ぶん殴りに行って来ます

 早朝僕らはこっそり屋敷を出た。


 泣きながらしがみ付いて来たポーラと別れるのは辛かったが、こんな時でもマイペースなノイエはあっさりと引き剥がして彼女を自室に放置して来た。高速移動でだ。

 褒めてとばかりに頭を突き付けて来るので良し良しと撫でてやってから、まずは僕らを見張っているだろう監視の目を掻い潜り、この王都から抜けて逃げ出すことが大切だ。


「ノイエ」

「はい」

「お願い」

「……?」


 ポーラを捨てに行った時についでに事前打ち合わせも捨てて来ましたか?


「異世界召喚でって」

「……大丈夫。覚えてる」


 言葉とは裏腹にアホ毛は正直だ。『!』が見事に形造られている。


 歌うように頭上に魔方陣を展開し、中からボロボロとお菓子の箱が溢れて来た。

 無言で僕は落ちて来た箱を魔方陣の中に放り込んでいると、巨躯な鷲が飛び出す。

 前に見た時も大きく感じたが改めて観察すると異常なほどの巨体だ。これで飛べるとか航空力学を無視していると思う。航空力学なんて名称だけで内容なんて全く知らないけどさ。


「アルグ様」

「うん」

「足に掴まる」

「……掴まるの?」

「はい」


 何と言うか、この手の乗り物って普通背中に乗る物では?


「背中に乗らないの?」

「……」


『?』にしたアホ毛と共にノイエの頭が軽く傾いた。


「背中に乗った方が楽だと」

「っ!」


 そして『!』へ。


「大丈夫。知ってた」

「……」

「本当」

「……」


 一生懸命に言い訳するノイエが可愛いから許す。

 軽く彼女を抱きしめて良し良しとしてから2人で鷲の背に乗った。


「なら行って来ます」

「どうぞご無事で」


 最古参のメイドさんに見送られ……はて? 我が家の義妹は?


 ふと窓ガラス越しにポーラの部屋の中を覗いたら、蓑虫姿のポーラがベッドの上でジタバタしていた。


 ノイエさん。少し容赦が無さ過ぎでしょう?


「まっ……とりあえず西へ!」

「はい」


 大鷲は真っすぐ朝日から逃れるように西へ向かい飛び出した。




「アルグスタ様が旅立ったそうです」

「そうか」


 登城し仕事をしていたハーフレンは、やって来たメイド長の言葉に適当な返事を寄こす。

 普段の言動は別にして、勤勉な弟や勤労な義妹が抜けた穴はやはり大きい。


 代理のイールアムは持ち前の真面目っぷりで事務仕事をそつなくこなしているが、ドラゴン退治の方は結構楽しそうな状態になっていると、早速部下から報告が上がって来ていた。


「フレア」

「はい」

「あの2人はどっちに向かった?」

「報告では"西"だそうです」

「そうか」


 一応西には上級貴族ドラグナイト家が受領している領地がある。

 ドラゴンと野生動物と山林しかない住人ゼロの土地だが。


「ならあの2人は、領地の視察に向かったということだろうな?」

「そうだと思います」

「それなら別に気にすることは無いな」

「はい」


 打ち合わせ通りハーフレンはあくまで弟の行動をそうすることとし、そう振る舞うと決めていた。

 何よりあれには命よりも大切なモノを取り返す手助けをして貰っている。その借りは大き過ぎて返すのに一苦労しそうなのだ。


「フレア」

「はい」

「とりあえず紅茶をくれ」

「畏まりました」


 柔らかく一礼をし、メイド長は職務に戻った。


《問題はアルグの馬鹿が無事に"あれ"と合流できれば良いんだが……まあどうにかなるだろう》


 ハーフレンは鼻で笑ってメイド長が淹れた紅茶を受け取った。


 だってあれは不幸で有名な密偵なのだ。

 つまり弟夫妻が近くに来れば嫌でも巻き込まれその不幸っぷりを披露することだろう。




 西から北へ。そして途中で鷲を降りてノイエに抱えられて一気に街道を突き進む。


 Gの圧に耐えて到着したのはユニバンスの新自治領だ。名前はまだ無い。

 元々ここにはアルーツと言う王国があったから、『自治領アルーツ』になるんじゃないかと言われている。


「ノイエ」

「はい」

「そのまま一気に領主の館に」

「……どこ?」

「たぶん真ん中にあって一番大きな屋敷」

「はい」


 軽く地面を蹴ってフワッと宙に舞ったノイエと一緒に街を見る。

 帝国領と接するこの地は防御に重点を置いた街作りがされているようだ。壁とか柵とか凄い数造られている。


「アルグ様」

「ん?」

「あそこ?」

「あ~。たぶんそうかな。ならあそこに」

「はい」


 宙を蹴ってノイエが真っすぐ見つけた屋敷に突入しようとする。

 それは一応あれだから、止まって貰って正面門から乗り込むこととした。




 ユニバンス王国新領地、領主屋敷



「何の申し出も無く突然来るとはな?」

「戦場だったらそんなやり取りしないでしょ?」

「違いない」


 大怪我を負ったオッサン……領主のキシャーラさんが突然の来訪にもかかわらず会ってくれた。

 まあ僕ってばこれでも一応王族だからね。


「それで急にどうした? 奥方まで連れて」

「はい。ちょっと共和国に喧嘩を売られたんで、今から殴り込みに行って来ます」

「……そうか」


 頬を引き攣らせてオッサンが納得してくれた。

 流石帝国の大将軍を務めた人だ。凄いな。


「それで協力をお願いしたいんです」

「……トリスシアを貸せと?」

「借りられれば楽なんですけど、帝国軍と睨み合ってるんでしょう?」


 その情報を知った時のホリーお姉ちゃんの無表情反応が忘れられない。

 オーガさんを戦力に数えていたらしく計画が狂ったと言って……何故か襲われ搾り尽された。


「ああ。一応あれを将軍扱いにしてヤージュを参謀に前線に出ている。と言ってもドラゴンを焼いてはその煙と匂いでドラゴンを集めて退治して暇を潰しているらしいが」

「まあそれだって帝国から見れば脅威でしょう。つまり帝国は動けないですね?」


 ホリーの読みでは現状帝国は兵を動かすことが出来ない。

 周辺国に攻められているあの国は今しばらく身動きが取れないと彼女は断言した。

 僕を貪った後、ホリーはあっという間に次の作戦を考えだした。その一つがこれだ。


 フッと笑ってオッサンは大きく頷いた。


「ああ。帝国は動けんよ。共和国に何が起きてもな」

「だったら丁度良い。やっぱり殴り込んでぶん殴って来ます」

「そうか。それでこちらに求める協力とは?」

「はい。僕らがここに長期滞在していたと言う証言をお願いします」

「そうか」


 クククと笑いオッサンがソファーに踏ん反り返った。


「容易い願いだ。見返りは?」

「共和国方面から敵が来なくなります」

「それは助かるな。分かった……証言しよう」


 言質は取った。これで僕らは領地を見てからここで遊んでいたと言うことになる。


「なら早速……あの国をぶん殴りに行って来ます」




~あとがき~


 これでアルグスタたちはユニバンス王国内に居たと言うことになります。

 だから共和国で何が起きても…ねぇ?




(c) 甲斐八雲

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