掃除が必要ですね

 ユニバンス王国南部、某所



 寝静まった夜の街をその影は走り抜ける。

 普段着がメイド服と言う暗殺……では無く王国一の警護人として知られるメイド長スィークだ。


 足が付けばどこでも走ることの出来ると言う、自称中途半端な祝福を持つ彼女を普通の者が追うことなど容易では無い。あっさりと密偵狩りを突き放し、彼女は夜の闇に同化した。


 今宵の獲物は人の命では無い。現在の保護対象から頼まれ仕方なく調査している。


 目標はどこぞの馬鹿王子が拾って来たとある施設に居た少女。

 ドラゴンを倒すために色々と無茶をしたらしいその少女は、有力貴族であるルーセフルト一派の手の者たちによって王国南部に移送されたと言うことまでは分かっている。


 それ以降適当な報告書が上がって来るが、肝心なことは全く報告が無い。だったら国の密偵でも使って調べれば良いと思うが、密偵たちは現在南部の貴族たちを相手に壮絶な潰し合いをしている。

 とてもでは無いが片手間で調査など難しいだろう。


《あの馬鹿弟子もわたくしの所を出て行ってから騎士の真似事などをして……暗殺者は目立たない方が良いと言う教えを忘れたのようね》


 今度会ったら顔の形が変わるまで殴ろうと決め、スィークは街に存在する領主屋敷の庭に降り立った。


 集めた情報。

 締め上げた情報屋や下男などからの言葉を総合すれば、件の少女はこの屋敷に居る可能性が高い。

 ただ屋敷の中に入れておかないだろうと……裏庭から巡り、小屋と言う小屋を確認する。どうも隠されている気配は無い。


 外したかと諦め立ち去ろうとしてそれに気づく。空気に含まれた糞尿の臭い。

 木々が茂るこんな場所なら見回りの者が隠れてこっそりと言うこともあり得る。あり得るが、確実に調べるのがスィークの性格だ。何より糞尿を散らかしたままと言うのはメイドとして許せない。


 臭いを辿り歩くと、ちょっとした広場に出た。

 地面と石造りの……古井戸でも改造して作られた様な地下牢の類に見える。

 近寄り月明りを背にして確認すれば、底の方に報告通り全体的に白い少女が居た。


《……掃除が必要ですね》


 スッとエプロンから短剣を取り出し、スィークはそれを静かに払い屋敷に向け足を動かす。

 僅かな時間で屋敷内の全ての人間を掃除し、彼女はまた地下牢へと戻って来た。


 手に入れた鍵で鉄製の檻を開き、腰に巻いた縄を確認しそのまま底へ向かい走る。

 着地して確認すれば、白い少女はぐっすりと寝ていた。


《なかなか肝の太い子ですね。鍛えれば楽しい存在になりそうですが……》


 何となくスィークはこの子に近づかない方が良いと本能でそう判断した。

 それでも拘束している鎖などを外し、魔力封じをそのままに抱え走って外に出る。


《まずは……本当に掃除が必要ですね。それからあの種馬王に引き渡せば良いでしょう》


 そう決め、メイド長は静かに暗闇に同化し姿を消した。




「ここがお前の職場だ」

「……ガラクタの山だ」

「言うな。前任者の団長は魔法使いを毛嫌いしていてな」


 剣で生きていたドウリアスは、魔法を姑息な手段だと断言していた。だからそれを嫌い魔法隊に所属する魔法使いは最低限に抑えられた。

 何より魔法は金がかかるので、それを嫌っていたのだろうとハーフレンは思っていたが。


 ガリガリと頭を掻いてハーフレンは新しく魔法隊の隊長に任命した彼女を部屋の中に蹴り入れようとしたが、それを察知したイーリナは嫌々ながらも自分から部屋の中に入った。

 部屋は十分に広いが……何に使っていたのか、何処で使っていたのかよく分からない物が散乱している。


「掃除は?」

「メイドを捕まえてやらせろ。ただ外部に流出させたらヤバそうな物まで掃除させるな」

「……張り付いて一緒に掃除をしろと言ってるように聞こえるが?」

「遠回しにそう言っている」

「チッ」

「おま……舌打ちは態度が悪すぎるだろう?」

「気のせいだ。歯の間に何かが詰まっていた。絶望とか面倒臭いとかそう言ったものだ」


 文句を言いながらイーリナは部屋の中を軽く見て回り……入り口に立つ上司に目を向けた。


「ところでここで何をすれば良い?」

「近衛の主な仕事は王都と城の警護だ」

「それぐらいは知っている」


 フード越しの視線が泳いでいたことをハーフレンは不問にした。


「……魔法隊の主に仕事は押収した魔道具などの調査と封印だな。物によっては学院との共同になったりもするが問題無いだろう?」

「問題無い。つまり母校に仕事を押し付ければ良いと言うことだ。喜んで押し付けよう」

「勝手に全部押し付けるなよ」


 やれやれとため息を履いてハーフレンは頭を掻く手を止めた。


「お前って学院の出か?」

「魔道具を専攻していた」

「……そうか」


 ユニバンス魔法学院の魔道具は少し前まで大陸屈指と言われていた。

 ただ1人の抜け出た実力を持つ魔女が居たせいではあるが。


 と、彼女のフードが微かに上に動いた。


「ああ。近衛にはあの魔女の弟子が居ると聞いた。私の部下になるのか?」

「ならんよ」

「何故?」

「お前を楽させない為だ」

「チッ。使えん上司だ」


 やれやれと肩を竦めて彼女は勝手に椅子に座った。


「出来れば魔道具のことを聞きたかったんだが……術式の魔女は技術だけは優れていたからな」

「そうか。だが唯一残った弟子はそんな魔女から魔道具作りの才能無しと言われたらしい」

「それは残念だ。会うだけ無駄なら会う必要はないな。何より挨拶とか面倒臭い」


 仕事をしたくない気配を漂わせるイーリナをハーフレンはジッと睨んだ。


「とりあえず給金分は仕事をしろ。良いな?」

「分かっている。だがはっきり言っておこう……私は給金以上の仕事はしない。面倒臭いからな」

「……お前本当に人としてダメなヤツだな?」

「うむ。だから母校をさっさと追い出された」

「分かる気がするわ」

 

 能力重視も見直しがいるなと、ハーフレンはそう思わずにはいられなかった。




~あとがき~


 容赦ないメイド長は全てお掃除をしてノイエを回収しました。

 そしてハーフレンとイーリナの会話も何気に好きだったりしますw




(c) 甲斐八雲

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