院』と。




「ふわ~。子供がいっぱいです~」


 案内された中庭でセルスウィン共和国の姫キャミリー・フォン・セルスウィンは、うっすらと灯された明かりの元で夕飯を摂っている子供たちの輪の中に突入した。

 色々な声が沸き上がり……しばらくするとドレス姿の姫様は、孤児たちと並び一緒に食事を摂りだす始末だ。


「恐ろしいほどに適応能力の高い姫様のご様子で」

「スィークか。王妃様は?」

「ええ。あの姫様に逢うんだと寝言を申していたので、『ベッドから飛び起きることが出来たら許しましょう』と告げたら、腹筋一発で吐血して今はお黙りなっています」

「……そうか」


 相変わらずのメイド長にシュニットは苦笑し、ずっと背を預けていた壁から離れた。

 軽い足取りで歩き出した王子の背にメイド長はその目を向けた。


「お気を付け下さいませ。シュニット様」

「何か?」


 足を止め肩越しに振り返る彼に、メイド長は柔らかく一礼してみせた。


「女とは自分と外見を偽る存在にございます。ですから十分にご注意を」

「彼女が偽っていると?」

「さあ? ただのメイドには分かりません」


 ニヤリと笑いスィークはその場から離れた。




~あとがき~


 キャミリー台風で共和国の使者たちは早々に帰国する方向に。で、ハーフレンも逃走を計画しております。

 ただメイド長だけは、キャミリーのことを警戒しているご様子で




(c) 甲斐八雲

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