自称魔女風情が

 背後から背伸びをし、抱き付いて目隠しをするノイエの手を必死に離すのを待ってくれてありがとう。

 僕の前に移動させたノイエを背後から抱きしめ、彼女の肩越しに魔女を見る。

 胸の谷間……胸の中心に玉が埋まっている。赤い血の色をした掌に乗るくらいの大きさな物だ。


「異世界のドラゴンを呼び出す玉だよね?」

「ええ。宝玉と言うわ」

「そうっすか~」


 頷いてノイエの頭に顎を乗せる。


 ヤバい。僕が馬鹿だかだろうか?

 それを見たぐらいで魔女がノイエに執着する理由が分からない。分かるのは意外と良い形をした胸だなってことで……何故かノイエが軽く背伸びをして来て僕の顎を下から軽く打ったよ。


「あの~ちょっと良いですか?」

「何かしら?」

「その玉をそこに埋め込むことでノイエに執着する理由が分からないんですけど?」

「……」


 僕の言葉に魔女が頬まで裂けた口で笑う。


「忘れたの? 貴方たちの結婚式でその女がドラゴンを消滅させたことを」

「あ~」

「何かしら?」

「何でも無いです」


 言えない。

 それをしたのは確かにノイエだけど、僕が祝福を渡したからああなっただけだなんて言えない。


「少し宜しいでしょうか?」

「……誰かしら?」


 僕の背後に居た叔母様が横に来て魔女を見る。


「初めまして。わたくしの名はスィーク・フォン・ハルムント。ユニバンス王国の王族に名を連ねる存在です」

「あら? 初めまして」


 妖艶な魔女と冷徹なメイドが睨み合う。


 それを尻目に、こっちは『もう確認した』と言いたげに手を伸ばし僕の目を隠そうとするノイエとのバトル中だ。

 ここでお嫁さんに目隠しされるとか末代までの恥でしょう? 物語なら苦情が来るよ?


「あの日わたくしもあの場に居ましたが、確か参列者に貴女様は居なかったはず」

「ええ。そうよ」


 メイド長あの時居たんだ。

 まあそうだよな……お城のメイドさんとか総動員していたとか聞いたし。


「ならばノイエがドラゴンを倒したのは人伝に聞いたはず」

「そうね」


 クスッと叔母様が笑った。


「つまり貴女は他人から聞いた話でノイエを恐れている。それは何故か?」

「……」


 スッと魔女の胸元に指を向ける。

 だからノイエ。邪魔はダメだって。もしかしたら大切な話かもしれないでしょう?


「貴女が何かに操られていると考えれば合点がいきます。身に覚えは?」

「……煩い」


 今までの余裕が消え、魔女の表情が邪悪に変わる。


「さあアルグスタ。舞台は整えました。さっさと片付けてしまいなさい」

「……」


 僕の横には目の前の魔女より邪悪な思考を持つ叔母が居ました。

 まあ良い。どっちにせよあれはもう人として終わってる。


「ノイエ」

「ダメ」

「じゃなくて……あれを殴り飛ばしちゃって」


 彼女の両手を掴んで祝福を与える。

 それに気づいたノイエは、本気の悪ふざけを止めてクルッと魔女の方に体を向けた。


「あれを倒してノイエの家族たちを眠らせてあげよう」

「……はい」


 ギュッと手を握り拳を作ったノイエが軽く前に向かい歩き出す。

 拳を振りかぶったノイエが地面を蹴って魔女に跳ぶ。


「これでっ」


 宙に浮いたままノイエが止まった。

 違う。魔女の胸から生えたいばらがノイエの四肢を貫いていた。


「くっ」


 ジタバタと暴れるがノイエに食い込んだ茨は外れない。


「ふふふ……あ~っはは~!」


 魔女が笑う。

 胸から……全身をドラゴンの鱗へと変化させながら茨を纏って行く。


「叔母様っ!」

「仕方ありませんね」


 僕の祝福を纏ったままの短剣をスィーク叔母さんが投擲する。

 だが茨が壁になってそれを塞いだ。どう言う……そう言うことかっ!


「その茨は植物か?」

「ええそうよ。私はこの体に植物とドラゴンを取り込んだ。この宝玉の力を使い私は人を越えた! ドラゴンも越えた! 私は最強の魔女になったのよ!」


 吠えて笑う魔女に向ける言葉が無い。

 規格外すぎるだろう! 何よりどうすれば植物とか取り込めるんだよ!


 腰の袋に手を伸ばし入れてある小石を握る。これなら茨の間を抜けて魔女に届くかもしれないが……確実じゃない。何より空腹で連発は無理だ。


「さあこの小娘を殺してユニバンスを血祭りに」

「……ふざけるのも大概になさい。自称魔女風情が」


 ギラリと恐ろしい目を魔女がノイエに向ける。

 茨によって宙づりにされているノイエが笑っているのか、肩を揺らしていた。


「確か古い術式にあったわね? 植物を使いそれを急激に育てて武器にする魔法が」

「……何故それを?」

「知っているわよ。私を誰だと思ってるの?」


 え~! ちょっと待ってよ~! 誰が後始末を……馬鹿王子とメイド長が露骨に視線を逸らしてるんですけど!


 ノイエの髪が赤く変わる。そう真っ赤だ。鮮やかだ。とても綺麗だ。


「操作系の大規模術式魔法……"育成"だったかしら? 共和国の自称魔女が使うらしい小手先の魔法よ」

「殺す! 殺す! 殺す!」


 マジギレした魔女が、茨を塊にしてノイエに向かい投げ放つ。


 ただ挑発していても『先生』の魔法語を唱える速度は僕が知る限り最速だ。

 一瞬で、本当に一瞬で唱え終えた魔法を彼女が放つ。伝説の終末魔法、腐海だ。

 ノイエを拘束している茨どころか迫り来る物まで腐らせ……そして魔女の体に纏わり付く茨をも腐らせる。


 解放されたノイエはその髪から色を抜いてまた白銀に戻る。

 弾かれたように地面を蹴って魔女の顔面に拳を突き立てた。


「これで終わりっ!」


 振り抜いた拳に魔女の顔面が弾け飛んだ。




~あとがき~


 実はアルグスタの結婚式の時にスィークは別の仕事をしていて会場近くに居ました。これは書籍になったら書こうと思っていた話なので…完結するまでにお誘いが無ければ番外編の外伝で発表するかも?

 で、ノイエのピンチに中の人たちが黙っている訳が無いんですよ。特に先生は甘いですから。

 こっそりとアルグスタの祝福の弱点が露見しましたが…この祝福も万能では無いのです




(c) 甲斐八雲

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