それにしても細いわね

「旦那様」

「はい?」


 食事を終えてこれからは自由時間……なタイミングで最古参のメイドさんが声をかけて来た。

 この国では世襲制らしいメイド長はたった1人なので、最古参のメイドさんをどう呼んだらいいのか困る。チーフとか主任メイドとかそんな感じかな?


「ご相談がありまして。実は……」


 相手の言葉を聞いた僕は納得した。つまり事前打ち合わせをしなかった僕が悪いらしい。




「……」

「……」


 沈黙したノイエがベッドの上で膝を抱いてこっちを見ている。

 その視線にさらされているポーラは何とも言えない様子で困り果てている。


「ノイエ」

「はい」

「睨まないの」

「……」


 背後にずもももも~と炎が浮かび上がりそうなほど何かをこらえているノイエが、プイと視線を外した。

 って本日4回も絞ったのにこれからまだやる気だったのですか? ノイエには……底が無いのか? ノイエの祝福ってそっちにも有効なの?


「ポーラも僕ばかりじゃ無くてノイエと仲良く出来ないとね」

「……」


 ノイエの視線が怖いせいでポーラが怯えまくっている。

 美人だけど無表情で見つめて来るのは、慣れないと怖いのかもしれない。


 現在僕ら3人は、夫婦の寝室に居る。本日はこのまま3人で就寝なのです。

 原因は……急遽ポーラを連れて来たのでベッドが足らないのだ。この屋敷に泊まる人なんて居ないだろうと準備していなかったのが最大の敗因。


 メイドさんからは『私たちの部屋で良ければ』という申し出があったが、ポーラが僕の手を握り全力で回避したそうな雰囲気を見せたのでやんわりとお断りした。

 そうなると僕らの寝室で眠らせるしかない。ソファーとかあるけど、引き取って来た初日にそれは色々とアウト臭いし僕が嫌だ。


「ノイエも仲良くだよ?」

「……はい」


 ちょっと不満気な様子が返事から伺える。

 何だかんだでノイエも幼い部分を見せることが多いからな。こうなったら真に幼いポーラが頑張る時だ。


「ポーラ」

「はい」


 相手の耳に口を寄せてノイエと仲良くするアドバイスをする。『本当ですか?』と不安げな視線を向ける彼女に軽く手を振って送り出した。

 今にも少し泣きそうな様子でポーラが広いベッドの上を四つん這いになって歩いて行く。向かう先はノイエの元だ。


「……ま」


『?』


「ノイエねえさま」


『!』


 近寄って来るポーラの言葉にノイエのアホ毛が器用に反応した。


 こっちの世界には『?』や『!』のマークが何故か存在している。読み物とかでは普通に使われているのだ。

 起源は三大魔女の1人が広めたらしい。実は三大魔女は地球人とかなのか? そんな訳無いか。地球に魔女は実在しないしな。


 恐る恐る近づいて来るポーラに、困った様子のノイエが僕に救いを求めるような目を向けて来る。

 だが今の僕は獅子だ。我が子を谷底に叩き落す強い意志を持った獅子なのだ。頑張れノイエ。


「ノイエねえさま」

「……はい」

「わたしはねえさまとなかよくっ」


 話しかけていたポーラがノイエに掴まり抱き寄せられる。その顔を胸の谷間に埋めて……羨ましい。


 って、色が変わってるしっ!


 髪の色を銀色にし、目を閉じたノイエが自分の姿を見られないようにしてポーラを抱いていた。

 意外と子供好きだったのね……あの歌姫さん。


「ねえさま?」

「ん~」

「……」


 機嫌良さそうにポーラを抱いたセシリーンが、彼女の背を撫でながら鼻歌を紡ぐ。

 僕は今までの人生でこんな綺麗な音色の鼻歌を聞いたことが無い。


 うっとりとその音に耳を傾けていたら、セシリーンがポーラを解放した。

 一瞬慌てたけど、目を閉じているポーラはどう見ても眠っている。


「遊んでないで眠らせてあげないと。こんなに小さくて細い体なのだから……」

「ごめんなさい」

「許してあげないわ」


 そう言ってセシリーンは柔らかくポーラを撫でる。


「だから後でノイエに怒られなさい」

「ほい?」

「リグの手を借りて出て来たから……戻ったら空腹でこの子はまた拗ねるわよ」

「だったら夜食の準備をするまでです」


 急いで壁の伝声管に駆け寄って待機しているメイドさんに夜食を頼んでおく。

 調理人さんはまだ明日の仕込みをしているはずだから十分対処してくれるだろう。


「それにしても……」

「はい?」

「それにしても細いわね」

「ええ」


 ポーラを撫でるセシリーンがそんなことを言って来る。確かにこの子は驚きな細さだ。


「ろくに食べ物を貰えずに苦労して来たのね」

「そうだと思うよ」

「……初めて会ったノイエのようね」


 ベッドに戻り彼女の近くに腰を下ろし、その顔を見る。

 懐かしむような感じで目を閉じたままだ。


「あの子もここまで酷くは無かったけど痩せていたわ」

「そうっすか」

「ええ。でもカミューが……うん。まあ頑張って。ええ頑張って」


 何故に言い淀む? 何故に顔を伏せる? あの魔眼持ちはノイエの為に何をした?


「だからノイエもこの子を見るのが辛いのかもしれないわね」

「そうなの?」

「ええ。嫉妬とは別に戸惑いが渦巻いているから」


 優しく笑ってセシリーンはこっちに顔を向けて来た。


「接し方が分からないのもあるのだろうけど、過去の自分を見ている気がして何かが拒絶しているのかもしれないわね」

「そう言う物ですか?」

「そう言う物よ」


 クスクスと笑い、セシリーンはポーラをもうひと撫でした。


「もう戻るわ。リグが忙しいから」

「あっはい」


 ってリグが忙しい?


 気づいた時には遅かった。ノイエから色が抜けて元に戻る。

 ただ自分の足を枕に眠るポーラを見て一瞬動きを止めたが、再起動してその背を撫でだした。


「アルグ様」

「ん?」

「お腹空いた」

「待ってて。今頼んであるから」

「……はい」


 それからノイエは夜食が届くまでポーラの背を撫で続けた。




「ありがとうリグ」

「良いよ。ボク行くね」

「ええ。頑張って」

「ん~」


 休憩に来ていた褐色の少女が出て行く。

 それを音で把握したセシリーンは、僅かに耳を澄ませた。


『アイル~』

『リグ……もう大丈夫だから』

『ダメだよ。ボクはアイルの怪我が治るまで頑張るよ』

『でもそこはっ! ひぐぅぅっ!』


 後はお決まりの苦痛に身を捩じり堪える女性の声が響くのみだ。

 自身も喉の怪我を治して貰うために味わったが、リグの治療魔法はとにかく痛い。

 余りの痛さでそれを回避する為に自力で怪我を治してしまいたくなるほどに。


「でもあのアイルが触れることを許すだなんて……リグって一体何者なのかしらね?」


 クスクスと笑い、セシリーンは柔らかく鼻歌を紡ぎ出した。




~あとがき~


 最近は魔眼の中枢に根付いた歌姫さんが思わず出て来ましたw

 まだ語ってませんが、彼女は孤児院などの慰問で訪れることなどもしていました。子供好きで優しい歌のお姉さんだったんですよ。だからあの日、彼女は…




(c) 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る