愛するが故に人は盲目となるか

「馬鹿王子っ!」


 扉を蹴破らんかな勢いで小柄な少女が駆け込んで来た。ミシュだ。

 この度正式にノイエ小隊の副隊長となった彼女は、小さいながらに王城内に執務室を与えられそちらにしばらくは通うことになっている。

 本来なら郊外の何処かに待機所を作りたいのだが、現在その場所の選定中なのだ。


「事務仕事に飽きたか?」

「違うわボケっ! 飽きるも何も全部フレアに丸投げよっ!」

「それもそれで後が怖いぞ?」

「良いのよ! それよりもそのフレアをどうしたっ!」

「ああ。ちょっと急ぎで前の仕事に戻って貰って」

「今直ぐ止めさせて戻せ~!」


 両手を振り上げ突撃して来る馬鹿にハーフレンは持っていたカップを投げつける。

 スルッと動いて中身も溢さずミシュはカップを受け取った。


「無理を言うな。こっちも上からの指示で急ぎなんだ」

「こっちも急ぎなのよ! 厳密に言うと現在進行形で!」

「……何があった?」


 ゴクゴクと受け取った紅茶を飲み干しミシュは疲れた様子で上司を見る。


「あのノイエって子が朝から暴走して大変なのよ」

「……具体的には?」

「黒いカサカサが部屋の中に出たらしくって全力で潰そうとしてる。部屋の壁や床ごと」

「……本当か?」

「ええ。本当よ」


 聖母のような笑みを浮かべてミシュは遠くを見る。


 騎士見習いと言うことで女性騎士の寮に放り込まれたノイエは、そこで色々と問題を起こしている。何よりまず自分のことが全くできない。着替えも入浴すら出来ないのだ。

 一番の問題は、ふとしたことでそのあり余る力を暴発させる。壁に穴をあけるなど3日に1度の行為だ。


「……どうすんの? 寮母さんがブチっと切れてて、ノイエをどうにかしないなら故郷に帰るって泣きながら騒いでたわよ?」

「それをどうにかするのがお前の」

「無理。あれは無理」


 ブンブンと顔を左右に振ってミシュは断言する。


「あれだったら壁や床に穴をあけない分、馬の方がマシよ」

「……そう言われてもな」


 やれやれとハーフレンは肩を竦める。

 宰相には数日中と言ってしまった手前、フレアを外すことは出来ない。

 そうなると……ノイエの退寮は確定事項だ。


「仕方ないな」

「何よ?」

「ミシュの部屋に」

「無理~!」


 体の前で腕を交差して×を作る。


「自慢じゃないけど私の部屋は黒いカサカサが同居人なんだからね!」

「本当に自慢にならんし、何より駆除しろよ? お前の部屋が発生原因だろそれ?」

「いや~。意外とずっと一緒に居ると可愛く見えてくるのよ? たまに飛ぶから叩き落して始末するけど」

「全部始末しろ」

「何より私の部屋は元々物置だから1人ぐらいしか住めないし」

「……」


 どうして物置に住んでいるのかは理解しているからハーフレンは追及しない。追及はしないが、なぜ彼女はそんな恥ずかしいことを胸を張って自慢できるのかは理解出来なかった。


「で、どうするの?」

「……分かった。こっちでどうにかする」

「なら宜しく~」


 キュッキュッと尻を振って立ち去るミシュに殺意を向けながら、ハーフレンは新しく生じた問題に頭を抱えるのだった。




「こちらになります。宰相様」

「済まんな。忙しい時に無理を頼んで」

「いいえ。急ぎの内容だと理解していますので」


 柔らかく一礼をし、フレアは相手が手にした書類を見終わるまで待つ。

 事務仕事に長けている宰相は速読に近い速度で全てに目を通した。


「良く纏めてくれた。これならルーセフルト家に仕掛けられる」

「はい」


 報告書を纏めたフレアは理解していた。

 ルーセフルト家のタインツがどれ程愚かな人物かを。


 静養させるという名目でワヒルツヒに呼んだアルグスタを自慢し過ぎているのだ。何よりあのエルダーを教育係にして学ばせているなど自慢する必要もない。

 それなのに飲んで酔っては派閥の者たちに語っているなど上に立つべき人物では無いと理解出来る。


「ところでフレアよ」

「はい?」

「ノイエはどうか?」

「……」


 大変返事の難しい質問だ。

 ただ相手はこの国の宰相である。ならば正直に告げるべきであろう。


「ドラゴン退治だけでしたら問題は無いと思います。ただその退治の仕方に色々と騒ぐ人たちも多いですが」

「その報告は受けている。何でも彼女は素手で退治するとか?」

「はい」


 自分が悪い訳ではないのだが、フレアは静かに頷き返した。


 どれほど言ってもノイエは素手でドラゴンを退治する。試しに剣を持たせてはみたが、ドラゴンを見つけるや手にした剣を放り捨てて向かっていく。何よりドラゴンを相手に大立ち回りをするものだから毎日鎧も壊れてしまう。


 野蛮人の所業と失笑する貴族も多く、何より実際に拳を振るう彼女を見て大半の貴族が腰を抜かす。好奇の目で彼女を見ていたはずが、最後は恐怖に震え化け物でも見るかのように視線を逸らすのだ。

 唯一の救いは彼女自身が周りの言葉や視線など全く意に返さない。鈍感と言うよりも周りから自分に向けられる感情を理解していないのだ。


 思いの丈をフレアは正直に語ると、ふと自分対して宰相である彼が柔らかな眼差しを向けていることに気づいた。


「悪い。余りに良くノイエを見ている物だと感心してしまってな」

「いいえ。し……あの人の教えで『対象は詳しく観察しなさい』と教えられたもので」

「そうか」


 軽く頷きシュニットはフレアに本来の職務に戻るように命じる。

 退出する彼女を見送り……深いため息を吐く。


「対象を詳しく観察し、か……ならばハーフレンを良く観察すればあれの本意にも気づけるだろうに」


 静かに頭を振って、シュニットは義理の妹とならなかったフレアを思う。


「愛するが故に人は盲目となるか……私には分からない感情だな」




~あとがき~


 黒いカサカサに過剰に反応するのはその内語るでしょう。

 で、シュニットとフレアの会話って真面目になるから不思議だわ~




(c) 甲斐八雲

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