こどもだから……そっちは

「ポーラの親は流行り病で……それからは集落の者が面倒を見て来ましたが……裕福な集落でも無いので……」


 しどろもどろに答えるオッサンの顔色は悪い。たぶん僕の表情を見て何かに気づいているのだろう。

 当たり前だ。どんな理由があってもあんな少女を虐待して良い理由にはならない。


「アルグスタ様」

「どうだった?」

「はい」


 近づいて来たモミジさんが耳元で囁く。

 泣き疲れて眠るポーラの服を着替えさせるという名目で調べて貰った。

 結果として全身傷だらけらしい。


「……あの子は僕が連れて行く」

「それは……」

「不満があるなら聞くが?」

「滅相もございません」


 平伏するオッサンの頭を思い切り踏みつけてやりたいが今は我慢。


「1つ聞きたい」

「はいっ」

「ポーラのように親を亡くした子供はまだ居るのか?」

「……この集落にはあの子だけですが」

「全員今すぐここに連れて来い」

「……」


 恐る恐る顔を上げたオッサンが、慌てて頭を下げた。


「ですが近隣の集落には人の足でも時間が」

「連れて来た騎士が馬を走らせる」

「ですが」


 ダンッと地面を踏んで相手を黙らせた。


「勘違いするな? これは命令だ。それとも王子の命に背けるほどお前は偉いのか?」

「……」


 全身をおかしなくらい震わせるオッサンの腰の辺りから湯気が立ち上りだした。恐怖で漏らしたか。


「猶予は明日の朝までだ。それまでに集められなければお前の命が尽きる時だと思え」

「はっはぁぃ」

「分かったら直ぐに動け!」

「はぁいっ!」


 つんのめるように駆けて行ったオッサンから視線を外して息を吐く。

 ずっと王都に居たから知らなかった。地方はこうも子供に優しくない場所だなんて。


「で、何で見つめてるの?」

「はっ! つい罵られたいと」


 物凄い雑音が聞こえた気がしたけど、発生源らしいモミジさんを無視して騎士の方に声をかけておく。

 馬が必要なら手を貸して、今日中に子供たちを全て集めてしまいたい。


 手配を終え、簡易の宿泊所として立てたテントの中に入る。

 思いっきりテントなのだ。モンゴルの方で見かけるゲルだっけ? そんなニュアンスの名前の建物をテント化したような感じです。


 中に入ると、奥で毛布を抱きしめて辺りをキョロキョロと見回しているポーラが居た。

 寝て起きたら知らない場所なのだから驚いたのだろう。


「大丈夫?」

「……はい」


 歩いて行って隣に腰を下ろす。

 何故か甘えるようにポーラが体を寄せて来た。


「寒い?」

「……ちがいます」


 離れた。


 純粋に甘えたいのかな? まだ12歳だし。何よりずっと親が居なかったしね。


 こっちから身を寄せてポーラの顔を伺う。

 アルビノだけど可愛らしい女の子だ。将来は美人になるな。数多くの美人を見た僕が言うのだから間違いない。ただその美人たちは全てお嫁さんの中に居るんだけどね。


「ねえポーラ」

「はい」

「ポーラの力を見せてくれる?」

「……はい」


 言って彼女は自分の胸の前に手を差し出す。


 両手で何かを掬うように構えると……掌の上に水が生じた。じわじわと氷の結晶が出来上がって形を大きくする。と、浮かんでいた塊が落ちてポーラの手に落ちた。


「事前に一言欲しかったかな」

「ごめんなさい」

「良いよ。でも凄い力だ」

「……」


 ウリウリと頭を撫でてやる。


 氷を作り出す祝福なのかな? 連れ帰ってから"あれ"に働いて貰えば良いんだけど……何なら今出てこいや。カミューさんよ?

 まっ相変わらず一方通行で使えん人だけどね。


 とりあえず拭くもの拭くもの。

 布を手に戻って来て濡れたポーラの手を拭く。本当に細い腕だな。


「ねえポーラ」

「はい」

「色々と話した結果……君を僕の屋敷に連れ行くことになったんだけど平気?」

「……」


 物凄くビックリした顔を向けて来たよ。


「でもわたし……せんたくぐらいしか」

「ああ平気。そっちの仕事はしばらくはしなくて大丈夫」

「……でもわたしまだ」


 今度は顔を真っ赤にしだしたぞ?


「こどもだから……そっちは」

「……」


 どっちだよ? つかこんな子供に何を教えているのだ? もうちょっと暴れちゃうよ? 王子風を王子台風にして吹かせまくるよ?


「ポーラにそんなことはしないよ。君には僕の仕事を手伝って欲しいんだ」

「てつだう?」

「うん。大丈夫。ポーラなら直ぐに出来るようになるよ」


 あのミシュやルッテでも出来てるんだし間違えて無いはずだ。

 ただ赤かった顔を元の色に戻した彼女は、恐る恐る僕を見る。


「……いけば」

「ん?」

「いけばもう……なぐられない?」

「うん。大丈夫だよ」


 そっと手を伸ばして軽く抱き締めてあげる。


「僕の所に来ればもう痛い思いをすることは無いよ」

「ほんとうに?」

「うん。ただ……」


 そっと腕を解いてポーラを見る。

 怯えている彼女に柔らかく笑い掛けながら言葉を続ける。


「僕の所はお菓子が食べ放題だから食べ過ぎないように気をつけてね」

「……」


 ポーラの動きが止まった。しばらく待つと……どうにか再起動した。


「おかしがあるんですか?」

「うん」


 解放して立ち上がり、持って来ているお菓子の箱を開くとそれを手にポーラの元へと戻った。


「はい。力を使ってお腹が空いてるでしょ?」

「……」


 初めて見る物にどうしたら良いのか分からないと言った様子だった。

 焼き菓子の1つを抓んで、僕はそれを半分齧る。安定の味だ。相変わらず美味しい。


「大丈夫だよ」


 半分になったお菓子をポーラの前にかざすと、ゆっくりと鼻を近づけて匂いを嗅いで……そっと口を寄せる。


「……」


 口許に手を当てて目を真ん丸に開いてポーラが何度も口を動かす。


「良かったら全部食べていいよ」

「ぜんぶ?」

「うん。まだまだ箱であるしね」

「……」


 目の色を変えてお菓子を食べ出すポーラを見ていると、菓子店のオーナーになって良かったなとしみじみと思った。




~あとがき~


 マジギレしたアルグスタは安定の大暴走。

 王子モードでらしく無いほど厳しい指示を出してます。

 で、ポーラは…色々と苦労して来たのです




(c) 甲斐八雲

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