敵の目標はノイエだっ!

 幾重にも天へと伸びる煙を見つめ、桃色の髪を揺らしたそれは足を動かした。

 準備は整った。行動も開始した。後は……彼女を殺すだけだ。


「ノイエ……わたしがころすから……」


 乾いた唇を動かし、その口から赤い血液を溢れさせる。

 自身の能力の限界を超えた魔法の行使。本来なら出来るはずもないユニバンス王都に対して魔法は、万全な準備のお陰で成功した。


 そう。彼女は決して手を抜かなかった。

 相手はあの最弱の少女だ。弱いが故に全員が彼女に手を貸す。自分も貸した。

 だからこそ相手の強みを知っている。


 彼女を殺すなら、1人にしてから殺さないと無理だ。

 1人でも味方かが居れば……彼女を殺すことなど出来ないから。

 だから周りの者たちが彼女の元へ来れないようにすることが大切なのだ。


「まっててノイエ」


 口元を血で濡らし、そっと笑う。


「こんどこそころしてあげるから」




「何があった!」

「それが……」


 伝令で走って来た騎士にハーフレンは厳しい視線を向ける。

 王都内で幾重にも立ち昇る煙……それを見て何かが起きていることは容易に想像出来る。

 故にハーフレンは伝令を睨んだ。


「言えっ!」

「はい。『あの日の再来』です」

「なん、だと?」

「あの日の再来です。古参の騎士たちは皆そう言っておりますっ!」


 絶叫に近い伝令の言葉に、ハーフレンですら腰を抜かし掛けた。

 11年前となったあの日の再来。それが意味するのは、今日が最悪な日であると言うことだ。


「……全近衛に緊急招集!」

「「はっ!」」


 だが彼は耐えて声を上げる。腹の底に力を込めて自身を震わせる。


「王都内で暴れる者たちを全員捕縛、もしくは無力化する。準備が出来次第行動を開始しろ」

「「はっ!」」


 指示を受けた騎士たちが一斉に走り出す。

 一度合ったことだからと……無意味かもしれないが、あの日の対策をずっと続けて来た。

 その無駄が今日この時生きることになったのだ。


「パルとミル」

「「はいっ」」


 机で振るえている双子にハーフレンは目を向ける。


「お前たちはアルグの所へ避難しろ。こう言った場合あそこが一番安全だ」

「はい」


 頷いた双子……姉のパルミナークが部屋を出て行こうとするハーフレンに声をかけた。


「近衛団長は?」

「俺か?」


 足を止めて彼は軽く笑った。


「お仕事だよ。ある意味本業だ」


 拳を打ち鳴らし、彼は執務室を後にした。




「シュゼーレとハーフレンを中心に兵を動かし対処するように」


 矢継ぎ早にやって来る報告を受けつつ、シュニットは次から次へと指示を出す。

 このような状況は起き得ると思い準備をして来た。それに大将軍や近衛団長も備えている。


「他国に同じことが起きたぐらいで動じる国と思わせるな」

「「はっ」」


 らしく無いと自分で思いつつ、シュニットは自信有り気に宣言する。


「この程度のことなど半日も要せずに鎮圧してみせよ!」

「「はっ」」


 走り回る部下を前に国王はゆっくりと窓の外に目を向けた。

 あれがまた起きるなどとは……正直思っていなかった。




 何だかとっても外が騒がしいのです。

 ポーラと並んで窓の外を見る。幾重にも煙が立ち上ってますね。


「にいさま」

「大丈夫。ここは平気だから」

「はい」


 不安そうなポーラの頭を撫でてやり、窓の外を見続ける。


 火事にしてはおかしい。煙の場所が離れすぎている。

 なら何が起きているんだろう? また他国の工作かな?


「失礼しますっ」


 声がしたので振り返ると、義理の妹であるパルとミルが飛び込んで来た。


「おや? どうかした?」

「はい。ハーフレン様がここに避難するようにと」

「ん~。ならそうしといて」


 知らん間に我が執務室が避難所になっているぞ?


「ど~んです~」


 隠し扉を押してチビ姫まで出て来た。


「そっちは?」

「はいです~。シュニット様に何かあったらここに行けと言われたです~」


 そっちもかよ? 全く知らないんですけどね。

 苦情を言う前にフッとその人物が姿を現した。

 前メイド長……スィーク叔母様だ。


「全員揃ってますね?」


 軽く視線を巡らせ叔母様が待機しているメイドに扉を閉じるように命じる。

 絶対に逆らえない人の指示に、メイドさんたちが僕の執務室の扉を閉じた。


「何故に全員集めてるの?」

「貴方は自分の価値を理解していないから困るのですよ。アルグスタ」

「はい?」


 苦笑した叔母様が言葉を続ける。


「貴方に何かあれば今のノイエがどうなるかなど想像も出来ません。故に前国王であるウイルモットは命じたのです。『王都で何かあった場合は、最優先でアルグスタを護れ』と。ですからわたくしが来たのです」

「……」


 ユニバンス王国最強の護衛とも警護人とも言われる人の言葉にある意味納得した。

 ですが……何か引っかかる。


「それで何があったの?」

「はい。あの日の再来と口々に騒いでおります」

「あの日……」

「ええ。意識不明だった者たちが目を覚まし、近くに居る者に襲いかかったのです」

「……」


 違和感を覚えた。


 意識不明者を作り出したのはたぶんユーリカだ。

 そんな彼女が作り出した者たちが動き暴れている?

 普通に考えて……何かしらの作戦だよっ!


「しまった!」

「……どうかしましたか? アルグスタ?」


 慌てて荷物を掻き集める。必要なのは高カロリーの食事だ。


「慌てて何を?」

「僕じゃないっ!」


 お菓子を袋に詰める。


「敵の目標はノイエだっ!」




~あとがき~


 行動を開始したユーリカの手によりユニバンス王都は大混乱。

 そして敵の手の内に気づいたアルグスタは妻の元へと向かおうとするのでした




(c) 甲斐八雲

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