ここは何処です~?

《本当にアルグスタ様は……》


 静かに廊下を歩くメイドに、向かいからやって来るメイドたちが左右に避けて一礼して来る。

 メイド長の跡を継いでから特別何かをしている訳では無いが、周りのメイドたちが敬意を表してくる。

 気恥ずかしさもあるが、凛とした姿で居ることを命じられているので背筋を正しそう振る舞う。


 目的の部屋に辿り着いてメイド長は、重厚な扉を軽くノックすると控えているメイドたちが扉を開き入室する。


「お久しぶりです。イールアム様」

「久しぶりですね。フレア嬢……今はメイド長でしたね」

「はい」


 柔らかく笑いフレアは出迎えてくれた彼に右手を差し出す。

 軽く握手を交わし、勧められるがままにソファーに腰を下ろした。


『イールアム・フォン・ハルムント』


 元宰相であった亡きウイルアム・フォン・ハルムントの血を唯一引く王位継承権3位の人物だ。


 年の頃は30となり、落ち着きのある文官肌の男性で、仕事も私生活も真面目であり、現国王であるシュニットからの信頼も厚い。

 催事の時などは場の取り仕切りなどを行うことも多く、その美声は貴族たちの中でも広く知られている。


 ただ唯一の問題をあげるとすれば……女性に苦手意識を持っており、親しい者でも無いと顔を蒼くして逃げ出してしまうほどだ。

 フレアは現在の"主"との関係でイールアムと会うことが多かったことで、彼が顔色を変えることや逃げ出すことなどは無い。出会った頃は良く避けられて嫌われているのかと思ったが。


「ご挨拶が遅れました。ご成婚おめでとうございます」

「ああ。嬉しいよ。うん本当に」


 立場上言うべき言葉では無いが、古くからの知り合いであるのでフレアは素直に祝うこととした。

 ただやはり彼は言い淀んで顔色が悪くなっていく。


「……スィーク様はご無理をなさいますからね」

「本当だとも。最初の頃などは……」


 イールアムの蒼かった顔色が土色にまで変化する。


 彼の義母である前メイド長スィークは、ハルムント家に合う配偶者を求めるあまりに容姿や年齢などを度外視したらしい。結果彼は増々女性嫌いをこじらせたと聞き及んでいたが、どこぞのお節介が暴君を懐柔し……正室には性格重視で若い女性が選ばれた。

 中級貴族の次女で、とにかく笑顔を絶やさず優し過ぎるくらいに優しい人らしい。


「伴侶を得たのですからスィーク様の暴挙……お節介……一族を案ずる優しさも止まることでしょう」

「……あの人は止まらない」

「はい?」


 顔色を白くしつつ彼は言葉を続ける。


「次は能力重視。次は容姿重視と……次から次へと側室候補を勝手に……」

「それは何とも……頑張ってください」


 助け舟の出しようが無いのでフレアは会話を止めることとした。

 自分の手配で誰の息も掛かっていないメイドに紅茶を頼み、相手が落ち着くまで待つこととする。

 しばらくの時を費やしたが、イールアムはどうにかその顔色を蒼にまで戻した。


「済まなかった。祝いの言葉有り難く頂戴するよ」

「いいえ。今の私にはそれぐらいしか出来ませんから」


 会話の流れを修正する為にフレアは笑顔を絶やさない。

 元々美人で知れた彼女の笑みは異性から見ても引かれるモノがある。

 軽く笑いイールアムは破顔した。


「フレアも紆余曲折あったが……どうにかなったようだね」

「はい」


 本当に色々とあった。

 ただ元を正せば素直になれずに互いを庇い愛し過ぎた結果の暴走だ。

 何処かで立ち止まり胸の内を全て晒して……殴り合いでもしていればここまで酷いことにはならなかった。


 それでも満足できる生活を送り、最高の結果がお腹に宿っている。


「全てはアルグスタ様のご配慮のお陰です」

「そうか」


 その名に彼は苦笑する。


「義母は彼のことを高く評価しているようだ。ここだけの話だが『現王に何かあったらあれを王にすると良いでしょう。少なくとも国は残ります』と言っていた」

「ハーフレン様が継ぐと……」


 不思議だ。何故かフレアは泣き出しそうになって涙を我慢した。

 あれが王になったら自分の苦労が底無しだ。絶対に阻止しなければいけない。


「このような場所で話すことでは無いですね」

「そうだな……ただ一度彼には会ってみたいと思っている」

「そうですか」


 フレアは相手の雰囲気や気配に目を向ける。


 嘘をついているようには見えない。

 拷問部屋で数多くの嘘吐きを見て来た経験からしても間違いない。


「悲しいことに会えずに居るけどね」

「仕方ありません。アルグスタ様のご実家はルーセフルト家。実質滅亡していてもイールアム様のお傍にいる人たちが許さないでしょう」

「そうなのだよ」


 苦笑してイールアムは頭を掻いた。


 ただ相手の本心は知れた。フレアは軽く笑うとパンパンと手を叩いた。

 今回の仕事は特別に許されている。"どんな手を使っても良い"のならこれが確実なのだ。

 不意のことでキョトンとしたイールアムは、フレアが座るソファーの後ろ……その壁が勢い良く開くのを見た。


「迷ったです~。ここは何処です~?」

「キャミリ―様っ!」


 慌てて居住まいを正しイールアムは臣下の礼を取る。

 綺麗な片膝を着いた彼の礼を見て……フレアは思った。『これが普通であって正しいことなのだ』と。


「イールアムさんです~。丁度良かったです~」

「はっ」

「迷ったです~。アルグスタお兄ちゃんの所に連れて行って欲しいです~」

「……」


 頭を下げたままで彼は苦笑し理解した。


「そのご命令……このイールアム、しかとお受けいたします」




~あとがき~


 王妃様のお願いに逆らう臣下は居ないのです。

 で、王妃様に対して正しい姿勢を示すイールアム。真面目じゃなくてこれが本来の正しい姿なのです




(c) 甲斐八雲

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